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試行錯誤と予期せぬ出会い


 もらった大量の高級チョコレートを持ってマーリカは男爵家の調理場にいた。調理場は長年この家に仕えてくれている料理人であるヨハンの城だ。

 ヨハンは山のように皿に積まれた高級チョコレートを睨みながら唸り続けている。


「ねえ、これ、溶かして砂糖と生クリームを混ぜたらだめなの?」

「駄目です」

「なんで?」


 マーリカは首を傾げた。料理の腕が確かなヨハンが言うのだ。何故ダメなのかが全くわからない。

 マーリカとしてはこれを何とか使えるようにしてお金にしたい。レインは棄ててもいいぐらいの勢いだったが、折角の高級チョコレート。捨てるのはもったいないと思うのだ。


「まず色があり得ません」


 渋い顔をしてはっきりと言い切った。マーリカは苦笑いになる。それを言われると確かに反論しづらい。


 この世界は都合のいい世界なので、それなりに洋菓子が発達していた。スポンジケーキやクッキー、バターケーキなど砂糖とバターと卵をふんだんに使った菓子が平民でも普通に口にすることが可能だ。


 貴族になると、生クリームを使ってデコレーションしたり、形に拘ったりとちょっと手のかかる菓子になるだけで、簡単な焼き菓子、パンケーキやドーナツなどは平民は各家庭で作っていた。

 砂糖が高いとか、バターが手に入らないなんてことはない。ご都合主義を追求してはいけない。


 どれもこれも薄い色味で、一番濃い色でもきつね色がいいところだ。そんな中、こんなチョコレートの真っ黒な塊が受け入れられるわけがない。

 和菓子のように餡子や黒砂糖、醤油餡があればまだ受け入れられたかもしれないが、残念なことにこれほど濃い色の菓子を見たことがなかった。


「じゃあ、自分で作ってみるわ」

「却下です。お嬢さまに料理をさせる許可は貰っていません」

「え?! 今までさせてくれたじゃない!」


 今までも調理場に来て色々していたと思うのだ。マーリカの驚いた声に料理人はため息をついた。


「今まではクリームをのせたり、フルーツを挟んだりしただけですから。旦那様の許可も出ていました。ですが、今回は火も包丁も使うようですから、許可はできません」

「ちょっとだけだから」


 お願いするように上目遣いで見るが、それでも難しい顔のままだ。


「……使いたかったら旦那様の許可をもらってきてください」

「ケチ」


 唇を尖らせたが、ダメだと言われて追い出されてしまった。チョコレートも丁寧に箱に詰められて、手渡される。


 マーリカはしばらくその場に立っていたが、こちらを見てくれないので今日は諦めることにした。上手くいくような気がしていたので、何となくもやっとする。

 とぼとぼと自室に戻ろうかと歩いていたが、このまま部屋に籠っても気分は落ち込んだままになりそうだ。


「とりあえず、商品を取りに行こう」


 用事と気分転換とこれからのことを考えようと、マークの所に出かけることにした。



******


 侍女を連れてマークの店を目指して歩いていた。商業地区の入り口の前で馬車を降りていた。ここは貴族たちのための地区のため、売っているものもそれなりのお値段がする。その代わり品質が良く、満足できるものも多い。


「あれ?」


 のんびりと侍女と話しながら歩いていると、見知った後姿を見つけた。一人でふらふらとなんだか危なっかしい歩き方をしている。


 どうしようかと迷ったが、ここで無視するのも気分が悪いので彼女の方へと向かった。

 アデルは外出用のドレスを着ていたが、侍女を一人も連れずに歩いている。侯爵令嬢の彼女にしてはありえない状況だった。どこかに護衛がいるのかと見渡していたが、護衛が隠れている様子がない。


「アデル様」


 少し離れた位置で声をかけてみた。アデルはちょっと立ち止まったように見えたが、すぐにふらふらと歩き出す。


「様子が変じゃない?」


 一緒にその歩き方を見ていた侍女に言えば、彼女も頷いた。


「ええ。何だか転んでしまいそうですわ」

「……ちょっと行ってくる」


 マーリカは大きく息を吸って覚悟を決めると、マーリカに走り寄った。


「アデル様!」


 彼女の名前を呼び、肩を叩く。アデルは驚いたように振り返った。


「貴女……」

「どうされたのですか? いくら昼間であっても、一人で歩くのは危ないですよ」


 勤めて明るい口調で話しかければ、アデルは突然マーリカに拳を振り上げた。どんと胸を叩かれたが、力が弱いのかさほど痛くはない。どちらかと言えば、彼女の行動に面食らってしまった。常に高い位置から見下ろすようなアデルがこれほど直接的な行動を起こすことが不思議だった。


「貴女が! 余計なことするから!」

「ええ、と」


 よくわからないが、途切れ途切れの言葉を総合的に判断すると、どうやら彼女の苦境はマーリカが原因で、どうしてくれるんだ、という事らしい。

 そうは言っても、と内心思っていたが心の内を吐き出させてしまおうと黙って彼女の言い分を聞いていた。言葉が途切れたところで、とりあえず聞いてみる。


「それでどうしてここへ?」

「……家出中よ」

「……え?」


 アデルが視線を逸らした。マーリカはまじまじと手ぶらのアデルを見る。


「だから家には帰らないわ。もう放っておいて」

「ここで会ってしまったのに無理です。大体、一人でお金もなくどうするつもりですか?」

「さあ?」


 投げやりな言葉に、マーリカは頭を抱えたくなった。

 実際問題、マーリカがアデルと話すのはレインの婚約破棄以降のことだ。それまでは接点もなく、ただ他の人から噂として聞くか、レインたちの愚痴で聞く程度で直接話したことはなかった。一歩引いた位置で見たアデルは親しくしたいと思うような性格をしていないので、それでもよかった。でも様子のおかしいアデルとここで別れるわけにはいかないのでは、とマーリカは考え始めていた。


「少しは考えてください。今日はどこに泊まるのですか? これからのこともありますし」

「……なによ、バカにして」

「ええ?! 今そういう話では……!」


 マーリカが慌てれば、睨みつけてくるアデルの瞳が潤んだ。

 ぽたりと雫が落ちる。一粒落ちれば、次から次へと溢れてきた。

 マーリカは息を吐いた。侍女がハンカチを取り出して、そっとアデルの頬に当てる。文句を言うかと思ったが、文句を言わずにただそこに泣いて立っていた。気位の高さがなくなったアデルは迷子になった子供のようだった。


「どうしてわたしだけうまくいかないの」


 アデルの言葉を聞きながら、マーリカは気が付いたことがあった。アデルのボタンを掛け違えたような現状は「神の祝福」を無意識に使ってしまったことで、アデルが想像以上に巡り合わせが悪くなっていた。


 初めてアデルと言葉を交わした時を思い出す。レインの婚約破棄が整った後、慰謝料を請求された時だ。

 アデルのことは直接知らず、レインと側仕えたちの言葉、そして噂と遠くから見た二人の関係からかなり印象が悪かった。

 だからアデルがレインを馬鹿にしたような言葉を言った時、かっとなってしまったのだ。売り言葉に買い言葉で、レインのことしか見えずアデルに「神の祝福」を持つ言葉を叩きつけてしまった。

 本来なら力のある言葉は感情的にならずに使うべきなのに。


 マーリカはアデルの弱弱しい声を聞きながら後悔していた。一通り、文句を言い終えたアデルは俯いて息を整えていた。そんな彼女を見つめているうちに、きちんとアデルと話したいと心から思った。


「行き場がないのなら、うちに来ますか?」

「……いいの?」

「ここでさようならをしたら後悔してしまいそうです」


 肩をすくめれば、アデルは小さく頷いた。黙ったままついてくるので、馬車乗り場へとゆっくりと移動した。


「ところで」

「何よ」

「チョコレートのことなんですが」


 チョコレートと聞いたとたん、再びアデルの目から涙が溢れていた。ぎょっとして彼女を見れば、悔しそうに顔を歪ませている。


「あれはわたしが見つけたのに、レイン殿下に買い叩かれて!」


 ああ、やっぱり買い叩いたんだ。レインというよりもカークが頑張ったんだろう。レインにして見たら、チョコレートの代金で賠償がチャラになっただけでもいいのだから。商会を起こす後ろ盾を得たカークが想像以上に張り切っただけだ。


「悔しい。どうして、わたしだけ上手くいかないの」

「アデル様はどうしてそうなんでも決めつけてしまうんですか?」


 ずっと不思議だったことを聞いてみた。アデルが特別おかしなことをしていたわけではないと思っている。レインにとっては相性が悪かったかもしれないが、言っていることはひどく正論だ。

 ただ答えは一つだと思っている節があり、それから外れる答えは間違いだと断じている。自分の意見だけが正しいわけではないと受け取り方を変えるだけでもだいぶ変わると思うのだ。


「貴女に説明する気はないわ」


 ツンとそっぽを向く。その子供っぽい仕草に笑いがこみあげてくるが、無理に笑いを押し殺す。


「そうやって普通にしていたら、レインともいい関係が築けたと思いますけど」

「……みっともないじゃない」

「そうですか? 可愛いと思いますけど」


 アデルは一瞬眉を寄せたが、すぐに顔を真っ赤にした。


「あ、あ、貴女、何を言って……」

「誰でもそうですけど、考えていることがわからない人と距離を取ろうとするのは普通だと思うのです」

「でも、わたしは侯爵令嬢なのよ。弱い姿なんて見せられないわ」


 どうも根本的に考え方が違うようだ。

 マーリカは初めてアデルが普通の女の子に見えた。



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