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百合の花咲く15歳の夏

 ◆◆◆↑立成26年12月某日(滞在2日目)現地時間午前3時22分◆◆◆

 ◆◆◆↓立成26年12月某日(滞在2日目)現地時間午後1時45分◆◆◆



 ブザーが鳴り、あたしのパートナーの政所弓稀まんどころゆきは他の選手と一斉に水面へと飛び込んだ。あたし、板隷いたれいつくしは養子の政所月まんどころつきを膝の上に座らせて、その様子を眺めながら二人で応援している。


 中学生の頃から付き合って、お互いの親に挨拶して、同棲して、血は繋がってないけど子どももできて。今、とっても幸せ。



 ◆



 子どもの頃のあたしは、いろんなことを強いられていた。

 ピアノ、バレエ、水泳、習字、茶道、華道、着付け、そろばん、英会話、塾、料理、裁縫、流鏑馬。その他の習い事の数々。

 異性と遊ぶのは禁止。

 保護者の年収が一千万円未満の家庭の子とは交遊禁止。

 保護者が株主じゃない家庭の子とは交遊禁止。

 門限は日没。

 思い出したらキリがない。

 清楚に。おしとやかに。おとなしく。それが、あたしの義務だった。物心ついたときから、それが嫌だった。泌尿器科医として世界を渡り歩いていた父とはほとんどしゃべったこともないし、教育評論家の母はあたしに口うるさくするばかり。「『あたし』じゃなくて『わたくし』でしょ」とか「公園で遊んじゃ駄目」とか「板隷いたれい家に生まれた者としての自覚を持ちなさい」とか。

 さみしかった。

 息苦しかった。


 転機が訪れたのは……確か、あたしが小四の頃。


 学校帰りの車の中で、あたしはひどい腹痛に襲われた。その日の給食に入っていたピーナッツでアレルギー反応を起こしていたのが原因だったのは、あとになってわかった。

 とにかくあたしは必死で運転手さんに訴えて、近くの公園の公衆トイレに行かせてもらえることになった。

 一時的に腹痛が和らいだあたしが外に出ると、トイレのすぐそばでメンコ遊びをしていた二人の男の子達があたしに向かってこう言った。


「この女トイレなげー!」

「う○こだう○こだ糞女ー!」


 笑顔で、あたしを指差して言っていた。


 あたしは、その光景に衝撃を受けた。


 こんなに、こんなに自由に生きている人がいるんだ……って。


 あたしも、自由に生きたかったな。


 ……ううん。


 あたしは、なるんだ。今から。


 そのとき、あたしの中で枷が外れた。


「そう! あたしう○こ行ってたの! もー下○ピーが止まんなくてお腹痛いんだよねー!」

「「えっ……」」


 あたしの突然の発言に、二人の男の子達から笑顔が消えた。明らかに動揺していて、今までそんな反応をした女子がいなかったであろうことが読み取れた。


 その日から、あたしは変われたんだ。


 病院で診てもらってから家に帰るないなや、あたしは母親に抑圧されていた鬱憤を吐き出した。


「ただいまお母さん!」

「つくし! 『お母様』だって何度も言っているでしょ!」

「ち○○!」

「な……! いきなりなんてことを言うのつくし! そんな下品な言葉……! いますぐ口の中に戻しなさい!」

「嫌だ! あたしにもあるのにどうして言っちゃいけないの!?」

「そ、それは……」


 母親が返答に困っているのを横目で見ながら、あたしは着ていたものを全て脱ぎ捨て、屋敷中を走り回った。


 すごく、気持ちよかった。


 これが本当のあたしなんだって、気づいた。


 そのうち、母も観念したようで。


「私が……私が悪かったわ、つくし。だからどうか……もうやめて……。お願いよ……」


 泣き崩れて、懇願された。


「やだ」


 あたしの返答に、母も母を支えていた使用人達も目を見開いて驚いていた。


「今まで散々押さえつけておいて『やめて』の一言で済ませようなんて」

「つ、つくし……」


 その後、国際電話を介して家族会議が開かれた。

 その結果、あたしは少しだけ「自由」を勝ち取ったのだった。



 ◆



 ……まあ、それも昔の話だけどね!

 今ではそこそこの距離を保って両親とも接しているし、たまに実家に帰ってはつきと二人で全裸で長い廊下を走り回ってる。これがたまらなく爽快なんだよね。


「あっ、ママ! お母さんがひょーしょーだいに上がってるよ!」

「三位だって! 凄いねつき!」


 表彰台の上で、いつもの表情かおをする弓稀ゆき。疲れているけど、満足しているような、やわらかくて優しい顔。


 結婚は人生の墓場。そう言う人も少なからずいる。子どもができると不自由になる。そう言う人も、また。

 でも、それって人それぞれで。


 少なくともあたしは、そんな今の生活が大好きだ。



 ◆◆◆↑立成26年12月某日(滞在2日目)現地時間午後1時51分◆◆◆

 ◆◆◆↓立成17年8月◆◆◆



「……そういうふうにあたし達がゆきつく未来、なんか良くない? ……『よくない』? ……あっ、もっちろん、あたしは欲あるよ? 弓稀ゆきに対して『性欲』を」

「早くしないと部活に遅れるわよ」

「もー何か突っ込んでよー。……あっ! 腰に巻いた作り物でもいいよっ!」

「会話の話でしょ?」

「○○○○の話だよ?」

「よくもまあ校内でそんなこと言えるわね」

「そういう弓稀ゆきだって、名前『○まん○どころゆき』でし痛ったぁっ! 本気で! 本気で殴ってきたぁっ!」

「名誉毀損で訴えるわよ」

「それじゃあ早速、性欲の発散として……」

「人の話を聞きなさいよ」

「○っぱい揉みたいんだけど、いい?」


 放課後の、学校の廊下。


 アタシの三つ下の学年の彼女、板隷いたれいつくしがねだってきた。


「泳ぐ時の抵抗が増えるから駄目」

「今でも充分大きいのに?」

「とにかく駄目。……着替えてくるわ」

「……ちぇっ。……今日もグラウンドに行っているから、部活終わったら一緒に帰ろ?」

「……わかったわ」


 少し歩いてから振り返ると、つくしは手を振っていた。そんな彼女に小さく手を振り返し、水泳部員のアタシはプールへ、陸上部マネージャーのつくしはグラウンドへとそれぞれ向かっていった。



 ◆◆◆↑立成17年8月◆◆◆

 ◆◆◆↓(第2話「31種類のアイスクリームを。」へ戻る)◆◆◆

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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