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借金なんて、きっちり返すわよ


「どういうことなの? 性格の不一致による婚約破棄でしょう?」


 マーリカは理解できずに頭の中は疑問符がいっぱいだ。先日、ようやくレインが婚約破棄をした。

 王命で整えられた婚約ではあったが、二人は性格が合わず、アデルはねちねちとレインに小言を言い、レインは反発して無視をするという悪循環に陥っていた。


 結婚してもどちらも幸せにならないと訴えたレインの要望が通り、ようやく解消となった。

 婚約破棄が認められて、マーリカは晴れてレインの恋人となった。今までよりもはるかに近い位置に二人でいても誰も咎めない。


「アデルは10年間、俺の婚約者ということで公務を手伝っていた」

「10年……」


 公務を手伝ったと言われても、やはりどうして賠償という話になるのか、わからない。マーリカは眉を寄せながら聞いた。


「アデル様はレイン様の公務を手伝う義務はあったの?」

「義務? 義務ではなかったような……」


 レインがどうだっただろう、と首を傾げた。どうやらあまり考えていなかったようだ。レインは王族だからなのか、時々大雑把な時がある。


「では、アデル様が勝手に手伝ったのね。だったら賠償はいらないのでは?」

「そうかもしれないが……。王家から打診した縁談だったんだ。その上、アデルと結婚することで侯爵家に婿入りする予定だった」

「婿入り?」


 初めて聞く話にマーリカの頭は疑問符だらけだ。レインは淡々と説明する。


「俺は第2王子だが、母が側室だ。王族の決まりで、側室腹の王子は貴族の家へ婿入りすることが決まっている」

「そうなのね」

「俺がアデルと結婚すれば侯爵、マーリカと結婚すれば男爵だ」


 マーリカは目を瞬いた。


「え? レイン様が男爵家に?」


 マーリカの呟きをどう受け取ったのか、レインが不安そうな顔になる。その顔を見て、誤解されていると焦った。


「あ! 違うの! レイン様が男爵家に入ってくれるのはすごく歓迎なの。だけど……」


 勢いよく話したが、続きが言葉にできずに口ごもる。レインは言葉を待っている。勇気を出してマーリカは続きを言葉にした。


「レイン様は王族だったのに、男爵家に入るなんて嫌じゃないの?」

「ああ、そんなことか」


 ほっとしたようにレインは蕩けるような笑みを浮かべた。金髪碧眼の美貌の王子の笑顔はとてつもない破壊力を発揮していた。その顔を見つめているだけで、鼻血が出そうだ。

 鼻を押えたいと内心わたわたしていると、隣に座るマーリカの肩に腕が回された。レインにそっと抱きしめられる。

 胸がどきどきして苦しくなってくる。マーリカにとって、レインは素敵な優しい王子さまだった。彼のいいところが理解できないアデルに心底同情していた。


「嫌じゃない?」

「嫌じゃない。マーリカとずっと一緒にいられるのなら、平民でも構わない。こうして抱きしめられるなんて夢のようだ」


 レインはどこかうっとりとしたような声で呟いた。今までは婚約者がいたのでマーリカと触れ合うことなどできなかった。しかも誤解を受けるとマーリカがやり玉に挙げられると側仕えたちに言われ、隣に座ることもできなかった。それがこうして堂々と触れることができる。


「レイン様」


 マーリカもうっとりと呟く。


「マーリカ、愛しているよ」


 二人の距離がさらに縮まった。あと少しで、というところでノックの音がした。レインはあからさまに顔をしかめたが、大きくため息をついてマーリカの体を離した。マーリカも内心がっかりしながら、平常心を取り戻す。

 レインが入るようにと許可を出した。入ってきたのは先日までレインの婚約者であった女だ。

 

「ごきげんよう」


 涼しい顔をして見とれてしまうほど美しい挨拶をする。レインは苦虫を嚙み潰したような顔でアデルを見ていた。アデルは二人のこの高まった気持ちをぶった切るように前置きもなく話しを始めた。


「早速ですが、こちらが請求額になります」


 事務的にアデルが書類を広げた。レインの隣に座っていたマーリカもつられて思わずのぞき込む。


「な、な、な」


 その驚くべき金額に上手くしゃべることができない。レインは大きく息を吐いた。


「今すぐ払えるのは半分だ」

「半分も払えるのならよかったですわ。では残りはどういたします?」

「分割で……」


 分割と聞いて、マーリカが呆けた。王子であるレインが分割で払うという現実が信じられない。レインとアデルを交互に見つめて、二人が真面目な顔をしていることで事実なんだと理解した。

 茫然とするマーリカと目を合わせると、アデルが意味深に笑みを深めた。


「何よ」

「もし今から取りやめたいとおっしゃるのなら、口利きをいたしますわよ?」

「はあ? 一体、何を言っているの?」


 マーリカはアデルのキレイに整った顔を睨みつけた。アデルはにこやかに続ける。


「レイン様は男爵になる上に、借金まである。そんな結婚相手、嫌ではありませんか?」


 カチンときたマーリカは強くテーブルを叩いた。


「失礼ね! わたしはレイン様を愛しているのよ。貴女みたいな冷徹な女にはわからないでしょうけど!」

「マーリカ」


 レインが名前を呼ぶ。少し震えているのは、泣きそうなのかもしれない。


「自分ばかりが中心だと思っていると、いざというときに誰にも助けてもらえないのよ。貴女は人としての優しさを持たない限り、幸せになれないわ!」

「ご忠告、痛み入ります」


 どこかバカにしたような顔に、マーリカはすっと怒りが静まった。こういう女には何を言っても無駄だと理解したのだ。


「金額は調整させてもらうか、レイン様から貴女に対しての賠償を請求させてもらいますね」


 賠償と聞いて、アデルが不可解そうに眉を寄せた。


「何をおっしゃっているのか理解できませんわ」

「あら? 頭のいい貴女がわからないの? レイン様の手助けどころか、常に精神的苦痛に追い込んでいるじゃないですか。貴女が婚約を結んだ当初からレイン様をやり込めていたという話は沢山溢れていますし。だからこそ、議会もレイン様の訴えを認めたのでしょう?」


 にこりと笑う。アデルはようやく不安げな表情を浮かべた。


「性格の不一致は仕方がないと思います。ですが、レイン様の人格否定にもつながる暴言、果たして許されるかしら?」

「……この賠償金は国王陛下にも認めてもらっています」

「ええ。ですから、レイン様から貴女への賠償金の詳細を提示するつもりです。それとも王族への不敬罪適応の方がよろしいかしら?」


 笑みを深めて見せれば、アデルが怒りを露わにした。


「そ、そんなこと、認められるわけないわ!」

「でしたら、もっとゆったりと構えていらしたら?」

「お前こそ、わたしに対する侮辱罪で―――」


 くだらなくなって鼻で笑った。


「事実しか話しておりませんが、もし必要でしたら訴えてください。貴族法にのっとって裁判で判断しましょうか。ついでに、レイン様に対する侮辱罪についても審議してもらいましょう」


 マーリカは煽るようにわざと言葉にした。


 実は不思議だったのだ。いくら婚約者といえども、相手を凹ませるほどの言動を許してもいいとは思えない。歩み寄りがないと言われても仕方がないほど、アデルのレインに対する態度は悪かった。


 もちろんレインも歩み寄りをしているのかと言われれば疑問であるが、ここは身分社会。レインは王族であり、アデルよりも上である。アデルの暴言が許されていたのは、単にレインが許容しただけに過ぎないのだ。


 だから貴族法に照らし合わせ裁判を起こしてしまえば、先日行われた公での婚約破棄を入れたとしても、客観的に見ればアデルの方が分が悪かった。


「アデル嬢」


 ヒートアップし始めたマーリカたちを止めたのは、レインだった。レインは冷たい表情でアデルを見る。アデルは息を飲んだ。


「これ以上はやめておいた方がいい。君はもう婚約者ではない。これ以上の言葉は王族へ対する暴言だと判断する」


 アデルはようやく自分が立場的にレインと同等でなくなったことに気がついた。男爵家であるマーリカの家に養子に入るのはもっと先であり、レインはまだ王族であった。それにマーリカに示唆されたように、公での婚約破棄は眉を顰められるものの、そこに至るまでの過程は十分に周囲の理解を得ることができていた。要するに、二人は性格が合わず、アデルはレインを下に見ていた。そう判断されていたのだ。


「……わかりました。それでは失礼いたします」


 アデルは大きく息を吸って気持ちを整えると部屋を出て行った。


「マーリカ」

「レイン様」


 レインが泣きそうな顔をしている。


「ありがとう」

「違うわよ。そこは一緒に頑張ろうと言ってくれないと」

「ああ、そうだね」

「それにわたしには神の祝福があるのよ」


 ふふんと得意気になって告げた。


 そう、マーリカは転生者だ。やれば何でもできちゃう「俺つえー存在」なのだ。

 しかも直接神と会って、祝福をもらっている特別な転生者でもある。


 あ、その前に。

 賠償金額の見直しと慰謝料の請求をしないとね。


 マーリカは頭の中で忙しく今後の予定を組み始めた。



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