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新しい材料


 レインに呼ばれて王宮の彼の執務室にやってきた。ここしばらくは開いた店に籠っていたのと、レインが店まで来てくれるので外で会うことが多かった。そのため、久しぶりの登城だ。


 扉の外にいる護衛騎士に挨拶をすると、すぐに通された。部屋に入れば、珍しく護衛が数名、側で控えている。見回せば、部屋には執務机の前に座っているレイン、護衛達、そして客人とその付き人らしき女性がいた。


「こんにちは」


 マーリカはこの顔ぶれで呼ばれた理由がわからず、首を傾げた。客人とその付き人の顔を見ても、初対面だ。

 挨拶をされた客人は二十代後半ぐらいの人だ。男性がにこやかに笑って、マーリカの前に来る。彼は丁寧にお辞儀をした。


「初めまして。テリー・アンブラ―と申します。マーリカ様ですね?」

「ええ。わたしがマーリカですけど」


 首を傾げて答えれば、彼はマーリカの前ですっと膝をついた。突然の行動にマーリカが固まる。


「本日はお詫びに参りました」

「お詫び? 何かありましたか?」


 初対面であるテリーにお詫び、と言われても全く心当たりがない。ますますわからなくて、慌てて思い当たることを思い出そうとする。

 レインは慌てるマーリカにくすっと笑った。


「一週間前、マーリカの店にアデル嬢が行っただろう?」

「え? そうね」


 テリーとアデルがつながらない。とりあえず、立ってもらいたくて声をかけた。


「お話はちゃんと聞きますから、立ってもらえませんか」


 テリーはマーリカに促されて、立ち上がった。側に立たれて、マーリカは見上げた。とても背が高い男性なのだ。レインたちも背が高いが、それよりも高い。やっぱり知らない顔だ。


「ありがとうございます。僕はバークス商会の代表代理のような立場でして」

「あ!」


 ようやく理解した。マーリカが声を上げたので、テリーがにこりと人当たりの良い笑みを浮かべた。


「バークス侯爵家のアデル様がマーリカ様とお店にご迷惑をおかけしたこと、心よりお詫び申し上げます」

「いいの! わたしも頭に血が上ってしまって、騎士団に突き出してしまったし……!」


 ばつが悪そうにそう言えば、テリーは首を左右に振った。


「あれでよかったのです。それこそ気にしないでください」

「はあ。そうならいいのですが」

「これは、お詫びの品です」


 そう言ってテリーが付き人の女性から高級そうな箱を受け取った。黒塗りの紙の箱には金のリボンが掛けられている。


「こちらは我がバークス商会で取り扱っています、異国の菓子でございます。是非お納めを」

「……おい」


 レインは低い声でテリーを止めた。珍しく不機嫌そうな顔をしている。マーリカは何だろうとレインを見た。テリーも特に気にすることなく、含みのない目をレインに向けた。


「なんでしょう?」

「それ、チョコレートだろう?」

「おや、ご存知で?」


 とぼけたテリーを見て、レインは苦々しい顔で睨みつける。


「そのチョコレートの契約をするかどうかの時、アデル嬢に食べさせられたからな。そんな食べられないような菓子を詫びの品として持ってくるな」

「ははあ、知っているのなら仕方がないですね」


 テリーは悪びれることもなく肩をすくめた。マーリカは引き下げようとするテリーの手をがしっと握る。


「ちょっと見せて!」

「マーリカ?」


 レインはマーリカの行動に驚いて声を上げた。テリーもやや押され気味だ。


「とりあえず二人とも座れ」


 レインはため息を零してから、執務机の椅子から立ち上がった。マーリカはレインの隣に座る。テリーも進められるまま対面に腰を下ろした。


 マーリカはドキドキしながらも、膝に置いた箱をそっと開ける。そこには黒々とした一口大のチョコレートが8個、並んでいた。


「一つ、食べてみてもいいですか?」

「どうぞ」


 テリーは興味深くマーリカを見ながら、頷いた。マーリカは一粒取り出すと、手のひらに乗せ、色々な角度で見る。転がして裏も見ている。


「マーリカ、それがどうかしたのか?」


 マーリカが何をしたいのかわからないレインは尋ねた。マーリカはチョコレートから視線を外さない。


「この間、貴族区域にあるお店で食べたものと少し違うわ」

「ああ。販促用に配っているものですね。あちらの方がややお値段が安いのです」

「それではこれが一番最高級なの?」


 テリーは肩をすくめた。


「そう言われています。相手側の言い分を信じるのなら、王族が好んで食べている品のようです」

「ふうん」

「もしかしたら、これを貴族に広めようと思ってここに持ってきたのか?」


 レインが嫌そうな顔をしている。テリーは苦笑いをした。


「できれば。正直な話、在庫が減らなくて」

「在庫、ってそんなに取引をしたの?」


 驚きに声を上げれば、テリーは力なく頷いた。元々隠す気はないようだ。どちらかというと、これの処分を考えているのかもしれない。

 マーリカはチョコレートを恐る恐る齧った。全部を食べるとひどいことになりそうなので、ほんのひと齧りだ。チョコレートは小さい上に固いのでなかなか割れないかもしれない、と覚悟していたが奥歯で何とか齧ることができた。


 もぐもぐと咀嚼する。


 味はとても苦みが強い。そして前回食べた時よりも雑味が少なかった。あのへんな酸味がないのだ。前世で言うところのハイカカオだ。80%以上のハイカカオに近い苦さだ。


「……意外と食べられるかも」

「えっ」


 レインとテリーが同時に驚きの声を上げた。マーリカは残ったチョコレートを口に入れる。


「うん、こちらの方が大丈夫。前に食べた時の方がまずかった」

「それではもしかしたら貴族の方々には広まる可能性はあるのでしょうか?」


 テリーが前のめりになって聞いてくる。マーリカはその様子に苦笑した。


「それは難しいと思います。お茶会などで人気なのはやはり甘い小さい一口大のケーキやクッキーですから。この苦さは苦手な方が多いかと」

「そうですよね」


 はあ、とテリーが疲れたように息を吐く。あまりにその様子が可哀そうで、マーリカはどうしようかと思ってしまった。

 ちらりとレインを見れば、レインは何か難しい顔をして考え込んでいる。もしかしたらマーリカの行動が不快だったのだろうか。やや不安に思いつつ、彼の名を呼んだ。


「レイン?」

「何?」


 レインはすぐに返事をしたが、微妙な空気はなくならない。テリーもやり過ぎたかと、表情を引き締めた。


「貴方はバークス商会の代表代理だと言っていたが、どれほどの権限がある?」

「バークス侯爵を説得するぐらいの立場にはありますよ」

「では、そちらの在庫を抱えているチョコレートの買取ができないか打診してもらえないか」


 テリーは真面目な顔になった。


「買取というのはどのくらいを?」

「契約自体をこちらで引き取ってもいいと言っている。その代わり、その代金が婚約破棄の時の慰謝料だ」

「……わかりました。バークス侯爵には伝えておきます」


 マーリカは突然難しい話をし始めたレインに目を丸くした。


「そんな簡単に……」

「私にとっては引き取ったチョコレートを捨てることになっても問題ないし、手持ちの金で賠償問題を早めに解決できるに越したことはない」


 正直なレインの言葉に、テリーも苦笑している。


「では、侯爵にはお伝えします。ああ、言い忘れましたが、アデル様は謹慎のため領地に行かれます。今後一切、お二人のお心を煩わせることはないかと思います」

「わかった」


 レインはそれ以上は言わなかった。マーリカも特に何をしてほしいという気持ちはないので、何も言わない。テリーは挨拶をして部屋を退出した。客人が帰ったのと入れ替わるように、カークが入ってくる。


「穏便に終わったようだな」


 カークが確認するようにレインとマーリカを見た。


「ああ。謝りに来ただけだった」

「大変だな。あの人、こうして今までも後始末に走っていたんだろうな」

「初めはバークス侯爵が謝罪に来ると連絡をもらったんだが、断ったら彼が来た」

「そういう事だったのね」


 なるほど、とマーリカが頷いた。カークは二人の体面に座る。


「バークス侯爵と会ったら、色々面倒くさそうだ」


 カークの言葉にマーリカもそうかもと思ってしまう。それに余計な話も頷いてしまいそうで怖い。


「それで、これをどうやって使う気なんだ?」

「えええ?」


 マーリカがレインに突然話を振られて目を丸くした。動揺して、目がうろつく。


「隠しても駄目だ。何か思いついたんだろう?」

「……レイン、それに気がついたからチョコレートを取引の材料にしたの?」

「ああ。マーリカが真面目に観察して、味を確認していたからな」


 すっかりお見通しのようだ。マーリカははあっとため息をつく。そして隣に座るレインを上目遣いで見上げた。レインはにやりと人の悪い笑みを見せる。


「確実ではないのよ。作ってみないとわからないんだけど」

「それでもいい。何だ?」


 マーリカも思いついただけで上手くいくかどうか確証がない。前の魔晶石とは違って、準備を何もしていない状態なのだ。


「チョコレート、お菓子に使えると思ったのよ」

「菓子? すでに菓子だと思うのだが」

「違うわよ。あれを溶かして、生クリームと砂糖を入れるの。そうしたら甘いお菓子になるんじゃないかと思って」


 前世知識だ。

 マーリカは前世では女子っぽくお菓子作りもしていた。バレンタインのチョコを手作りしていたのだ。別に手作りにこだわるわけではないのだが、クラスで何人かが集まって作るのが流行ったのだ。


 その時に作ったのが、ブラウニーとトリュフだ。この二つがあのチョコレートで上手く作れるのなら、クッキーにコーティングしてもいいし、ドライフルーツを入れたりナッツを入れたりしても美味しくできるはずだ。とりあえず。簡単に作れるブラウニーとトリュフ、この二つを試したい。

 心配なのは、配合はどのぐらいがいいのかさっぱりなところだ。色々と配合を変えて、食べてみるしかない、


「よくわからないが……マーリカはよく知っているな?」

「知っているというよりも、苦いなら甘い材料を足したら食べやすくなるのではと思ったの。前に食べたまずいチョコレートはお砂糖を入れてもダメな気もするけど」

「チョコレート? 何の話?」


 話に入れないカークが首を傾げている。レインは簡単に先ほどのやり取りを説明した。レインの説明を聞いているうちに、カークの目が輝きだす。


「なるほど。では俺はバークス侯爵家の持つチョコレートの契約書を買い叩けばいいんだな?」

「……ほどほどにな」


 レインが苦笑するが、カークは聞いていない。勢いよく立ち上がる。


「ちょっと準備してくる。またな」


 あっという間に出ていってしまった。二人になったマーリカとレインは顔を見合わせると笑いあう。


「よかった。上手くいったら、早く結婚できる」

「そうね」


 レインがチュッとキスをしたので、マーリカも嬉しくなって笑った。



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