第9話:シダでドームの外壁を作ってみる
地獄の門前で、女神像がビカビカと眼光を輝かせている。
それは死者である俺をしかと捉えて、離さなかった。
『サバイバルが上手く行きかける度に、必ず死亡ルートを見出しますね』
「脅かすのは勘弁して下さい、愛女神レム様」
『もうちょっと、シャバの空気を長く吸っていたいと思わないのですか?』
俺は肩を竦めながら言葉を続ける。
「俺にとっては酸素を吸う事すらバッドエンド直行です」
『嫌気呼吸生物ですか貴方は……』
女神像が額に手のひらを当てながら呻く。
やがて諦めたような仕草で手を掲げると、そこに光が集中していく。
『まぁ良いでしょう。これより貴方を復活させます』
「ははっ。ありがたき幸せ」
『ノーマルエンドを目指して、頑張ってくださいね』
うーむ。
俺にとっては「死ぬのがノーマル」なんだけどなぁ。
***
もう何度目の復活だろうか。
そろそろ胡蝶の夢みたいに、どこが地獄か現実かわからなくなりそうだ。
「さて、前回はどうして死んだんだっけかな」
俺は霞む目を指先で擦って、視野を明るくさせる。
ふむ。指先にくっきりと歯型が付いているな。
「ああ、そうそう。リアに噛まれて死んだんだ」
傷口を消毒するつもりで噛んでしまい、そのまま死なれるとはトラウマ物だな。
もうボーイ・ミーツ・ガール的ありがちなロマンスは、期待できんかもしれん。
「それもスペランカー体質の運命か。てかリアはどこに行ったんだ?」
完全な独り言になっている俺の口を閉じて、周囲を見渡す。
しかし組みかけた小屋の骨組みと、散らばる細かい資材の他しか見当たらない。
狼の姿をしているはずのリアが、どこにも居なかった。
「うーん。まぁ無人島から出られる事も無いし、その辺をブラついてるんだろう」
俺はそう結論づけて、小屋造りの作業を続ける事にした。
骨組みは概ね完成したから、今は外装となるシダ集めだ。
しかし、せっかく作った石斧では、上手くシダを刈り取れそうに無い。
「よし。じゃあ草刈り用の刃物を作ろう」
もともと石斧は木材の加工に作った物だ。草刈りの適材適所とは言えない。
では草刈りの道具と言えば、もちろん答えは決まっている。
「草刈鎌……と言いたい所だが、そんな難しい物を作れんわな」
半円の外側に刃を作るなら、何となく角度や加減も分かる。
でも内側となれば、とても滑らかな形には整えられそうに無い。
「だから手持ちサイズのナイフにしよう」
俺は石斧を作る時に用いた丸石で、手のひら大の石をナイフ状に叩き削る。
もし「指を挟めば即死」だろうから、常に慎重に。
しかし「どうせ死んでも生き返る」から、時に大胆に。
「カツーン、カツーンと石を削る音が鳴る度、生きる喜びを実感しているなぁ」
この音が鳴り止むその瞬間とは、ナイフが完成しているか。
あるいは……俺が死んでいるかだ。
そうか。刀剣に命を吹き込むとは、こういう意味だったのか!
「俺の命を吸ったナイフ、完成だっ」
石の小刀を空に掲げつつ、俺はそう叫んだ。
妖しい魔剣でも作り上げたかのような気分だ、ふふふっ。
「まぁ俺の命を吸った所で、シダを刈り取る程度にしか使えないけどな」
ナイフをシダの茎に当てて、ザクザクと切っていく。
うん、まぁ切れる。問題無し。普通だな。俺の命のパワー、普通だわ。
「後はコレを束にまとめて、小屋のフレームに重ねていけば……」
バサッと半球状の骨組みを、集めたシダで覆う。
すると、雪国のかまくらを植物で作ったかのような、緑のドームができた。
うむ、完成だ!
「よぉし、これが俺の手作りドーム小屋、エコロッジくんだ!」
化学物質や合成品による建材を一切使っていない、自然そのものの住居。
まさに未来志向のエコロジー住宅である。やった!
でもよく考えたら、自然を破壊しまくって集めた資材で作る住居だよなコレ。
チェーンソーで木をブチ倒して「わぁい、とってもエコだね!」ってか。
「エコロッジくん……自然に優しそうな名前なのに、業が深いぜ」
名前に似合わず、野生の掟を感じる小屋だな。うむ。
ともあれ、ようやく完成したのだ。さっそく中でゴロ寝でもしよう。
スペランカー体質の俺は、もう過労で脈拍が途絶え気味だ。
「……あれ? どっから入れば良いんだ、これ」
骨組みを作る。
シダで覆う。
ドーム状の外壁ができる。
「あぁっ!? 入り口を作るの、忘れてたぁ!」
かまくらだって、ポッカリと穴が空いているもんじゃないか。
全部をシダで覆ったら、そりゃ入れないっ。
「夢中になると気付かないもんだな。やるな、エコロッジくん」
顎に伝う汗を手の甲で拭い、エコロッジくんの狡猾な罠に感心する。
だがエコロッジくんが如何に歯向かおうと、所詮は俺の創造物でしか無い。
つまり、脆い。
「その土手っ腹に綺麗な穴を開けてやるぜ」
俺は石斧を目の高さで水平に構えると、それを全力で横に振り抜いた。
ズシャシャシャと、シダの外装を数十センチほどの幅で切り裂く。
バサッと邪魔なシダが落ちて、腰を屈めれば通れるだけの入り口が出来た。
「ふっふっふ。これぞ秘奥義・シダ流れ。決まったようじゃのぅ」
俺は石斧を地面に置いて、ゆったりとした身体の運びで中に入る。
もはやエコロッジくんには、俺を押し止める力など残っていないのだ。
「おぉ、実に涼しい。シダの匂いでストレスも解消っ。思ったよりずっと良いな」
ウキウキとした気分で部屋を這う。
天井の高さが少し低いけど、腰を屈めれば良い感じに動けるぞ。
「なぁんだ、やればできるじゃないか俺っ。わっはっは!」
バサササササササッ!!
俺の笑い声と一緒のタイミングで、シダが一斉に落ちてきた。
ぐわぁぁ! 謀ったな、シダァァァ!
「お前は自分を産んだ自然を殺し、お前を作った俺を……神までも殺すというのかっ」
エコロッジくん……恐るべし。
ちーん。
死因:入り口の開口で骨組みまで切断してしまい、シダの束が落ちてきて死亡。
来世に続く!
読んでくださり、ありがとうございましたっ。
次回の更新は、明日の昼11時を予定しています。