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本気の菓子作り


 マーリカは前世のレシピを思い出しながら、3種類の菓子を作ることにした。先日は男爵の許可が出ていないとヨハンに追い返されてしまったので、今日は父親である男爵に調理室での菓子作りの許可をもらってから乗り込んだ。これでヨハンの手を借りることが可能になる。


 ヨハンはとても嫌そうな顔をしていたが、許可書を見て黙って調理室へ入れてくれる。


「ふふふ」


 マーリカは細かに手順を書いた紙を取り出した。徹夜して書いた渾身のレシピだ。ヨハンは困ったような顔をしながら、マーリカと紙を交互に見る。


「お嬢さま、なんですか、それ?」

「チョコレートを使ったお菓子のレシピよ!」


 マーリカが準備したレシピは3種類。

 1つ目はチョコレートを使ったパウンドケーキ。

 2つ目はアイスボックスクッキー。

 3つ目はチョコレートパイ。


 ヨハンは渡されたレシピに黙って目を通した。どれもこれもチョコレートが入らなければ、普段から作っている菓子だ。そこに溶かしたチョコレートを使うだけ。


「いいでしょう。作ってみましょう」


 ヨハンは何度か目を通した後、そう頷いた。


 調理室にはヨハンが準備して待っていた。マーリカはヨハンにそれぞれの生地の作成をお願いした。ヨハンの手際のよい作業を見つつ、自分ではチョコを湯煎して溶かす。ヨハンは自分の作業をしつつも、マーリカが湯煎をしているチョコレートを興味深く見ている。


「溶かしても黒い物は黒いですね……味見をしても?」


 ヨハンは程よく溶けているチョコレートから視線を外さず、許可を求めた。マーリカは小さなスプーンで溶かしチョコレートを掬い、ヨハンに渡す。ヨハンは無言でチョコレートを口に入れた。しばらく味を確認するようにもごもごと口を動かしていた。

 何も言わないヨハンにマーリカは不安そうに尋ねる。


「どう?」

「どうと言われると苦いばかりですが……少量であればこれはアクセントになるかもしれませんね」

「パウンドケーキの生地、かして?」


 マーリカはヨハンの素直な意見に苦笑いをした。まだ砂糖もクリームも入れていないのだから、味は変わっていない。


 ヨハンは手早くパウンドケーキの生地を作り、マーリカに渡した。マーリカは黄色みのある生地をボウルごと受け取ると、溶かしたチョコレートを流し込んだ。


「お嬢さま?!」


 ぎょっとしたヨハンが驚きに声を上げた。マーリカは気にせず、チョコレートを混ぜ込んだ。完全に混ざるまで切るように合わせる。ヨハンが茫然としてマーリカの手元を見ている。

 生地は綺麗に茶色に変わっていた。パウンドケーキの型に生地を流し込んで、空気を抜くとヨハンに渡す。


「まあ、文句言わずにこれをオーブンで焼いて」


 ヨハンは顔を歪め、オーブンへ型を入れる。


「次はクッキー生地ね」


 ヨハンは手際よくクッキー生地を作りマーリカに渡す。マーリカは一塊のクッキー生地を半分にわけた。一つはそのまま、もう一つには溶かしたチョコレートを混ぜた。こちらもムラがなくなるまで捏ねる。


 アイスボックスクッキーにするため、二つの生地を均一に伸ばし冷たい箱の中で寝かした。こちらは市松模様と渦巻クッキーにする予定だ。一口大の大きさなら、茶色とクリーム色のコントラストが可愛い感じになるはず。


 チョコレートパイは先にパイ生地を細長く切って焼いてもらっていた。それを半分に開いて、溶かしたチョコレートを挟んで出来上がりだ。パイ生地の上には粉砂糖をかけて見栄え良くする。


 無言になってしまったヨハンに手伝ってもらいながら、黙々と二人で残りの作業を行った。



******


「それで出来上がったのがこれだと」


 ヨハンに綺麗にラッピングしてもらってうきうきした気分でやってきたのはレインの執務室だ。ここはすでに新しく作る商会の事務所のようになっている。珍しく3人の側仕えもそろっていた。マーリカが部屋を訪ねると、区切りのいいところで休憩となった。


「そうよ。今お茶を淹れるから……」

「お茶は俺が淹れる」


 すっと立ち上がったのはカークだ。どうやら美味しいお茶が飲みたいようだ。

 お茶に関してはマーリカよりも彼の方が上手に淹れるので特に文句はない。今日はチョコレートを使った菓子を食べてもらうのがメインだ。

 男たちの不安そうな視線を無視して、マーリカは箱から皿へと菓子を盛り付ける。


 一口大に切り分けたチョコレートのパウンドケーキ。

 市松模様と渦巻き模様のクッキー、そしてチョコレートを挟んだパイ。


「……見た目は美しいな」

「あの黒い塊を想像していたから、少し意外かも」


 レインが呟けば、ノルンも興味を持ったように身を乗り出してくる。ジョンは無言でそれらを見つめていた。

 マーリカが小さな取り皿をそれぞれの前に置いた。


「食べてみて」

「まずは説明をしてほしい」

「食べてからでいいじゃない?」


 レインの要望にマーリカが首を傾げた。ジョンが引きつったような笑いを零した。


「いやいや。得体のしれない物を口にできないだろうが」

「得体の知れなくはないわよ。皆がいつも食べているお菓子にちょっとチョコレートを使っただけじゃない」

「この茶色い部分がチョコレートが入っているんでしょう?」


 ノルンがフォークの先でツンツンとパウンドケーキを突っついている。


「ノルン、行儀が悪いぞ」


 お茶を淹れ終わったカークがノルンを窘めた。ノルンが肩をすくめる。


「ごめん」


 4人の反応にマーリカはがっくりしながらも、ちゃんと説明しないとダメかと気持ちを立て直す。


「まずこれはパウンドケーキよ。通常のパウンドケーキにチョコレートを入れたの」


 そういって、有無も言わさず皆の皿にパウンドケーキを置く。小さく切ってもらったから、一口で食べられる大きさだ。


「見ているだけではダメか?」

「ダメよ。ちゃんと食べて。感想を教えてもらいたいの」


 強気で言い切れば、仕方がないと言うようにレインが皿を手に取った。一口で食べれると言うのに、さらに半分に切り分けてから口に入れた。男らしくひと思いに食べてほしいところだが、元のチョコレートの味を知っているのだから警戒感は仕方がないかもしれない。


「殿下、すごい!」

「殿下が先に食べたらだめじゃないか?」


 ノルンが感嘆の声を上げ、ジョンが息をのんだ。レインも一口、口に入れて固まってしまう。無言でもぐもぐと咀嚼し、飲み込んだ。


「口直しだ」


 カークがティーカップを近くに押し出す。レインは出されたお茶を飲まずに呟いた。


「美味い」

「は?」


 レインの呟きに3人が聞き間違えかと首をひねる。


「食べてみろ。甘すぎず、ほろ苦い感じがとてもいい」


 レインがそう説明して、残りの欠片も口に入れた。普通に食べ始めたレインを見てそれぞれがさらに置かれたパウンドケーキを眺めた。カークが決意したように食べる。


「あ、本当だ。この苦みに慣れたら美味しいかもしれないな」

「えー? 本当に? 食べて大丈夫という事?」


 ノルンが怪しそうに言いながらも、思い切って口に入れる。ジョンも無言で食べていた。


「お」

「ああ」


 ノルンもジョンも目を見開いて驚いている。


「確かに慣れたらおいしいかもしれない」

「甘いものが嫌いな人には丁度いいかもな」


 高評価を得て、マーリカはほっと息を吐いた。一番見た目が黒いのがこのパウンドケーキなのだ。これが問題なく食べられるのなら、クッキーやパイは問題なく美味しく感じるはずだ。


「クッキーも食べてみるね」


 ノルンが市松模様のクッキーに手を伸ばした。ジョンはパイの方を手にする。


「あれ、普通においしい。甘い部分があるからかな?」

「こちらのパイはチョコレートの味がしっかりわかるが……間に挟まっているから抵抗なく食べられる」


 それぞれが食べながら感想を言う。一口食べてはああだこうだと意見が出されて、マーリカは忙しくメモを取る。


「商品としていけそうだな」


 レインがお茶を飲んでそうまとめた。満足そうな笑みが浮かんでいるところから、マーリカは嬉しくなった。


「よかった。これで大量のチョコレートは消費できるわね」

「まずは抵抗の少なそうなクッキーから売ったらいいんじゃないかな?」


 ノルンはクッキーが気に入ったのか、何枚目かのおかわりをしていた。


「俺はこのケーキもいいと思うけどなぁ」


 ジョンはどうやら甘いものが苦手のようだ。クッキーやパイよりもケーキのほうをよく食べていた。


「食べてみれば美味しいが、見た目が黒いから抵抗が強いと思う」


 カークは具体的にシミュレーションしているのか、思案気な表情だ。


「まずはクッキーだよ。平民の方がクッキーはよく食べるからいけると思う」

「貴族階級はどうするかな」


 ジョンがうーんと悩む。どうやって売っていくかはもうお任せだ。折角商会も立ち上げたのだ。宝飾品とこのチョコレート菓子をメインに売っていき、いずれは他国にも売れる様になればいいなと思う。


 楽しそうにあれこれと商売の話をしている4人なら早いうちに大きな商会にできるのではないかと、そんな気持ちを抱かせた。



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