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episode.01



ぱち、と火の粉が跳ねる。黒く焦げた木の柱が傾いでいるのが見える。


見渡す限りが火の海だ。月さえも出ていない闇の中で、揺れる炎だけが辺りをぼんやりと照らし出している。

終焉という言葉をそのまま表したかのような情景。退廃的で、それでいて酷く美しい炎が、揺れる。


この景色を、()()()()()


ぱち、と再び音がして、火の粉がまるで星のように闇に散った。

さながら絵画のような色合いのその風景は、ぞっとするほど美しい。


この景色を見るのは、一体何回目だろう。もう数えるのをやめてしまうくらい、その記憶は目に焼き付いたまま、何度でも繰り返される。


暫しぼんやりと揺れる炎を眺めていれば、まるで水面に引き寄せられる泡のように、ゆっくりと拡大されていく視界。


鮮明になる炎と熱。


世界の何もかもが焦げゆく匂い。


火が爆ぜる音。


見たくない。この後の景色を、自分は知っている。結末を、知っている。


炎に照らされて浮かび上がるのは、ひとりの少年だ。無気力に垂れ下がった手には、炎を反射して鈍く光る剣がある。炎の色か、はたまた刃先に流れる液体の色か、剣は赤に包まれた世界でも、鮮やかな色をただその身に宿していた。


何度刃先から雫が地へと零れ落ちても、少年は微動だにしない。

表情の抜け落ちた顔に落ちた陰が、炎が揺れるのに従ってゆらゆらと揺れた。


黒と白と赤で構成された世界。まるで時の流れから切り離されたように、鮮やかなまま在り続ける光景。


まだ、己の心はこの美しく醜い呪縛から逃れられないでいる。





***





空を切る音がした。


身体を捻って剣先を躱し、土を踵で踏みしめて手に持つ剣を一閃する。

確かな手応えと共に、呻き声がして目の前の男が地に倒れ伏した。薄汚れた茶色の土と砂の上に、鮮やかな赤が舞う。1拍遅れて鼻梁に届く濃厚な血の匂い。

吸い込むとくらりと酩酊感のするその匂いは、たった今死体へと姿を変えた目の前の男のものだけではなかった。


視界を上げればすぐ目に入る、死体の散らばる野原。まるで地獄のような光景だ。


剣戟の音と、叫び声や呻き声、馬の嘶く音。

すべてが混ざりあい、溶けあって、妙に現実感の無い死線を創り出す。


「よう、ヤク。なかなかいい働きしてるじゃねえか」

「…ガウラ隊長」


声を掛けられて振り返ると、六尺程もある大剣を担いだ老年の男___ガウラが片手で馬を操りながら、こっちに近づいてくるところだった。

鈍い鉛色をした鎧と、同じ色の毛並みをした馬は、どちらも赤黒い汚れを派手に被っている。その大剣も例外ではなく、刃先からひっきりなしに水滴を落としていた。


「…何の用ですか」

「おいおい、連れねえなあ。用がなかったら話しかけちゃ駄目なのかよ」


からからと陽気に笑うガウラに、眉を寄せる。


「ここは戦場です。…あんたは用もないのに話しかけるような人じゃない」


そう言いながら、剣を構えた。

ガウラの右後方から、馬蹄の音が響いていた。ちらりと視線だけ向けると、さも好機であるとでもいうように刃を煌めかせ、馬を止めて背を向けたガウラに向かって突撃してくる騎兵の姿。


敵が迫っていることを知っているのか知らないのか、ガウラは敵を見さえしないでいる。敵兵の武器は槍だ。鋭い穂先が無防備なガウラの背中を狙っていた。


それを弾こうにも、自身の持つ剣では、少しばかり長さが足りない。


別に守る義理はなかった。敵味方入り乱れる戦場において、騎馬を止めるのは馬鹿のすることだ。それを自らやったというのだから、誰に殺されようとヤクの知るところではない。


(まあ、でも)


でも、目の前で死なれるのは目覚めが悪い。

今更馬に乗っていないことを悔やんだ。小さく舌打ちをすると、素早くベルトに挟んであった投擲用ナイフを抜く。

槍の穂先がガウラに届くまであと数メートルと言ったところ。


ナイフを手の中で滑らせる。間に合うか。


いや、間に合わせる。


ヤクの投げたナイフが真っ直ぐに飛んで丁度心臓を貫くのと同時に、何気なく一閃されたガウラの大剣が敵の首を斬り飛ばした。

宙を飛ぶ首が、華やかに赤を撒き散らす。頭を失くした身体は、ふらふらと揺れた後、遂に平衡を取れずに落馬した。広がる血液と、鉄の匂い。吐き気がしそうだ。


「おお、投擲も上手くなったな、ヤク」

「……気づいてたなら言えよ。性格悪ィ」


馬鹿は馬鹿でも実力のある馬鹿だった。

それはそうだろう、この軍の総隊長が後ろから不意をつかれて死んだなんて、御笑い種にしかならぬ。


顰め面をして、刺さったままのナイフを倒れた死体の胸から抜き取った。ごぽりと濁った音がして、溢れ出る血。拍動する心臓から送り出され、ただ身体を生かし続けていたこの赤は、その目的を失った今となっては、徐に黒く濁りゆくように見える。


ガウラが口を開く。


「………半刻程前、ジェイルが敵大将を討ち取った。もう俺たちの出る幕はねえ」


ナイフを握った右手が微かに湿っている気がして視線をやると、柄に血が付いていたのだろう、掌が赤く染まっていた。

舌打ちをして、乱暴に鞘へと戻す。

きっとガウラに斬り飛ばされた頭が撒き散らしたものだ。


「…そんなこと言われても、俺馬ねえからすぐに退却は無理ですよ」


敵味方入り乱れる戦闘のさなか、流れ矢に当たって乗っていた馬を失ったのは、つい先程のことだった。本来ならすぐさま東に向かうはずだったのだが、徒歩で、しかも軽めとは言え鎧を着ているためそうはいかない。仕方なく敵を倒しながら東へと歩みを進めていたところ、ガウラに声を掛けられたという次第だ。


周りを見回すと、敵の数も大分少なくなっていた。これなら歩いてでも本陣に帰れそうである。そこまで瞬時に考えれば、ガウラが呆れたような声を上げた。


「馬鹿かてめぇは。何のために俺が今、騎兵を釣ったと思ってる」


ガウラの手袋に包まれた指が、騎手を失って嘶いている馬を指した。先程倒した兵が乗っていた馬だ。乗せていた主は、物言わぬ骸となって足元に転がっている。


「…………白毛は好きじゃない」

「我儘言うな。ほれ」


いつの間にか捕まえていた手綱をガウラが放るように渡してきた。危なげなく受け止めると、何も言わずヤクは手綱を引っ張った。

白い馬は、蹄で地面を掻くと数歩歩んでヤクに身体の横面を見せる。本陣まで駆けるのには申し分なさそうだ。幸いなことに、鞍も一式揃っている。


剣を振って血を払うと、鞘へと収めた。手綱を握りしめ、馬上へひらりと飛び乗る。

ちらりと目線だけでガウラを伺い見ると、彼はもう既に馬首を巡らしていた。

光を反射して大剣がぎらりと光る。


「俺は行くぞ、ヤク。左翼のリタやカルメアにも伝えて回らなきゃいけないんでな」

「……じゃあ俺は敗残兵を狩りつつ本陣に戻ります」


ガウラが駆けていくのを見送りつつ、鐙を蹴ってヤクも走り出す。

向かうは南へ。春を迎えて何度目かの、勝ち戦だった。





はじめまして。

初投稿なので至らないところあるかと思います。感想や指摘、指導などいただけましたら幸いです。

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