予期せぬ展開、でも嬉しい悲鳴
マーリカの予想を裏切り、あっという間に貴族の間で魔晶石を使った宝飾品は広がっていった。王妃と側室、その上、王太子妃も小さなお茶会で身に着けたものだから、抵抗なく広がったようだ。
広がると言うことは、それだけ欲しがる人が増えると言うことで、ヘールズ男爵家が持っている職人たちだけでは賄えないほどだった。しかも平民へ売っている宝飾品も右肩上がりで、生産が追い付かない状況だ。
「どうしよう」
マーリカが放心したように呟いた。元々は平民の間で認知されて、売れる様になったら加工技術や意匠を売るつもりだった。技術を売るので、ヘールズ男爵家の職人たちだけでも十分に回していけるだろうと見積もっていた。
ところが、どの領主も技術を欲しがらなかった。価値がなく捨てるにも困っていた魔晶石を値段が低くてもいいから買い取ることを望まれたのだ。買い取るだけの資金はあるので、それは構わないのだが、買取の方が多くて加工が追いつかない状態になってしまった。大量にある色とりどりのクズ魔晶石は抱えて困っていた貴族から話を持ちかけられており、増える一方だ。
さらには魔晶石を売りに来た貴族が宝飾品に興味を示して、予約していくというとてつもない悪循環。
売りに来た貴族たちは加工が追いつかないのがわかっているのか、できた時でいいとは言ってくれているが……。何とかしなくてはいけない状態には変わりはない。せめて魔晶石を加工する方法を考えなければ、外に仕事を出すこともできない。
「おかしいなぁ」
「そんなにおかしな話でもないと思うが」
マーリカの力の抜けた呟きに、レインが呆れたように応じた。ちらりとレインを見れば、レインは書類をまとめていた。
「どうしてそう思うの?」
「まず休憩しよう。お茶を」
いつもはカークがお茶を淹れているのだが、レインとは違い仕事のきりが悪そうだった。マーリカが立ち上がった。
「たまにはわたしが淹れてあげる」
「……いや、カークに淹れてもらいたい」
レインが遠慮しながらもはっきりと拒絶するので、マーリカがにっこりと笑った。
「大丈夫。ちゃんと練習してきた」
「本当に?」
カークに確認するようにレインが見れば、カークは書類から目を離さず肩をすくめた。
「一番最初に飲んだ時よりはよくなっている」
「わかった」
レインは覚悟を決めたのか、大きく息を吐いた。
「大丈夫。飲めるはずよ」
「……ではお茶を淹れてほしい」
「ちょっと待っていてね」
マーリカは嬉々として茶器を弄り始める。カークに習った時の手順を思い出しながら、慎重にお茶を用意した。お茶を蒸らしている間、マーリカはレインに先ほどの理由を聞いた。
「それで、どうして領主さまたちが技術を欲しがらないと思うの? 新しい事業の種なんだから、いらないなんておかしいじゃない」
「技術をもらっても、金がかかるだろう? 職人や従業員だって集めるのが大変だ」
「そうよね。初期投資はお金がかかるし、人は集まらないし」
当然だ。投資しないと新しいことなど始められない。
「そもそも必死になって売る必要のない領主たちだ。ただのゴミがわずかでも金になるだけで儲けものだ」
「あ!」
その観点は抜けていた。主要事業にする必要がないのなら、お金や労力をかけてやる必要はない。売れるだけでプラスになるのだから。しかも、買い取り先も順調に利益を伸ばしているので、安定して買ってもらえる。その上、クズ魔晶石は本来の魔晶石を生産するために一緒に掘られるため、今までとやり方が変わるわけではない。
「そういう事だ」
レインが何でもないことのように頷いた。
「それならどうしたらいいのかしら? これ以上、男爵家の職人に負担を強いるわけにはいかないし」
そもそも一時的だからと無理をお願いしていたのだ。定常的にするわけにはいかない。マーリカが頭を抱えた。
「そのことなんだが」
カークが書類から顔を上げて、マーリカとレインを見た。二人はカークの方へと目を向ける。彼は言おうかどうしようか迷っているように見えた。カークは側仕えの中でも常に冷静で、どちらかというと一歩引いた位置にいる。その彼の迷いに、レインが話すようにと促した。
「何かいい案があるのか?」
「案というのか、俺たちの今後のためというのか」
珍しく言いにくそうに言葉を濁すので、レインは不思議そうにカークを見ていた。
「それほど言いにくいことか?」
「非常に言いにくい。俺たちの方が利益がありすぎる」
素直な言葉にレインはにやっと笑う。
「言ってみろよ。俺は懐が広いからな、許してやるかもしれん」
「……金だけ出せって言っているようなものだ」
「なるほど。商会でも作るのか?」
カークは言葉を噤んだ。マーリカは二人のやり取りを大人しく見ていた。カークがレインにお金を出させて商会を作りたいと言う事らしい。マーリカは首を捻る。
「レインにとってそれは利益にならないの?」
「そんなことはない。それなりに利益は分配する」
「だったらいいんじゃないの? その商会、わたしの悩みを解決してくれるんでしょう?」
何が問題だか全くわからない。レインはお金は持っているが直接返済には充てられない。そのお金を使って利益を上げれば、返済の方へとまわせる。
「……なんだか殿下を利用しているようで居心地が悪いんだ」
ぼそりとカークが呟いた。レインは彼に呆れた目を向けた。
「なんでそうなる?」
「そう思わないところが殿下のいいところだよ。俺たちは側仕えといっても、将来が不安定だ。殿下は誰と結婚してもいずれは臣籍降下する。その時に俺たちはついていけない。俺たちは家の仕事を回してもらうか、実力で城に雇ってもらうかしか道がないんだ」
そう説明されて、マーリカもようやく合点がいく。レインは柔らかく笑った。
「俺は別に構わないけどな。商会を作ることがマーリカの助けになるなら、それこそ出さない理由がない。お前たちを雇用すれば楽になるのはわかっているんだ。そうするだろう、普通」
「殿下」
「そのかわり、数年後には他国への販売ルートも作れよ。小さくしておくのは許さん」
カークは肩から力を抜いた。とても緊張していたようだ。カークは薄く笑みを浮かべた。その顔にはレインの要望を叶えられるという自信に満ちていた。
「ああ。もちろんだ。国一番の商会にして見せるさ」
いつもの冷静なカークに戻ってマーリカも嬉しくなった。
「これで色々わたしが考えなくてもよくなったのね!」
「任せてくれ。マーリカは意匠や案を出してくれるだけでいい」
カークの力強い言葉に、マーリカの気持ちも軽くなった。




