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異妖譚々  作者: 仰木 秋野
7/224

1(五)

 いよいよ自分の知らない人種(人外種?)についての情報がほしくなった。すっかり思考の袋小路に迷い込んで、書物へと助けを求める。

     五


「タイミングも妙だし、規模が大き過ぎる………のは、確かに。突発的な行動で計画性がない、絡んでいた者達の動機は“飢え”であった筈。そうか、逆に、飢えずに、あるいは飢えながらも何とかできていた………? いや、嘘だろ………?」

「あ、雪代さ……お、ゆ、雪代ぉ~」


 考え事に耽り廊下を歩いていると、向かいからよく見知った女性が歩いてきた。タイトスカートから伸びるすらりと長い足、パンプスなど下半身の露出が多い。スーツ姿だから、OLままの見た目である。そのため、少しつり上がり気味の目尻も合わさって有能な女教師を思わせる雰囲気だ。

 ただ、性格は見た目とは裏腹に全くキツくない、それどころか泣き虫なくらい温和なのだが。


(格好で女性らしさを強調する割に性格が男勝りなセクシー先生………という設定だったっけ。彼女の性格とは真逆だし、本人が聞いたら怒るか泣いちゃいそうだな。黙っておこう)


 もう僕より何歳も年上の人を泣かせてしまうのは流石にマズい……っと、余計な感想はいい。

 彼女が意識してかは知らないが、充分に強調された身体のライン。そちらになるべく目を向けないようにしながら、頭の後ろで括った髪を弄っている彼女に話しかける。


「先生。ああそうだ、来週あたり学校に来るつもりですので、よろしくお願いします」

「わかりま……わかった。その時は職員用の玄関から入ってく……れな? 事務には言っておくから」

「はい、ありがとうございます。それじゃ先生、実習、頑張ってくださいね」

「はい! もちろんで―――あ、う、先生をからかうもんじゃないぞ!」

「………」


 いち生徒と話すのにそれほどキョドる先生がどこにいるんだ。内心で文句を言いつつ、僕はその場を早々に立ち去った。




 学庵の建物を、内履きのまま東側の出口から出て、敷地のコンクリートの上に敷いてある緑マットの上を進む。左手に駐輪場を見ながら二〇歩も歩かないうちに、一階建ての建物に入ることができる。離れのその建物は『図書室』であり、この学校の蔵書管理を引き受けている建物だ。

 ピッ

 入口を入ってすぐ右側、貸出カウンターのバーコードリーダーで借りていた書物の返却処理を済ませる。セルフなのは、こういう仕様なのではなく、単に係の人間が留守なだけだ。

 僕はしょっちゅう本を借りている。今回も返したら終わりではない。新たに別の本を借りるために、人気のない室内を、書棚の間をゆっくりと縫うようにして、適当な本を探し始める。


(………?)


 途中、読書用のブースに人影が見えた気がしたので、数歩後退して棚と棚の間から顔だけを覗かせた。


(見慣れない子だな。それに、制服………?)


 レースカーテンの引いてある窓から漏れる夕日を浴びて、その見慣れない少女のシルエットは黄金色に輝く。ワイシャツの上に短いタイ、その上にブレザーのようなものを着込むという格好で、紺色の長い髪を揺らしもせず、じっと本を読んでいる。整った表情も相まって、何だか『美しいもの』を()()()()()()()ように感じられて、印象的だった。ただ、神聖とか神々しいというよりは、ある種異様な感じがして―――。

 この学庵には指定の制服は存在せず、誰もが私服で通うために、制服姿というのは似つかわしくないものに感じられるのだった。それが少女を、いっそう異様に見せているのかもしれない。

 あの微妙な厚着については、図書室内には冷房が効いているのだ、気にするほどのものでもないだろうし。


「………あら」


 僕は少女に構わないことにして、本棚の間をうろつきながら自分が借りるための本を物色し始めた―――のだが、背後から、誰かが訝しむ声と、つかつかと歩いてくる足音が聞こえた。


「どうして………?」

「………?」


 振り返ると目が合ったので、やはり僕に話しかけたのだろう。先程までブースにいた少女は不思議そうに顔を傾げ、整った表情に眉を寄せていた。


(何だ、いきなり。『どうして』って?)


 いきなり話しかけられた僕の方こそ「どうして?」と言いたかった。


「あの、なにか」

「い、いえ………ごめんなさい、知り合いと間違えたの。それじゃ………」


 僕が問い返すと、少女はばつが悪そうに顔を逸らし、そそくさと図書室を出て行ってしまった。


「…………」


 出て行ってしまった、と思っていた。


「あの、なにか」


 僕は先程と同じ質問を繰り返した。図書室の入り口にたたずむ少女は、カラカラと音が鳴る戸を引きながら、図書室内をうろつく僕を見つめていたのだ。


「あなた、名前は?」

「………ユキ、って。皆そう呼んでますね」


 自己紹介は、相手に求める前に自分から名乗るのが礼儀だろう。まぁ、相手にそんな講釈を垂れるつもりもないし、僕も素直に名を明かすつもりはないのだし、ここは適当に済ませることにする。少女は、本名を告げる気のない僕の態度に気分を害したのか、不快そうに顔をしかめ、肩を落とした。


「そう………あなたが、ね」


 含みのある一言を残して、少女は図書室を出て行った。


「僕のことを知ってたみたいだけど、初対面だよな………?」


 ユキ、というのは愛称で、もちろん僕の本名ではない。しかし、学籍簿や謄本で僕の存在を確認しているだけでは把握できない筈のものだ。普段の生活、知己の何かしらを知られているからこそ、ユキという呼称と僕の顔が一致した、ということではないのか。


(いやいや。学庵内に在籍している子を僕が把握していなかっただけかもしれない)


 余計な思考を振り払う。あの少女については変な人だったと片付けることにして、ブースを挟んで向かい側の蔵書コーナーに行こうとした。


「お」


 ブースを横切る時、ふとそれが目に入る。卓上には、あの人の読みかけの本が置きっぱなしになっていた。


「読み終えたらきちんと戻せよな、まったく……おお、何だか仰々しい本みたい」


 彼女が読んでいた本自体には注目していなかったから、思いの外分厚い、どこか厳かな雰囲気のある装丁を見て、思わずその厚い表紙を確認してみたくなった。


「『爛戸歴々』………郷土史?」


 こんなものを読んでいたのか?


「大学生ってわけでもないだろうに」


 この学庵で出る課題に、自由研究めいたものは聞いたことがない。研究だとかでないのなら、趣味、ということか?


「ますます分からないな」


 そういう人だっているだろうが、あの少女がそうだとは、どうしても思えなかった。研究熱心な人間にも見えなかったし、暇を潰す本がいくらでもある図書室だ、他に選択肢があったら、普通はそれを選ぶだろう。しかし、手持無沙汰を紛らわすのにしては随分熱心に読んでいたようだし、何よりページをめくる手もとには何か探し物をするような、急ぐ目的のあるような感じがしたものだから、どうも分からない―――。


「げぇっ。何でそこまで観察してるんだ、僕は。キモチワルッ」


 自分があの少女に立ち入り過ぎていることを自覚して、反射的に自己嫌悪を催した。そしてまた、なぜ自分が自己嫌悪などしなければならないのか、そのこと自体に釈然としないまま、踵を返し、本を借りて、図書室を後にした。

 この辺については要改稿ですね……。もちろん大筋を変えることはありませんが、後々細部を改めると思います。

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