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アデルの誤算2



 茶会にも呼ばれず、夜会にも参加しないため暇な毎日だ。


 アデルはもう後がない状態であったが、テリーと話し合う機会を持てずにいた。そもそもテリーはバークス侯爵家の商会で忙しく働いており、この屋敷に来るのは滅多にない。来るとしたら、先日のようにバークス侯爵に呼ばれた時だけだろう。その上、テリーはアデルと結婚するつもりがないから、機嫌伺いに来る必要がない。


 会えないことで、焦る気持ちが出てきていた。

 それにバークス侯爵には切り捨てられそうになっているチョコレート。あちらもどうにかする必要がある。


 アデルは爪を噛みながら、考え込んだ。侍女にチョコレートとお茶を用意するように告げる。侍女は頷くと、すぐに支度をした。


 テーブルの上に置かれたティーカップに添えられたのが黒い一口大のチョコレートだ。美しく形どられ、買い付けてくる国がどれほど高価な菓子だと認識していることがうかがえる。


 このチョコレートを食べたレインとその側近3人は一様に歪んだ顔になっていた。吐き出しはしなかったものの、そのあと何杯もお茶を飲んでいるので口に合わなかったのだろう。

 そして彼らはこれは売り物にならないと言ったのだ。


 腹が立ったから、アデルの考えを押し通して契約した。その後、貴族区域に住んでいる職人や使用人にも広めてもらえるように食べてもらった。アデルが行動を起こしたのは、それだけだ。

 婚約破棄の後、レイン側がアデルに対して出した慰謝料要求に関することに心が乱れてバークス侯爵が持ち出すまでチョコレートのことはすっかり忘れていた。


 久しぶりにチョコレートを口に入れた。強い苦みが口に広がる。眉間にしわを寄せたまま飲み込み、その味を洗い流すように甘くしたお茶を流し込んだ。


「こんなに苦かったかしら」


 思わず言葉が零れた。チョコレートの契約は5年だ。まだどこの商会も取り扱っていないため、独占しようとかなりの量を契約していた。そのまま売れれば、かなりの儲けになっていたが、まったく売れずに倉庫に山積みだ。

 予想以上に売れなくて持て余し気味であったが、今から解約することはさらなる損失を生む。


 アデルはもう一杯、お茶をもらい、どうするべきか考えた。


 相談する人は一人しか思い浮かばなかった。冷静に結婚を断ってきたテリーを思い出し、胸が痛む。レインに否定的なことを言われても気にならなかったが、テリーの結婚を断る言葉はアデルをひどく傷つけていた。テリーがアデルを我儘な令嬢だと思っていることもさらに彼女を追い詰めていた。


 レインと衝突するのは相性が悪いだけだと思っていたのだが、アデルは誰からも嫌われているのではないかという不安を感じていた。


 これからの人生を考えれば、テリーを逃してはいけないのに、傷つくことが怖くて行動することができない。アデルは大きく息を吐いて、目を閉じた。

 今引いてしまったら、領地に閉じ込められる。社交にも出ることなく、貴族令嬢としての人生が終わってしまう。必死に身に着けてきたことがすべて無になる。認めることのできない未来だ。


 アデルは目を開けると、テリーに会おうと決めた。

 商会に行けば捕まえることができる。

 アデルは侍女に外出することを伝えた。慌てて馬車の手配や外出するための支度をするために動き始める。その様子を眺めながら準備をし、アデルは貴族区域にある商会へと向かった。


******


「留守?」

「はい。テリー様は先ほど、平民区域にある商会に出かけました」


 にこやかな笑みを浮かべてそう答えたのは、テリーの補助をしているモニカという女性だ。

 どうやら先触れを出さずにいたため、行き違いになったようだ。アデルはしばらく悩んだが、すぐに自分も平民区域へ行くことに決めた。平民区域に行くのは初めてであったが、王都の一部だ。さほど治安も悪くない。


「平民区域の商会にいるのね?」

「はい。今日は打ち合わせがありまして」

「わかったわ。そこに行くから、あなた、一緒に来てちょうだい」


 アデルの言葉に驚いたようにモニカが目を瞬いた。


「しかし……打ち合わせが終わればこちらに戻る予定なので、ここでお待ちしていた方が」

「いいから、貴女は言うとおりにすればいいのよ」


 アデルはモニカの言葉を途中で遮った。モニカは仕方がないと肩をすくめ、支度をしてくると言って奥へと姿を消した。


 しばらくすると、モニカが外出着を纏って出てくる。


「遅いわよ」

「申し訳ありません」


 モニカの謝罪を聞いてから、馬車へと乗った。


 平民区域の商会のある場所へとゆっくりと移動する馬車から外をぼんやりと眺めていた。平民区域は貴族区域とあまり変わらない印象だ。それでも平民だからなのか、活気にあふれ、どこもかしこも明るい空気で満ちていた。貴族区域もそれなりに人通りもあるが、これほど屈託なく笑いあうような景色は見られない。興味深くアデルは街並みを見つめていた。


 流れる景色の中、見たことのある人物を見つけた。目を凝らしてよく見れば、一軒の店にマーリカがいた。店の奥にいる彼女をどうして見つけられたのか、不思議なくらいだ。


「あそこは……」


 ぽつりと呟くと、呟きを拾ったモニカはほほ笑んだ。


「あそこはマーリカという女性が開いたお店で、宝飾品が置いてあります。平民にとっても手ごろな値段で、可愛らしいと最近評判なのです。わたしも時間があれば立ち寄りたいのですが」


 マーリカと聞いて、アデルは反射的にムッとした。


「ちょっと馬車を止めて」

「……商会はもっと先です」

「あそこにいる娘、知り合いなのよ。挨拶をしてくるわ」


 適当に言いつくろえば、モニカは渋々頷いた。馬車が止まり、乱暴な足取りで降りる。店に近づけば、楽し気にしていた女性客たちがアデルを見つけると、顔を見合わせてからそっと去っていく。明らかに上位貴族であるとわかるアデルに近寄っていいことはないと思っているかのようだ。


 アデルは平民のその避けるような態度も気に入らなかったが、一番気に入らなかったのはマーリカの態度だ。簡単な挨拶だけで、後はだんまりなのだ。

 アデルは荒れ狂う気持ちを押し殺しながら、もてなすように告げた。ところがマーリカはできないと言う。最後には騎士団を呼ばれてしまった。


 騎士団など呼んだら、マーリカが咎められるだけなのに。

 バカな女だと心で嗤っていたが、騎士団に連行されたのはアデルの方だった。アデルは唖然としていた。何が起こっているのか、上手く頭が処理できない。そんな様子のアデルに騎士団長がため息をついた。


「ここは平民区域です。貴族の横暴は許されません」

「横暴なんて……!」

「……マーリカ殿と何があったかは聞き及んでおります」


 その言葉だけで、アデルは悔し気に顔を歪めた。


「それとこれは関係ないでしょう?!」

「では、何故、わざわざ店に行かれたのですか? あの店はかなり人気でして、毎日、客が溢れています。それが誰一人いなかった」


 妨害したのだろうと言外に匂わせられた。アデルにそのつもりがなくとも、そう取れるのは理解していた。返す言葉が見つからずに黙っていれば、騎士団員が入ってきた。若い団員は騎士団長に耳打ちした。騎士団長はため息をついた。


「迎えが来たようですね。今日のところは見逃します。ですが、今後は気を付けてください」


 注意程度で済んだようだ。アデルはほっとした。立つように促されて廊下に出れば、テリーが立っていた。テリーが迎えに来たことで、注意だけになったのだと嫌でも理解する。


「アデル様」


 テリーは難しい顔をしていたが、それ以上は何も言わない。強い力で腕を握られ、引きずられるように外に向かう。外では馬車が用意されていた。

 乱暴に乗せられて、テリーも乗り込んできた。


「テリー」

「なんですか?」

「あの、これは……」


 テリーは大きく息を吐いてから、まっすぐにアデルを見た。射貫かれるような鋭い視線にアデルはたじろいだ。今まで誰からも向けられたことのない強く非難する眼差しだった。


「言い訳は結構です。余計なことをしないでください。今、レイン殿下のしていることに難癖をつけると、それこそバークス侯爵家に影響が出ます」

「え?」

「貴女は自分のことしか考えられないようだから、はっきり言いましょう。バークス侯爵家と契約していた貴族たちの一部が規模を縮小したり、契約更新を保留しています。今は領地の税収で何とかなりますが、このままずっと商会の方の売り上げが落ちれば、現状を維持することが難しくなる」


 アデルは息を飲んだ。アデルの意識はいつでも一点であり、総合的に考えてこなかった。


「でも、それも一時のことだわ」

「そうならいいのですが。ですが、アデル様がレイン殿下の邪魔をしていると噂になってしまえば一時のことでは済みません。貴女と婚約破棄されてよかったと思っている人間の方が多いのですよ。特にレイン殿下の母君である側室様や側室様を可愛がっている王妃様などはもっと早いうちから婚約破棄するように求めていました。それを退けていたのはレイン殿下です」


 アデルは息が止まりそうだった。


「そんなこと、聞いていない」

「そうでしょうね。ですが、僕のような貴族でもない人間でも貴族と接点を持っているだけで聞き及んでいる話ですよ。貴族なら、僕よりももっと詳しいことも知っているはずだ」


 テリーはその後もアデルに淡々と説明したが、アデルの頭には全く入らなかった。ただ耳に入って抜けていくばかりだ。


『人としての優しさを持たない限り、幸せになれないわ』


 そんな中で思い出したのがマーリカの言葉だった。




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