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episode.04

夜明けの澄んだ空気を切り裂いて、遠くで怒声と悲鳴が聞こえてくる。


眼前の焚火を掠めて、矢が地に突き立つ。ヤクはすぐさま剣を抜き放った。次いで放たれた矢を斬り払い、土を蹴って走り出す。

天幕が多く張られた中、馬を出している余裕も、駆ける隙間もなかった。


「敵襲____ッ!!」


叫んだ兵卒が胸から剣を生やして倒れるのを見て、ヤクは剣の柄をしっかりと握りしめた。今しがたアルヴァール兵を刺したばかりの敵兵を、躊躇いもなく一刀の元に斬り捨てる。


(……本当に敵襲か)


あちこちで剣を打ち交わす音が響き始めていた。

次いで飛びかかってきた敵と剣を合わせ、右腕を叩き斬りながら甲冑ごと胸を裂く。血の飛沫が飛んだ。その飛沫を避けながら、ヤクは再び剣を一閃させる。


その攻撃は敵の硬い甲冑によって阻まれた。あがった高い音に思わず舌打ちし、兜で覆われていない顔に向けて剣を突き入れる。

敵は悲鳴をあげる暇もなく絶命した。

血の匂いが鼻を打つ。


「ヤク様!」


声に振り返ると、第九師団所属の部下、ユラが剣を抜きつつ走り寄ってくるところだった。


あまり自ら指揮を執ることがないヤクに代わって、兵の指揮を任せられている小隊長の一人である。


「御無事でしたか」

「ああ。状況は?」

「敵の数は1万はおろか、8千もないでしょう。第九師団の者には、落ち着いて徒を組み、対処するようにと言ってあります」

「それでいい」


素っ気なく言うと、再び剣を構えたヤクに、ユラが並び立つ。去らないのか、と怪訝な視線を向ければ、にっこりと微笑まれた。


「お供します」


そう言うやいなや、ユラは向かってきた敵に向けて剣を迸らせた。

斬り込むのに合わせて、淡い水色の髪が揺れる。

見た目は小柄な女性だが、剣の腕は男に負けずとも劣らないことを、ヤクは知っていた。


ヤクも剣を振るった。

一振りするごとに赤がしぶき、悲鳴があがる。

降りかかる血は雨のようで、避ける暇もないまま二人は赤く染まることとなった。


時を経るに従って、敵の数は減ってくる。どうやら敵も、奇襲に全力を掛ける気はないようで、撤退する兵が目立ち始めた。

背中を向けた兵を斬る気にもなれず、ヤクは血に濡れた剣を下げながら野営地の中心へと歩を進める。


その方向には暴風雨をさえ思わせる少女騎士がいることも知らずに。


故に彼らは否応なしに、彼女の虐殺を垣間見ることになったのであった。


斬りかかってくる敵と斬り結び、肉を断ち骨を断ち、時には剣さえも断ち切りながら天幕の間を駆ける。

どうしてか、ヤクには左斜め下から斬りあげる癖があった。

その所為か、身体の左側が返り血に濡れて重い。


ユラも、綺麗な淡蒼の髪と身に纏っている軽装の鎧を血で斑に染めていた。見た限り、彼女が怪我をした様子はないため、やはり返り血であろう。

同じく、ヤクも多少の切り傷はあるものの、怪我と呼べるほどのものはなかった。


もう剣を交えたのは幾人であるのかもわからない。敵兵の剣を難なく受け止め、一息の後、斬り捨てようと剣を滑らせる。その時だった。


目の前の敵兵が一瞬の間にふたつに分かたれた(・・・・・・・・・)

こちらを睨み据えていた顔がそのまま左右に分断される。驚愕の表情も悔恨の様も浮かべぬままである、きっと即死したに違いない。


飛び散る血の雨のさなか、巨大な剣が凄まじい速さで今度は横一文字に一閃するのが見えた。

空中で四つに分かれた哀れな敵兵は、血を撒き散らしながら地に落ちる。

その壮絶な光景に、ユラ思わずといった風に、ひっ、と声を漏らした。


それはまるで嵐のようだった。


数瞬呆然と立ち竦んだユラの腕を掴み、すぐさま地を蹴って後方へと跳びすさる。

その直後、大剣の剣閃が二人のいた所を音を立てて通過した。剣閃は勢いを付けたまま敵兵数人を捕らえて赤い飛沫をしぶかせる。


見慣れた姿。

全身を赤で染めあげた、まるで悪夢のような少女。



「……颶風を呼ぶ者(グランディエラ)



そう呼んだのは誰であったか。


血に塗れた大剣が数多の敵を切り裂き、殺戮の調べを奏でる。彼女の凄まじい剣戟の前では、何者であろうとも死を等しく与えられる。


グランディエラ、颶風を呼ぶ者。




第三師団、師団長、リタ=ゲルハルト。




風圧で飛ばされた血の雫が目の前にぱたぱたと落ちる。

縦に、横に、上に、下に。縦横無尽に振るわれる斬撃は留まることを知らない。


「……なんて、出鱈目な」


呆然とした様に、ユラが呟いた。


15mは離れただろうか、安全と踏んだ場所で、二人はその虐殺を眺めていた。

時々リタに恐れをなして逃げてくる敵兵を斬って殺しながら、それでもそれ以上彼女に近づきはしない。近づけば巻き込まれて五体満足といかないことは明白だった。


斬り刻まれた敵兵から噴き出す血を避けることもせず全身で受け止めながら、リタは踊るように屠っていく。

悲鳴と怒声が入り雑じった戦陣は、文字通り死地へと姿を変えていた。


「剣技も何もありません。ただ出鱈目に剣を振り回している化け物です、あれは」


それでもきっと__。


ユラは自分が口に出していることを知っているのか知らないのか、恐れと驚嘆を含ませて呟く。



それでもきっと、私は勝てない。



烈々たる一撃の風圧で、長い藍色の髪がふわりと広がる。伏せられる同じ色をした瞳、赤い唇から微かな吐息が漏れる。


その嵐の如き剣戟が止んだ時、彼女の周りで立っている者は誰一人として、いなかった。


とん、と大剣が地を打った。ふわりと降り立つ彼女は、あまりにも静かで。

広がる血の海、その中に転がる肉片は最早人間と呼べるものではない。


寸刻の静寂。

悲鳴も呻きも聞こえない。



その圧倒的な剣戟をヤクが目にしたのは、これが初めてのことだった。

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