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アデルの誤算1



 正直に言えば、レインと婚約破棄をしてもすぐに婚約者は見つかるものだと思っていた。

 だけど、婚約破棄をして3か月。

 婚約者候補になる人も見つからない状態だ。


 正確には、婚姻の申し込みは山ほど打診がある。あるが、どれもこれもバークス侯爵家の婿としては足らない人たちばかりだった。その中でも割と条件に合いそうな数人と会ってみたが、結婚してもいいと思えるような人は一人もいなかった。


 流石のアデルも断り続けるのもどうかと思ったが、バークス侯爵家の跡取りである自分がレイン以下の人間を夫にしたくはなかった。レインは身分に縛られることなく、意中の相手と結婚するのだ。だからこそ余計に結婚相手に妥協することがひどく悔しく思えた。


 婚約破棄をされた頃は両親もまだ無理を言ってこなかったが、婚約破棄されて3か月。未だに相手が見つからないことで住み慣れた屋敷が居心地が悪くなりつつある。言葉にはしないが、明らかに母は不機嫌だし、父であるバークス侯爵もため息ばかりだ。


 毎日を部屋で大人しく過ごしているある日、バークス侯爵の執務室に呼ばれた。言付けをもらってため息が出た。

 憂鬱しかしない。気持ちに引っ張られて足が重いが行かなくては、とアデルは気持ちを奮い立たせた。


「入れ」


 執務室の扉をノックすればすぐに声が返ってくる。一度大きく息を吸ってから、部屋の中に入った。

 部屋にはバークス侯爵の他に、親戚の男性が一人いた。アデルよりも10歳年上の穏やかな人物だ。バークス侯爵も信頼しており、昔はこの屋敷によく招待されていた。今はバークス商会を全面的に任せていたはずだ。

 いつから彼を見なくなったのだろう、とぼんやりと思う。


「お久しぶりです」


 わたしが挨拶をする前に柔らかく微笑んだのはテリーの方だった。変わらない優しい笑顔にドキリと胸が高鳴った。濃い茶色の髪と薄い緑の瞳は整った顔立ちを優しく見せている。


「ごきげんよう」


 嬉しさを押し殺して、挨拶を返す。バークス侯爵が座るようにと長椅子を示した。アデルは逆らわずに浅く腰を下ろす。

 アデルは父とテリーを交互に見て、ああ彼が結婚相手になるのだろうと予測した。テリーとの結婚なら悪くない。緊張していた気持ちがほどけ、自然と笑みが浮かんだ。


「アデルと結婚して、バークス侯爵家に入ってもらえないだろうか」


 バークス侯爵は何の前置きもなく、テリーに告げた。テリーはやや目を伏せ、お茶をゆっくりと飲んでから顔を上げる。アデルは期待に満ちた目をテリーに向けた。


「申し訳ありませんが、お断りします」

「……理由を聞いてもいいか?」


 バークス侯爵は動揺せずに尋ねた。一方アデルの方は動揺が顔に出てしまう。どうして? そんな気持ちでテリーを食い入るように見つめた。テリーは申し訳ない顔をしつつも、はっきりと理由を述べる。


「ご存知かと思いますが、僕には一緒に暮らしている恋人がいます」

「十分な手当を出そう。だから別れてほしい」


 バークス侯爵はさらりと告げた。テリーに恋人がいようと妻がいようと問題ない。相手も納得するようにきちんと清算するつもりだった。今必要なのはテリーという人物がこの侯爵家に入って、未来を繋ぐことなのだ。テリーは若干引き気味になりながら、言葉を返す。


「……正直に言えば、アデル様と結婚して幸せになれる気がしません」

「バークス侯爵家が手に入るとしてもか?」

「ええ。人生は長いですから。政略結婚だとしても、心が通えるような女性としたいものです」


 きっぱりと言い切られて、アデルは固まった。言われた意味が理解できると、体が震えた。


「どうしてですか? テリーとは今までも仲良くしていたと思うのですが」


 のどが渇いて、声が掠れた。絞り出すようにして思いを口にする。


「それはね、僕が君の気に障ることを言わないようにしていたからだ」

「え?」

「レイン殿下への君の態度を見ていれば、それが一番楽だったから。自分と相容れない意見は容赦なく攻撃する。しかも周りの目も気にしない」


 アデルは何か言おうと思ったが、言葉が出なかった。レインに対しては容赦なく追及し、自分の意見を押し通していたのは事実だ。そして、王宮であってもその姿勢は崩したことはない。


 レインが侯爵家に婿入りするのだから、アデルの意見を優先するのが当然だと考えていた。だから早いうちに、レインの考えをアデルの考えに近いものにしたかった。アデルはバークス侯爵家で教育を受けているので、アデルの考えがそのままバークス侯爵家の方針のはずだから。


 だけど、テリーはアデルのレインに対する態度を理由に、結婚を断っている。


「そうだろうな。では、君を養子として迎えたいと言ったら考えてもらえるか?」

「養子? 婿ではなく?」


 結婚の話はある程度予想していたようだが、養子の話は意外だったようだ。テリーは目を丸くした。


「何人か、アデルと見合いをさせたが、どれもこれも駄目だった。君に断られたら、今後、アデルが縁づくのは難しいということだ」

「お父さま?」


 震える声でアデルは父親に声をかけた。バークス侯爵は疲れた視線を娘に向けた。その眼差しにはわずかな憐憫が含まれていた。


「前にも注意したと思うが、お前はレイン殿下にやりすぎたのだ。お前のレイン殿下への態度はすべて詳細に調べられ、議会に提出されている。あの報告書を読んだ時、早めに婚約白紙にすればよかったと後悔したよ」

「そんな、わたしは間違ってなんか……!」


 自分を否定されて、声を荒げた。現状を理解していない娘を残念そうに眺めて、バークス侯爵はため息をついた。


「そう思うのなら、それでも良い。今はお前のやりたいようにすることはできなくなったとだけ言っておこう」

「何のお話ですか?」

「お前が大量に買い付けた、チョコレートというやつだが。苦みと酸味が強く、食べられたものではない。高価なものだけに、それなりの損失になっている」


 チョコレート、と言われてアデルは唇を噛み締めた。輸入先の国ではチョコレートはとても高価なもので、お客に出すと非常に喜ばれる菓子だ。だから、食べ慣れればこの国の貴族たちにも受け入れられると考えて契約していた。

 この契約をする前にレインと話したとき、彼は真っ先に反対した。値が張る上に、癖が強すぎて商売にするのは難しい、と。そう言われて、意固地になった部分もある。バークス侯爵にも説明して、反対をされなかったのだからレインの言葉を無視して、推し進めた。


「その話と結婚の話は別です」

「別ではない。何故、その契約を許可したと思う?」


 嫌な汗が背中を伝った。アデルの意見が通ったのは、利益の見込みがあるからではないのか。娘の返事を待たずに、バークス侯爵は続けた。


「相反する意見を持つ二人がこれを契機にきちんと話し合える対等な関係になれるかもしれないと期待したのだ。お前が素直にレイン殿下に相談し、意見を取り入れて立て直すのではないかと」

「そんな、一言でも言ってくだされば」


 アデルの呟きに、バークス侯爵は笑った。


「私は常に注意していたはずだ。それでも聞かなかった。そして今の状態にある」

「……」


 何も言い返せない。

 レインと歩み寄るようにと、もう少し意見を受け入れお互いに話し合うようにと何度もバークス侯爵からは注意されていた。それを無視していたのがアデルだ。


「テリーがお前と結婚してもよいと言えば、この侯爵家を背負うことを許そう。そうでなければ、テリーを養子にしてお前には領地で大人しく暮らしてもらう」

「お父さま」


 胸がずきずきと息が苦しいほど痛んだが、意地で涙は出さなかった。

 そう、まだ終わりではない。テリーと結婚すれば、バークス侯爵夫人としての地位を確保できる。アデルは自分に強く言い聞かせた。



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