突撃訪問者
マーリカは出来上がった貴族向けの装飾品を持って、レインの執務室にいた。なんだかんだと言いながらも、職人であるマークには無理をしてもらって一週間で作ってもらった。
ただし試作品だから、完璧な状態とは程遠いらしい。完璧ではないと嫌がるマークを何とか説得して奪ってきたのだった。
職人の目からしたらいまいちな出来かもしれないが、マーリカの目からは十分に美しく仕上がっていた。そのため先にレインたちに出来上がりのイメージを見てもらいたかったのだ。やはり普段見慣れている貴族の目から見た方がいいと思うのだ。
試作品を幾つもテーブルに並べながら、マーリカは並べた宝飾品を眺め、ため息をつく。
「マーリカ?」
レインが彼女のため息に気がつき、顔を上げる。マーリカはどこか浮かない顔をしていた。
「これ、売れるのかな?」
「美しい仕上がりだと思うが……」
レインはマーリカの懸念がよくわからないようだ。ジョンの方へと助けを求める。ジョンもマーリカの不安にきょとんとした顔をしていた。
「ああ、仕上がりの問題じゃなくてね。売ろうと思うと、とても高い設定になってしまうのよ」
「なるほど」
マーリカの言葉足らずな説明に納得したのはカークだった。カークはじっと宝飾品を見つめ、手に取った紙にさらさらと何かを書きつける。
「おそらくこれぐらいの値段で売れると思う」
紙を差し出されて、マーリカは受け取った。書きつけられたのは、それぞれの宝飾品の売値だ。その値段にマーリカの眉が寄った。レインはマーリカの隣から紙を覗き込む。
「まあ、これぐらいだろうな。これ以上高くすると、宝石を使っても変わらなくなる」
「そうよねぇ」
マーリカははあっとため息をついた。決して悪い金額じゃない。平民にはかなり頑張らないと手が届かない金額、貴族家においては安くはないが高くもない金額。何とも絶妙な金額だ。
「どうしたの? 不安はちゃんと解消しないとダメだよ」
ノルンがマーリカに心配事を吐き出すように促した。
「この細工がかなり手間がかかっていて、ジョンの書いた金額だと利益率があまり高くないのよ」
「そうだろうな」
すぐに頷いたのはカークだけだった。他の3人はそうなのか、という顔をしている。
「だが、利益にはなるのだろう?」
「利益はあるわね」
「だったらいいのではないか? 例え利益率が高くなくとも、売れる層が広がるだけでも御の字だ」
マーリカはしばらく考え込んでいたが、レオンの言葉に納得したのか一人頷いた。
「そうよね。すぐにがっぽり儲かるなんて、ありえないわよね」
「悪徳商人のように、ふっかけてみるか?」
「評判悪くなると他も売れなくなるからやめておくわ」
ようやく空気が和らいだ。好き勝手に感想を言い合う。
いつもと変わらない心地よい空気が、突然の訪問客で固いものに変わった。
「お邪魔するわね」
そんな気軽な言葉で入ってきた女性たちを見て、流石のマーリカも固まった。放心したように見つめた後、我に返って深々と頭を下げた。
「楽にしてちょうだい」
楽し気に許しを出すのは王妃だった。そしてその後ろに付き従うのは側室のエリー。レインの母親だ。
王妃とこれほど近い位置で接したことがなく、マーリカは一人息を飲んだ。人を圧倒するような存在感だ。
エリーも寵姫と言われているとおり、レインほど大きな息子がいるとは思えないほど美しい。腰もきゅっと細く胸が豊かだ。ただエリーはレインとよく似ているのでこちらは親近感があった。
マーリカはちらりとレインを見る。レインは特に驚いた顔をしていないので、二人がやってくるのは知っていたようだ。さらにノルンやカークも見れば、彼らも平然としている。
どうやら知らないのはマーリカ一人だったらしい。
「貴女がマーリカね」
「はい。お初にお目にかかります。ヘールズ男爵家の娘、マーリカと申します」
そう挨拶すれば、エリーがころころと笑った。
「まあ、可愛らしいお嬢さんね。レインとアデルは性格が合わないとは思っていたから、心配していたのよ。婚約解消していいと伝えても、なかなか動かないし」
「エリー。そう明け透けに言うものではないわ」
王妃がエリーを窘めた。エリーはぺろりと舌を出す。とてもレインのような大きな息子がいるような感じはなく、その仕草は少女のようだ。磨き上げられた美貌が近寄りがたい感じであったが、その仕草で一気に親しみやすさが増す。
それにマーリカとレインの関係を歓迎しているようにも思えてほっとした。
「それで、レインが見せたいものがあると聞いてきたのだけど」
王妃に促されて、はっとした。マーリカはテーブルの方へと二人を案内した。
「こちらが新しく作った宝飾品です。まだ試作品なので最終段階ではないのですが」
二人は興味津々でテーブルの縁まで寄ってきた。
「あら。素敵じゃない」
貴族用に作られた宝飾品は曲線の美しい繊細な造りをしていた。マークが短い時間に拘って作り上げたものだった。その細工に大ぶりのクズ魔晶石を入れている。
この世界の宝石はダイアモンドとエメラルド、サファイア、ルビーぐらいしかないので、これらの色を避ければ区別は容易なのだ。ただ今回は、平民向けの安い商品とは異なり、魔晶石も美しく光を反射するようにカットされている。マークたち職人のげっそりと窶れ切った姿を思い出し、後で差し入れをしようと決めた。今回、かなり無理してもらっていた。
「手に取っていいかしら?」
「どうぞ」
王妃は一つの首飾りを手に持った。じっくりと魔晶石を見つめる。少しづつ傾けて光を当ててみたり、遠くから見てみたり。無言で観察している。エリーは耳飾りを手にしていた。どちらも使われているのはマーリカがマークに注文した雫型だ。
首飾りの方は銀細工が細かく編み込んだようになっており、そのトップに雫型の紫色の魔晶石が飾られている。鎖の所にも小さな魔晶石が使われていた。
「素敵な意匠ね」
エリーが気に入ったのか、ほうっと感嘆のため息を漏らす。王妃も次々に宝飾品を手にする。
「石もそうだけど、細工も素晴らしいわね」
熱心に見ている二人に、レインは尋ねた。
「どうですか? 茶会など、公の催し以外の時に使えると思いますか?」
この場にいる人たちの目が王妃に向けられる。王妃はにこりと笑った。
「ええ、大丈夫だと思いますよ。今度、茶会でつけてみましょう」
「ありがとうございます」
レインはほっとしたのか、自然と顔をほころばせた。マーリカにも笑みが浮かぶ。
「よかったら、これを持って行ってください。試作品ですが、改良したものはまた後で届けます」
「あら、いいの?」
「はい」
マーリカは宝石箱を取り出して、宝飾品を片付けようとした。それをエリーが止める。
「折角だから、つけてみたいわ」
「母上。私がつけますよ」
レインはエリーが選んだ首飾りと耳飾りを手早くつけた。ほっそりとして華奢なエリーに雫型の宝飾品はよく似合っている。少しの動きによって揺れると、光を反射してとても綺麗だ。宝石とはまた違った美しさだった。
「あら、すごくいいじゃない。揺れている感じがとても素敵だわ」
王妃も感心したように褒めた。エリーは嬉しそうに頬を染めてほほ笑んだ。
「これ、ありがとう」
「よくお似合いです」
嬉しくてついつい気安く告げてしまった。エリーも咎めることなくにこにこしていた。
「レイン、わたくしたちは戻るわね。後で王太子妃の所へも届けてあげて」
「わかりました。今日はありがとうございました」
レインが挨拶をしたので、マーリカは二人の女性に頭を深く下げた。




