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既定路線:婚約破棄


「婚約破棄をする!」


 我慢に我慢を重ねたが、とうとう叫んでしまった。

 笑いさざめき楽し気な空気が夜会会場を満たしていたのだが、ぴたりと静かになる。会場にいる人々の注目を浴びたが、レインはすでにどうでもよくなっていた。

 自分のこの行動によってどれほど評判を落とそうとも、我慢ができなかったのだ。


 レインは婚約者であるバークス侯爵令嬢アデルの手を振り払った。アデルはレインの行動にやや驚いたような顔をしたが、すぐにその表情は笑顔の下に隠れた。彼女は表情をこわばらせながら口元に笑みを作っており、目はギラギラしている。

 その様子にいささか引き気味になったが、いい加減、言いたいことを言っても罰は当たらないはずだ。


 後ろからは側仕えたちの困ったような諦めたようなため息が聞こえたが、レインは彼らの非難めいた視線を無視した。


「我慢できなかったようだね」

「仕方ない」


 側仕えたちは小さな声でそんなやりとりをする。その会話はレインにも聞こえていた。煩いと言いたかったが、アデルの方が先だ。


 レインはとにかくアデルの顔だけを睨んでいた。こんな風にアデルを真正面から睨みつけるのは初めてかもしれない。緊張が嫌でも高まってきた。目を逸らした方が負けだと自分を鼓舞する。どうしても苦手意識が彼の気持ちを怯ませるが、ぐっと堪えた。


 そんなレインの気持ちを読み取ったのか、アデルは美しく整った顔に薄い笑みを浮かべた。


「あら、そんなことを宣言してもよいのかしら?」


 アデルは自分が本当に婚約破棄されるとは思っていなかった。いくらレインが婚約破棄を喚いたところで、第2王子であるレインの立場上、アデル以上の結婚相手は存在しない。この婚約はレインが高位貴族であり続けるために用意されたものだった。

 そのような背景から、バークス侯爵家に婿入りするレインが譲歩すべきだと考えていた。


 レインは大きく息を吸って、気持ちを落ち着ける。バカにしたような笑みを浮かべるアデルに嫌悪を感じながら怒鳴らない様に暴れる感情を押さえつけ、淡々とした口調で答えた。


「お前と結婚して侯爵家に入るぐらいなら、幽閉の方がマシだ」

「……それで」

「お前の声を聞くのもうんざりだ。口を開けば、否定することばかり。他の意見に耳を傾けることすらしない」


 アデルは手に持っていた扇子を握りしめた。強く握っているのか、扇子がみしみしと音を鳴らす。

 今までなら無視しても反論することはないのに、最近のレインはアデルの言葉をことごとくはねのけていた。それが気に入らなくて、さらにきつい言葉で詰っていた。

 今もそうだ。アデルとしてはレインのためを思って、注意をしたに過ぎない。それを過剰に反応したのはレインだ。


 ただアデル自身も言葉を選ばずに言い過ぎたという自覚はある。だが、レインの前向きな変化が一人の令嬢と交流するようになってからだと気がつけば、どうしても感情を押さえつけることができなかったのだ。


 そう、レインはアデルという婚約者がいながらも、他の令嬢に心を向けていた。身分も男爵家の令嬢という大したものではなく、外見もやや可愛いという程度のものだ。


 アデルが男爵家の令嬢に劣る要素が全くなかったが、レインはアデルには向けない優しい目で彼女を見るのが悔しかった。その上、隠そうとしないのだから質が悪い。茶会に参加するたびに、親切そうに探りを入れてくる人々を相手にするのも嫌になっていた。


 そのことを注意しようとレインに会いに王城にやってくれば、レインは楽し気にその令嬢と笑顔で話しているのだ。そんな姿を見せられて、アデルの自尊心を傷つけていた。

 レインはアデルと居る時に笑顔を見せることがほとんどないのだ。その差が悔しくて、レインの言葉の影にあの令嬢の影を見て、さらに否定する言葉を重ねる。


 アデルは挑むようにレインを睨みつけた。


「わたし、知っていますのよ? 婚約者であるわたしがいながら、他の女と逢瀬を重ねるなんてどういうつもりですか?」

「彼女とは今は何でもない」

「そうかしら? 王城で何度も二人でいるところを見かけましたけど?」


 アデルが責めるように言えば、レインはため息をついた。


「適切な距離だ。側仕えたちも同席しているし、護衛達もいる。しかも彼女と顔を合わせる場所は誰でも立ち入れる王城の庭だ」

「なんとでも言えますわ」

「……彼女と話しているだけで心が癒される。お前とは違う」

「心だなんて」


 アデルは馬鹿にしたように鼻で笑った。レインは冷ややかに婚約者である女を見つめた。平行線をたどるこの会話を続けるつもりはないのだが、ここで引いてしまっては彼女が悪く思われてしまう。その一心だった。


「はいはい、そこまでです。これ以上は醜い争いになるので、場所を変えましょうね」


 側仕えの一人、ノルンがパンパンと手を叩いて中断する。二人が黙ったところで、夜会に参加している人々ににっこりと笑った。


「おさがわせしました。このような発表になりましたが、議会によって二人の婚約破棄は認められております。どうか、余計な詮索はお控えください」


 議会に認められたと聞いて、アデルは驚きに目を見開いた。


「その話、わたしは聞いていないわ」

「極秘でしたので。もっと穏便に発表する予定でした」


 ノルンはちらりとレインを見る。レインは自分が我慢できなかったことを責められていると感じたのか、そっぽを向いた。子供っぽい仕草にノルンはやれやれとため息をついた。


「仲の悪いお二人ですから、何も不思議はないでしょう?」


 周囲の者も気がつくほど、二人の関係は悪かった。レインは無視をし、アデルは見下す。夜会での婚約破棄を発表したことは驚いても、婚約破棄自体には納得する者も多い。水と油のような二人が結婚しても、上手くいくはずはないと誰もが思っていた。


「……わかりましたわ」


 アデルは絞り出すように声を出した。レインは言葉を返さず、小さく頷いた。

 こうしてレインは10年続いた婚約を破棄することとなった。



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