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episode.02


アルヴァール歴421年。


かつて小国であったアルヴァール王国は、大陸随一の大国へと昇華を遂げていた。

英雄王アルヴァール三世率いる騎兵隊が、かつて栄華を誇った大国ラ・ルシューラを打ち破るという前代未聞の事態を成し遂げたのち、瞬く間に、ゴラシャ公国、ガルディア、四ツ国と近隣諸国を次々と征服していったのは、1世紀程前___まだ極めて最近の事である。


その華々しい活躍をしたアルヴァールの騎兵隊は、伝説としてその名を轟かせた。アルヴァールを支える九柱、と数多の吟遊詩人に唄われた英雄王直轄の名だたる騎士達が引退し、浮世から姿を消しても尚、である。


アルヴァール騎士団には、九つの柱のその名の通り、九人の騎士がいた。

それは今も昔も変わらない。

変わらず、国を守り、王を守り続けている。王と、それを囲む九つの柱。それだけが形式的に残り、その柱の名の通りアルヴァールを支えているのだ。まるで役者が変わっても演じ継がれてゆく舞台のように。


ヤクは騎士に任命されてからまだ半年ほどの、言うなれば新参者だ。更にまだ齢23という若さである。

しかし、彼はその騎士の名に恥じぬ成果を順調に上げていた。華々しいとまではいかないものの、その他の騎士にも劣らぬ成果である。

戦功を上げる機会が多い、ということも理由のひとつにあるのだろう。

長い冬が終わり、国境を脅かす敵が増えたのだ。先の戦もそのひとつだった。


とは言っても、九つの柱に支えられたアルヴァールを揺るがす程のものではなかったが。




***




夢を見ることがある。


意識ははっきりとしているはずなのに、視界をちらつく影は、きっと白昼夢と呼ばれるものだろう。あるいは、血の匂いに酔って、気が狂ってしまったのか。


気が狂ってしまえたのなら、どんなに楽だろうと思う。何もかもがわからない状態になるか、また、ただ生きることだけを考えて剣を振るい人を殺めるだけの絡繰となるか。


「一体どういうことだ!!」

「どうもこうもねぇよ。てめぇらの国はもう終わりだってこった!」


血塗れの口がよく回る。

鈍い殴打音が響く。勢い余って床に倒れ込む男。飛び散った血が床に細かな斑点模様を描く。


「こいつもよくやるわよねえ。ただの一般兵が、何かを知ってるわけがないのに」


隣で一人の少女が溜息を付いた。


王都の真ん中、聳え立つ城の深く暗い地下室。灯るランプの灯りだけが唯一の光点だ。目の前には縛り上げられた男がひとり。腕を後ろに回され、脚も縛られて跪かされている。

先の戦で捕らえた敵兵だった。


散々に殴られ、もう顔は血塗れだ。恐らく歯も何本か欠けているのだろう。髪もほつれているのも相まって、凄まじい形相に見える。終いには何が面白いのか、男はけたけたと笑い出した。

それに憤った監吏が、笑い続ける男を蹴りつける。


「お前達の国があれほどの武器を揃えられる筈がない!どこだ!どこと手を組んだ!」


殴打音が響く。

何度も。

何度も。


「もういい。捨て置きなさい」

「ですが、リタ様」

「だってアナタ、これ以上やると捕虜が死ぬわよ」


少女__リタの凛とした冷たい声に監吏がぐ、と詰まった。現に捕虜は血だらけである。何度も殴られ蹴られ、最早息があるのかもわからなかった。


リタが何を思ったか、捕虜の方へと歩き出す。

監吏はすぐさま半歩下がり、背筋を伸ばした。ランプの火が揺れ、伸びた影がゆらゆらと揺れる。


仄暗い部屋、血で斑に染まった床、打ち据えられ傷だらけで瀕死の男。

その景色に迷うことなく足を踏み入れた彼女は、余りにも場違いのように見えた。


リタが捕虜の方へとかがみ込み、声をかける。藍色の髪がさらりと重力に従って落ちた。


「ねえアナタ」


捕虜は答えない。それでも生きてはいるのか、爛々とした目でリタを睨みつけた。それに構わず、リタは首を少し傾げて言った。


「アナタは、何の為に人を殺すの?」


戯言にも似た問いに、捕虜はすぐには答えなかった。だが、ややあって溜息ともつかぬ声を漏らした。


「てめえみたいな甘ったれたガキを地獄に叩き落とすためだよ、このアマ!」


男が罵声を言い終わらぬうちに、どん、という音が地下室に響いた。リタが己の剣で男の首を刎ねたのだ。


血飛沫が壁に飛ぶ。ころころと転がった頭を見て、溜息を付いた。

どこか既視感がある光景だ。尤も、首と胴体が剥離する光景など、ありふれたものではあるのだが。


「殺さないんじゃなかったのか」

「殺してないわよ。こいつが勝手に死んだの」


鼻を鳴らして少女はそっぽを向く。

横暴だ。だがこのリタという女は、その言い分を突き通すらしい。

きっと1世紀前ならば、偉大なる騎士様が、騎士道とは何たるかを語って下さるのだろう。だが今は騎士道なんて言葉を口に出そうものなら、鼻で笑われる世の中だ。


「知ってるでしょ。私、子供(ガキ)扱いされるのが死ぬほど嫌いなの」


実際ガキじゃねえか、という言葉はすんでのところで飲み込んだ。


この女、リタ=ゲルハルトは、見た目は可憐な少女である。

長い藍色の髪に、髪と同じ色をした切れ長の目。外見年齢15.6と言ったところか。

歳を聞くようなみすみす生命を危険に晒すような真似はしていないため、実年齢は知る由もないが、きっと見た目の通りなのだろう。

それなのに騎士の任に着いてから5年は経っていると言うのだから、この世何があるかわからない。


こんな小柄な体躯で三尺の剣を軽々と扱い、前線で彼女よりはるかに大きな敵を屠ってゆく様子は、まるで目を疑うような光景だ。

どれだけの敵兵に、悪夢を見たかのような恐怖を植え付けたことだろう。己を含めて九人いる騎士の中でも、一二を争うタチの悪さだと、そう聞いたことがある。


リタがぶん、と剣を振って血を払った。

転がった哀れな頭はそのままで、最早見向きさえされない。


「他の捕虜も連れてくるか?」

「もういいわよ。捕まえたのは全部下っ端でしょ、ハズレよハズレ」

「アルヴァールはもう終わりだそうだが」

「それこそアルヴァールを滅ぼすような計画があったとして、こーんな下っ端が知ってるわけないじゃない」


その言葉に肩を竦める。どの道、それを知って困るのはヤクではなかった。ヤクはただ、目の前の敵をただただ屠ることだけを考えていればいい。


そう、___絡繰のように。


そこまで考えてふと、これでは、自分はもう既に気が狂っているようではないか、と思った。


例えもう既に気が狂っていたとしても、しかし地獄は地獄のままで、あるものは何も変わらない。


きっと、狂っているのはこの世界で、でもきっと、それが分からないほどに誰もが狂っていた。


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