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売り上げが……!


 マーリカは上がってきた売上表を見つめ、唸っていた。


「迂闊だったわ! 平民に売るなら薄利多売が基本なのに、王都の人口が少ない!」

「少なくはないだろう? 王都はこの国一番の人口だ」

「そうだよ。10万人もいる都市なんて、他にないよ?」


 レインとノルンはマーリカの嘆きに首を傾げる。計画書や数値に強いカークさえもマーリカの嘆きがわからない。

 彼らの目からすれば、この商売は十分に成功していた。マーリカの読み通りに、付加価値を付けた宝飾品は女性に好まれ、今では生産が追い付かない。クズ魔晶石を宝飾品にする技術を売るための準備も着々と進んでおり、とにかく順調だ。


「十分に利益は出ていると思う。この3か月で宝飾品としての利益も中規模の商家とあまり変わらない」

「心配しているのはそこじゃないわよ。バークス侯爵家へ払う慰謝料、これで計算したら一体いつ払い終わるの?!」


 マーリカの懸念は売り上げが悪いところではない。今のまま順調であれば、ヘールズ男爵家の収入の20%ほど年間利益が見込める。元手がさほどかかっていないので、商売としては、まずまずだと思っている。マーリカが心配しているのは、一体いつになったら返済が終わるかということだ。


「なるほど。確かに気になるよね。今の利益を維持できたとして、ざっと20年ぐらいかな?」

「どんだけ侯爵家はピンハネしているのよ!」


 ノルンの概算に、マーリカが吠えた。どちらかというと成功している部類のヘールズ男爵家であったが、その差に愕然とする。実に男爵家の3倍以上だ。


「ピンハネ、って。マーリカは無茶を言うよね。侯爵家なんて領地が大きいから収入も多いに決まっているじゃないか」

「ただ、侯爵家ともなると維持管理費などの出費が大きいから、実際の収入はもう少し低い」


 カークもものを知らないマーリカに説明する。マーリカはむむむ、と眉を寄せた。


「……うちは諸経費を別枠にしているわ。それが普通じゃないの?」

「古い体質の貴族だと諸経費を込みに考えている」


 マーリカはますます顔をしかめた。


「できれば、諸経費を引いた額にしてもらいたいわ」

「それは難しいだろうな。前の慰謝料は5年ほどだったから1年分になって、俺はほっとしているよ」


 レインの言葉に、マーリカはぴたりと口を噤んだ。


「マーリカ?」


 レインが不意に黙ったマーリカを覗き込む。


「レイン、資産を一体いくら持っているの?」

「金額は言えないが、ざっと侯爵家の収入の3年分ぐらい?」


 にっこりとレインがほほ笑む。ジャンがにやにやとしてマーリカを見ていた。マーリカは単位の違いに顔を引きつらせている。


「殿下の資産だから、結婚後もそのまま持っていける。領地ではないから、勝手には増えないけどな」


 ぼそりとカークが追加情報を言った。マーリカはがっくりと肩を落とす。


「お金があるのに返済ができないなんて」


 今更の話だが、マーリカの嘆きは理解できる。レインはどうするかと、考え始めた。マーリカはお金が欲しいわけではなく、結婚が遠のくのが嫌なのだ。レインとしても、早く自由になってマーリカを妻にしたい。

 利益が少なくても、2、3年したらレインの個人資産が使えるようになってそこで清算するのだろうとは思っている。だが、きっちりと金を揃えて支払った時のアデルの顔が見てみたいと思うので、このことはマーリカには教えないつもりだ。


「もっと魔晶石が売れればいいんだよな」

「そうよ」

「単価を上げるしかないから、金を持っている貴族に売るしか伸びようがないな」


 カークはごく当たり前に言う。貴族に売れれば、確かにもっと高く買ってもらえるだろう。問題は貴族が欲しがるかどうか、だ。


「魔晶石、もっと大きくカットできないのか?」


 ジョンが何か思いついたのか、マーリカに質問した。


「できるわよ。宝石と同じようにすればいいんですもの」

「だったら、宝石のように首飾りや耳飾りに大ぶりの物を付けたらどうだ?」


 ジョンはペンと紙を取り出すと、さらさらと絵を描いていく。彼が描いたのは、大ぶりの石を幾つも使って花の形を作った首飾りだった。詳細までよく描けていて、かなり具体的だ。


 マーリカは興味深くその絵を眺める。


「よく知っているわね。誰に贈っているの?」

「はは、誰だろうね?」


 ジョンが渇いた笑いで誤魔化そうとする。マーリカは教えてくれそうなレインに目を向けた。


「誰か知っている?」

「もちろん。色々なところに恋人がいて……」

「嘘つくんじゃねえ! 母親と姉だ! あの二人に絵が上手いからとか何とか言われて、色々描かされているんだよ……」


 ジョンががっくりと肩を落とす。ノルンが気の毒そうにそっと付け加えた。


「ジョンの母君と姉君、社交界でも有名なおしゃれな貴族夫人だから」

「そ、そうなの」


 縁遠い人たちのようだ。マーリカはそれ以上突っ込むことなく黙った。ジョンも何とか気持ちを落ち着かせると、途中になっていた画をさらさらと描く。


「これぐらいなら、重くない。宝石だと高価すぎて幾つも買えないけど、魔晶石は宝石に比べてはるかに安いから一度話題になれば売れると思うぞ」

「貴族令嬢が買うかしら? 宝石の偽物だと思って避けてしまいそう」

「宝石と似ていたらそうかもしれないな。一目で魔晶石と分かれば大丈夫なはずだ」


 ジョンは貴族令嬢にも売れると思っているようだ。だが、マーリカはそう思えない。


「夜会や大規模な茶会で身に着けるのは無理だが、身内の茶会や観劇などに出かけるときだったら使いそうだ」

「それって宣伝次第という事?」

「そうだ。上手く広められれば、貴族への売り上げも期待できる」


 レインの言葉に、なるほどと感心してしまった。マーリカは男爵家の令嬢だが、やはり付き合いは男爵家よりも下の身分の者が多い。商売をしていることもあり、身分にこだわらない付き合いをしていた。

 

「大ぶりもいいけど、もうちょっと工夫して、ビーズのようにしたらドレスにも付けられるんじゃないかな」

「ビーズのように縫い付けられるのならドレスの裾とか、手袋の飾りにも使えそうだ」


 ノルンが言えば、カークも案を出す。

 流石、上位貴族の子息たちだ。皆、貴族向けのドレスや宝飾品についてどんどんと案が出てくる。

 別世界を垣間見て、マーリカは改めて簡単に付き合える人たちではなかったのだと実感した。


「マーリカ?」


 突然黙り込んだ彼女を気遣うようにレインが声をかける。マーリカは曖昧な笑みを浮かべた。


「今になって、みな上位貴族なんだと思って」

「確かに僕たちはみな伯爵家の出身だけど、家を継げないからね。爵位をいまさら気にされるのも、どうかと思うよ」


 ノルンが不愉快そうに顔をしかめた。


「ああ、ごめんなさい。そうよね」


 マーリカは慌てて謝罪した。身分を気にしているのであれば、出会った頃に伝えられているはずだ。マーリカはこれからも気にしないようにしようと心に決めた。


「俺たちの家族に身につけさせて宣伝するのもいいな。俺の母とかは本当に影響力が強いから」


 ジャンが雰囲気を和らげるように話を元に戻す。


「俺は母上や義姉上にも頼んでみよう」


 レインも気軽に話に乗った。


「レイン、それって……!」


 ぎょっとしてマーリカが声を上げれば、レインはにやりと笑う。


「側室と王太子妃だ。効果は絶大だろう?」

「い、いいの?」

「大丈夫だ。私的なお茶会につけてもらうぐらいだし、なんなら、母上に妃殿下にも付けてもらえないかお願いしてみようか?」


 マーリカは恐れ多くて、首をぶんぶんと左右に振った。


「え、王妃様にはお願いしておいた方がいいよ。王妃様、殿下の母上ととても仲がいいから。後で仲間外れにされたと言われても困るだろう?」


 ノルンは王妃にもお願いするべきだと主張する。カークもそれに同意した。マーリカが想像していた以上の範囲で広がりを見せるお願い先に、くらくらしてくる。

 それでも、ダメとは言えなかった。


 お願いすることで借金返済が加速するのなら、その方がよっぽどいいからだ。だが、王妃や王太子妃にまでつけてもらうには、かなりの品質が求められる。平民相手のクオリティでは逆に締め出される可能性も出てくる。


 マークを筆頭に男爵家の職人たちに無理をお願いすることになるんだろうな、とマーリカはやや遠い目になった。



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