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初めて向き合いました


 男爵家の応接室に通せば、アデルは興味深そうに部屋を眺めている。侯爵令嬢のアデルが男爵家の屋敷に足を踏み入れることなどないのだろう。男爵家としては質のいい調度品を使ってはいるが、侯爵家の使う調度品は王宮にあるレインの執務室のような高級品が使われているはずだ。

 何か言われるかと構えていたが、アデルはただただ物珍しそうだ。


「どうぞ」


 長椅子を勧めれば、彼女は素直に腰を下ろした。

 アデルは思い切り泣いて、つき物が落ちてしまったのか、いつものような高飛車な感じも見下すような感じもなかった。マーリカは侍女にお茶とチョコレートの用意をお願いした。

 侍女からチョコレートの入った箱を受け取ると、テーブルに置く。箱を開ければ、一口大よりも少し大きめの黒い塊が綺麗に並んでいる。


「これ、貰ってきたチョコレートなんですけど」


 アデルの目が再び潤みそうになって、慌てて前に乗り出しハンカチを渡す。


「チョコレートが何よ。もう貴女たちのものなんだから好きにしたらいいじゃない」

「そうしようと思ったのですが、想像以上に壁が大きくて困っているんです」


 マーリカは隠すことなく告げた。アデルは黙って探るような眼差しを向けてくる。


「うちの料理人に見せたら、色が黒いお菓子があり得ないと言われまして」

「……普通はそうね」

「どうしてアデル様はこれが売れると思ったのか、教えてもらいたいんです」


 アデルは考えるように目を少しだけ伏せた。お茶の入ったカップを手に持ちゆっくりとお茶を飲みながら、考えをまとめているようだ。


「隣国だけではなくて、いくつかの国で王侯貴族にとても人気なのよ。だから、この国でも受け入れられるものだと思っていたの」

「……黒いのに?」

「そう。他の国でも黒いお菓子はほとんどないから同じ条件になるから大丈夫かと。茶会や夜会などで徐々に広めて、比較的安いチョコレートは平民に浸透させれば、一年ぐらいで利益が出るかと思って」


 マーリカはアデルがきちんと調べていることに感心した。マーリカは男爵家の娘であるので、こうした国外の情報は簡単には手に入らない。国外とのやり取りをしているバークス商会があるからこそできることだ。


「茶会や夜会。私では絶対に無理な方法ですね」


 平民に広げるのは何とかできるかもしれないが、貴族間では難しい。しかも魔晶石とは違って忌避感の強い黒い菓子なのだ。王族が熱心に取り組んだとしても難しいかもしれない。


「……本当はレイン殿下にお願いしようと思っていたのだけど」


 アデルはお茶を飲みながら、ぽつりと呟いた。マーリカは苦笑いをする。


「レインの口に合わない菓子を広めるのは無理でしょうね」

「ええ。それで喧嘩になったわね。こちらもムキになってしまって、勢いで契約してしまったわ」

「……目に見えるようです」


 マーリカはレオンの嫌そうな顔とアデルの目を吊り上げて声を上げている姿を容易に想像できた。アデルも苦笑する。


「そうでしょうね。本当に気が合わなくて。今思えば、どうして早く婚約解消しなかったのかしら。政略と言えば政略だけど、侯爵家に利益なんてほとんどないのに」

「一つ聞いてもいいですか?」


 アデルの憂いを含んだ呟きに、常々不思議に思っていたことを聞いてみようと思った。


「何よ?」

「どうしてあんなにもレインにきつく当たったんですか?」


 直接的に聞かれて、アデルは目を丸くした。


「貴女、少し言葉を何かに包みなさいよ」

「包んでも聞いていることは同じだと思います」

「そういう事ではなくて」


 呆れたようにアデルが何かを言おうとしたが、言葉を切った。アデルは大きく息を吐いて、力を抜く。


「まあ、いいわ。わたし、レイン殿下の性格があまり好きじゃないのよ」

「……それって婚約当初からということですか?」


 あまりにもはっきりと言われて、聞いたマーリカの方が引きつった。アデルはレインのことをすごく好きだけど、素直になれずに拗れたと予想していたのだが、どうやら違うらしい。

 アデルはマーリカの動揺を気が付くことなく、お茶の入ったカップに視線を落としたままだ。


「婚約当初というのか、初めて紹介された時というのか」

「はあ」

「どちらかというと王太子殿下の方が好ましいわ」

「え?」

「貴女は知らないかもしれないけど、わたしが一人娘でなかったら、わたしが王太子殿下の婚約者になっていたのよ」


 アデルは昔を思い出しているのか、懐かしそうに目が細くなる。その柔らかな表情にマーリカの方が驚いた。不躾にアデルの顔を凝視した。きつめの顔立ちが柔らかくなり、その柔らかさが本来持っている美しさを引き立てた。


「王太子殿下は王妃様によく似ていて、とてもはっきりしているの。ところがレイン殿下は側室様によく似ていて……どこかふわっとしていて」

「言いたいこと、わかる気がします」


 エリーの少女のようなふんわりとした様子を思い出し、確かにレインによく似ていると頷く。アデルが少しだけ視線を上げて、マーリカを見た。


「側室様……エリー様に会ったの?」

「一度だけ」

「お気を付けなさいね。あの方、直接何も言わないけど周囲を動かすのが上手だから、嫌われたら知らないうちに排除されるわよ」

「……よく排除されませんでしたね」


 マーリカが声を低くして尋ねれば、アデルは鼻で笑った。


「わたしと結婚すれば侯爵家に入れるでしょう? その価値だけで排除されていなかったのよ。レイン殿下はどうしたって王族から外されるのは決定事項だったし、わたしの次に年齢の合う令嬢となると子爵家まで落ちてしまうもの。エリー様ご本人も子爵家の出身で側室にしかなれなかったから。身分を下げることで苦労はさせたくなかったのでしょう」


 アデルの言葉にマーリカが顔を歪めた。


「わたし、結構まずい立ち位置でしょうか」

「そうね。気に入らないと思ったら、あっさりと排除されてしまうわね。貴女の価値はレイン殿下が幸せそうなところだけだから」


 恐ろしさに体が震えた。


「貴女も排除されないように絶対的な価値を高めておいた方がいいわよ」

「覚えておきます」


 マーリカは忠告に頷いてはみたものの、貴族的な駆け引きができないため無理だろうと諦めた。

 嫌われたら嫌われたで仕方がない。大目に見てもらえるうちは何とかなるかもしれないが、敵と認識されたら悲しいことに男爵家の令嬢。

 どうにもならない。

 神の祝福があるから、そういう事にはならないと信じたい。


「あまりにもはっきりしない態度に、イライラしてしまって、こんな優しいだけの優柔不断な人が侯爵家に入ったら、傾いてしまうと思ってしまったのよね」

「なんとなくわかりました」

「本当に? わたしは侯爵家の跡取りなのよ。繁栄させることが使命であり、傾けてはいけないのよ」

「ええ。少なくとも周囲に誰もいない状態でレインが侯爵家を背負えるとは思えません」

 

 はっきりと言えば、アデルが不思議そうに首を傾げる。


「貴女、レイン殿下が好きなのよね?」

「ええ。大好きです。でも、欠点は欠点ですから。そこを補って幸せになりたいと思っています」


 マーリカが笑顔で答えれば、アデルがため息をついた。


「そう。きっとわたしと貴女の違いはそこなのね」

「多分そうですね。欠点があるから嫌いとはなりません」

「どちらにしろ、もうどうでもいい話だわ」


 アデルはそう締めくくると、お茶を飲み干した。


「では、わたしはお暇するわ」

「家にちゃんと帰りますか?」

「気が向いたら」


 アデルの適当な答えにマーリカは崩れ落ちそうだ。


「先ほども言ったようにうちに泊まっていってください。侯爵家にも連絡入れますから」

「結構よ。わたしが貴女と話していることさえ、おかしな状態なのに」

「ううう、ここはわたしの精神状態安定のために泊まってください。もし、理由がいるならチョコレートの相談ということで」

「もっと嫌よ」


 アデルが心底嫌そうに顔をしかめた。


「では、テリーさんを呼びます」

「どうしてそこでテリーが出てくるのよ」


 マーリカが名案だと手を打てば、アデルは声を荒げた。


「バークス侯爵に連絡するよりは穏便に済むかと思って」

「貴女ねぇ」


 アデルは文句を色々言っていたが、最終的にはマーリカが勝った。アデルは呆れた顔で迎えに来たテリーと共に帰っていった。



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