第7話:支柱になる木を切ろう
頭を振りつつ、俺は目を覚ます。
空はどんよりと茶色く曇って、周囲からは亡者の呻き声。
「ああ、俺はまた死んでしまったのか」
『そろそろ二桁くらい死んだんじゃないですか?』
もう呆れ果てた様子の女神像が、俺の前で仁王立ちしている。
それじゃあ単なる仁王像じゃないか、という気がしないでもない。
『まだ八回くらいしか死んでいない? そうですか。数分後には二桁ですね』
「あ、もしかして、ものすごく怒ってらっしゃいます?」
『いいえ、ちっとも』
言いながら、女神様の像から白いオーラが吹き上がる。
『貴方は無人島から生還する事で、問答無用の地獄行きを回避する約束です』
「あとスペランカー体質も治して頂けるとか。いやー、ありがたい」
女神様は俺の言葉を遮って、話を続けた。
『このままだと目標達成までには、宇宙の寿命が七回終わるでしょう』
「そんな……宇宙が終わったら生きていけません」
俺は深く絶望する。
「あと最低でも七回は死ぬって事ですか!?」
『論理的に正しいのに、ちっとも納得できませんね』
声だけで疲れていると分かる気配を出しつつ、女神像は光球を生む。
どうやら、また復活の奇蹟で俺を蘇らせてくださるようだ。
『弱き貴方を助けましょう。私は愛女神レム。忍耐をもって助けましょう』
「さっすが愛レム様。その優しさは、七大地獄に響き渡ってますよ」
『もしかして喧嘩を売られているのでしょうか、私は』
女神像の冷静過ぎて恐ろしさすら感じる言葉を耳にしながら、俺は光球に包まれた。
***
「あ、目が覚めましたか、タクヤさん」
女の子の声が耳元でする。
顔だけ横に向けると、そこには白い狼の鼻先があった。
フンフンと息をされる度に、獣独特の生暖かい野生の風が頬に当たる。
「おぅ。リアちゃんか? まだ狼の姿をしたままなんだな」
「えっと……人間の姿をしちゃうと、稀に魅了が掛かってしまいますから」
そういえば、そうだった。
白狼は俺を守るように、伏せの姿勢で添い寝をしてくれていたようだ。
「それに人の姿で男の方と添い寝なんて、女神様は絶対に許されませんよ」
貞操観念が強いのか何なのか。
ともあれ、俺は体を起こして周囲を見回す。
空の日は少しも陰っていないから、死んでそんなに時間は経っていないな。
散らばった資材と、支柱用に掘った穴もそのままだ。
肝心の支柱に使う太い幹を、さてどう用意したものか。
「運良く倒木がある、なんて難しいわな」
「じゃあ木を切り倒しますか?」
ピョコンと耳を垂直に立てて、俺の膝に顎を寄せてくる。
妙に懐っこいのは、狼に変化した影響だろうか。むしろ犬っぽいな。
「簡単に言うけど、斧もチェーンソーも無いんだぞ」
「大丈夫ですよ。私は愛女神レム様の化身、ちょっとした奇蹟なら起こせます」
そう言って、白狼は低い唸り声と共に目を細めて集中する。
ヤバい、獣のシリアス顔って怖い。怖くて死にそうだ。
致命的な意味で高鳴る胸の鼓動を抑えつつ、白狼の様子を見続ける。
「えいっ! 出て来なさい、マイ・ちぇんソー君」
『俺様、神様、まい・ちぇぇぇぇぇぇぇんそー!』
リアの召喚に応じて、なにやらグネグネと踊るチェーンソーが現れた。
ブィンブィンと激しいエンジン音を立てて、刃先を縦横無尽に振るっている。
見た瞬間に、俺は悟った。
「あ、これ俺が関係しちゃ駄目な奴だわ」
「このマイ・ちぇんソー君を使えば、どんな大木もバラバラになりますよ」
「見えない、聞こえない、口にもしない。どうせ使ったら俺がバラバラになる」
『ちぇぇぇぇぇん! ちぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!』
うるせぇ。
「そもそも、こんなキテレツ・アイテムを出していいのか?」
「女神様から『極々たまになら奇蹟を使っても良い』と許可を頂きました」
ああ、なるほど。
でないと宇宙開闢が七回必要になるらしいからな、俺が生還するまで。
とはいえ既に『赤い液体』だの『女神の化身』だと、散々助けて貰ってるが。
もしかして、女神様ってものすごく優しいのかな。
「あと『奇蹟を使っても、どうせ死ぬ』と仰られてましたが……大丈夫ですよね?」
「おっと。女神様の病んだ一面を感じてしまうコメントをありがとう」
「うぅ。大いなる愛を持たれる方なので、そういう愛の在り方も肯定なされます」
愛の深遠なる所在はさておき。
『ちぇぇぇぇぇぇぇぇん!』
「本当にうるさいな、こいつ。わかったわかった、使ってやるから」
「マイ・ちぇんソー君は連続無事故の達成記録千日がウリなんです」
それ千日間、使われなかっただけじゃねぇの?
俺をマイ・てぃんソーを握ると、手頃な太さの幹に振りかぶった。
「よいしょー」
『ちぇんちぇんちぇん……ちぇぇぇぇぇぇぇぇん!』
「うるさいわぁ! けど、めっちゃ切れるなコレっ」
刃先が触れた瞬間には、もう幹の中腹にまでチェーンソーがめり込んでいる。
でも切り込みの中で、蛇の如くソーがグネグネとのたうつ様は圧倒的恐怖だ。
たまに幹の外にはみ出たり、かと思えば幹に鞭のように絡みつく。
「こ、こ、これ、本当に大丈夫かよ」
「だって千日もの連続無事故を達成ですよ? 安心して頑張って下さい」
「記録を誇るんじゃなく、無事故を達成する運用についての自信を教えてくれっ」
『ちぇぇぇぇぇぇぇぇん!』
俺が叫んでいる間に、遂に刃が幹を横断した。
バキバキバキと凄まじい音を立てて、腕の太さ程もある木が倒れていく。
白狼の姿で応援している、リアに目掛けて。
「……あれれ?」
「あぶねぇ! リアっ!」
俺はチェンソーを投げ捨てて、リアへと飛びつく。
その横をかすめるように、木の幹がバウンドしながら何度も転がった。
そうか。一気に木を横断してしまうと、どこに倒れるか分からないんだな。
もっと切断の仕方を考えて、木の倒し方をコントロールするべきだった。
「すまん。大丈夫か、リア?」
「えぇっと、その、タクヤさん」
「俺が浅はかだった。危ない目に遭わせてしまって」
リアが俺の背後を鼻先で示す。
その瞬間、俺は肩越しに『ちぇぇぇぇぇぇぇぇん!』という叫びを聞いたのだった。
「荒ぶるマイ・ちぇんソー君を離すと、危ないですよ?」
ちーん。
死因:制御を失ったチェーンソーの無事故記録、千日で終了。
来世に続く!
読んでくださり、ありがとうございましたっ。
次の話の更新予定は、明日の朝七時頃になります。