第8話:木のフレームを作ろう
死んだ、また死んだ。
しかもチェーンソーでバラバラにされてしまう死に方、なんて酷い!
『いえ、貴方は残虐行為手当を貰えそうな死因ではありません』
「と、言いますと?」
黄泉の国の門前で、愛女神レムの神像が俺に話し掛ける。
『貴方はチェーンソーでバラバラになる妄想を抱いてしまい、その恐怖で死にました』
「えー」
『大体、もしそんな死に方をすれば、貴方が守ろうとしたリアも無事では済みません』
ふむ。
という事は、リアは無事なんだな。
「良かった、不幸中の幸いですよ。誰も傷ついた人は居なかったんですね」
『死んだ人は、私の目の前に居ますけど』
「そりゃ傷つかなくても死んじゃいますから」
はぁー、とため息を吐いてしまう女神像。
その慈愛に満ちた両手から復活の光球が溢れ出した。
『しかし命を賭して他者を守ろうとする心は、見事です。次の生でも頑張りなさい』
***
うつ伏せのまま目が覚めた俺の下には、白狼の姿をしたリアが縮こまっていた。
「うわ、ごめん」
「いえっ! その、私の方こそすみません」
慌てて転がり離れるも、リアは両腕を仰向けの胸の前で折り畳んだままだ。
緊張して身体が固まってしまったんだろうか。
まるで腹を見せた降伏のポーズだよ。
「降伏と言いますか、幸福と言いますか……」
照れたようにリアが言う。
「誰かに守ってもらえるって、か弱くなったみたいで嬉しいですねぇ」
「そうか。まぁ俺はむしろ、ひ弱いんだけどな」
誰も聞いていない事で自虐しても仕方ない。
俺はリアを起こしてやると、俺を死に追いやった道具の様子を見る。
少し離れた地面で、あの踊るチェーンソーは静かになっていた。
「危ないので、力を消しておきました。もう普通のチェーンソーですよ」
「ほほぅ。なら安全に使えそうだな」
「え? でも力を消したんですから、動作もしませんよ」
あ、そうか。じゃあどの道、使い物にならないな。
とはいえ木は切り倒せたのだ。これを小屋の支柱に使えば良い。
「枝払いとかは、どうします?」
「んー、そうだな。取り敢えず、サバイバルガイドを見よう」
天使たちの用いる天使文字で書かれたサバイバルガイド。
リアにも俺にも読めないが、挿絵ならば何となく理解できる。
その絵では、木を石の斧で切り倒していた。
「なるほど、石斧を作れば良いのか」
石斧の作り方も、見れば分かりやすく描かれていた。
まず持ちやすいこぶし大の丸い石と、斧の形に近い石の二つを用意する。
「私が探してきますね」
広場から飛び出たリアが、あっという間に戻ってくる。
「近くに川原がありましたぁ。そこから持ってきましたよ」
「よしよし。じゃあこの丸石で、斧の石をひたすら叩いて削る」
ガンガン、キンキン、ガッガッと叩いて形を整えていく。
斧の角がどんどん鋭くなり、扇型の刃物っぽくなる。
流石に砥ぎまではできないけども、これなら充分に役立つだろう。
「斧の柄は、さっき集めた枝を使おう。それと石を蔦で結べば……」
「あ、斧になりましたねぇ」
「うん、いい感じだ」
ブンブンと振っても、石が外れたりしない。
「スッポ抜けでもしたら、一巻の終わりだからな。チェックは厳しくしないと」
「飛んできたら危ないですもんね」
「え? 重かった物が急に軽くなると、変な力の抜け方するだろ」
重い物としか構えている肩が、スコンっと外れそうになる感覚。
「多分、魂が抜けかけているんだと思うんわ」
「ええっと、その、単に力が抜けちゃっただけかと」
俺は蔦の結び方を念入りに調べて、確実だと判断する。
よし、じゃあ支柱となる木の加工をするか。
「まず枝を石斧で払って、邪魔物の無い一本の丸い木材にする」
「枝が無くなるだけで、随分とまっすぐになるんですね」
それを最初に掘った穴へと突っ込んで、しっかり固定すれば……。
「ほい。小屋の支柱の出来上がりだ」
「わわっ。これが大黒柱ですかぁ」
腕の太さ程しかない、頼りない大黒柱だけどな。
でも、これが俺の小屋にとって、なにより重要な一本になるんだ。
「この支柱の円周上に、充分な広さをとって小さな杭を打ち込む」
「ほぅほぅ」
「これが周りの壁の基礎になるから、部屋の広さに直結するぞ」
「じゃあ、もっともっと広くすれば大豪邸になりますね」
パタパタと尻尾を振りながら、リアが無邪気に言う。
うん、それを俺みたいな素人に作れるとは思わないで欲しいな。
「その杭と支柱の頭の辺りを、良くしなる細長い枝と蔦で結ぶと……」
弓の弧状になったフレームのできあがりだ。
これに布を被せるだけでも、ちょっとしたテントになるだろう。
「半円状のドームになるんですねぇ」
「そうそう。中でゴロ寝するには充分な広さだ」
「でも、布なんてありませんよ?」
そこで、またもや石斧の出番である。
人の背丈よりも育ったシダを、この石斧で刈り取るのだ。
「そしてシダを集めてフレームに被せれば、布が無くても壁になるだろ」
「なるほどぉ。これを挿絵から思いつくなんて、タクヤさん、凄いっ」
「はっはっはっは。もっと褒めて良いんだぞ」
「凄いですっ。タクヤさん、本当に頼りになりますっ」
そろそろ褒め殺しになっちゃうぞ。
いや心から言ってくれてるんだけど、嬉しくて興奮した俺が死んじゃうから。
「さてシダを刈るぞ……って、なんだこれ全然切れないな」
シダの群生に斧を振るっても、まるでスカスカと手応えなくシダが逃げていく。
うーん、切れ味が悪いのか? 支柱の枝払いで結構振るったからなぁ。
「シダを握って、根本から切ったらどうですか?」
「そうしてるんだけど、くそっ、シダの芯が意外と固くて」
だぁ! 駄目だ、ちっとも切れんっ。どうなってるんだ、この石斧っ。
「刃先がもう駄目なのか、どこか欠けてるのか」
俺は指を斧の刃に当てて、ついっと擦ってみる。
んー。少し丸くなってる気もするけど、全く切れない訳じゃなさそうだ。
「え? どうしてそんなの分かるんですか?」
「そりゃ分かるだろう」
だって指先の皮が浅く切れて、血も滲んでるし。
「き、切っちゃったんですか指を!?」
「あっ」
死ぬかも。
遠くなりそうな意識の向こうで、リアが俺の指を咥えた。
「死ぬのは待って下さいっ、今、私が血を吸ってあげますからっ」
うぉぉ! 女の子に怪我した指を咥えて貰うっ! 完璧なシチュエーション!
でも今のリアは、どう見ても完全無欠の狼である。
狼の顎は犬に近く、頬が薄いから吸いこむのは非常に不向きである。
すぐにも死にそうな俺を見て、彼女はその事実に気付いていなかったのだろう。
「あれっ? 上手く吸えないよ。あれっ? あれっ!?」
「待て待て待て嫌な予感。せめて吸うんじゃなくて舐め」
ガリッ。
「あっ」
ちーん。
死因:止血するべく咥えた指を、誤って噛んでしまって死亡。
来世に続く!
読んでくださり、ありがとうございましたっ。
次回の更新は、明日の昼11時を予定しております。