第6話:住居の資材を集めよう
「すみません、無人島で久しぶりに人出会えて興奮しました」
『久しぶりも何も……貴方の体内時間だと、無人島に来て一時間も過ぎてませんが』
あの世にて、愛女神レム様の前で俺は説教を受けていた。
もちろん、正座である。
『なぜ叱られているか分かっていますね、スペ体質のタクヤよ』
「愚かな私は、レム様の化身である少女リアに襲い掛かり、そのまま死にました」
意味が分かるような分からんような、絶妙な文脈である。
『まったく……あの子にも落ち度はありますが、次は自分を律して下さいよ』
はて? あの子に落ち度なんかあったかな。
俺はその事を女神レムに質問してみた。
『あの子は愛女神の化身。相手を容易く魅了してしまうのです』
「そういう事でしたか。でも、俺はもう大丈夫です。二度と同じ過ちは犯しません」
なんせ興奮すると死にますから。
『その心がけは、よろしい。では無人島に行きなさい、タクヤよ』
***
「タクヤさん? タクヤさんっ」
誰かが泣いている。
目を開けると、俺の胸に顔を押し付けてリアが泣いていた。
「リア、その、もう大丈夫だから」
「タクヤさん! 良かった、死んじゃったかと思って、私はどうすれば良いか……」
「うん、死んでた。あと、あまり胸を圧迫されるとまた死んじゃう」
「ご、ご、ごめんなさい!」
リアが胸から飛び退るように離れる。
俺は俺で、彼女に謝らないといけないだろう。
「リア、ごめんな。いきなり襲いかかって」
「いえ、そんな。私が人の姿を取れば魅了しちゃう、ってレム様から教わってたのに」
それも俺が「小さな姿じゃ無理だ」と、ある意味で挑発したからだ。
うむ、反省した。死をもって反省した。
「じゃあお互い様って事さ。気を切り替えよう」
「あ、そうですね。私、タクヤさんが死んじゃったらどうしようかってばっかり心配で」
「慣れてくれ。幾らでも死ぬから」
微笑みかけたリアの唇が、少しだけ引き攣った。うん、慣れてくれ。
さて、サバイバル技術のイロハなんて一つも知らない俺だ。
リアは、そのアドバイスをするレム様の化身らしい。
「これから何をするべきか、って大雑把な質問でもいいのか?」
「アドバイスの方法は私に一任されています。なので、いいですよ」
リアは左手を前に出すと、その上に光球を生み出す。
光が収まると、一冊の本があった。
「サバイバル技術は、ここに全て書いてあります」
「おお、心強い」
差し出された本を開くと、そこにはミミズが這ったような文字が山程書いてあった。
「天使文字と言います。日本語ではありません」
「むぅ。リアに翻訳して貰わないと駄目かぁ」
「あ、えっと……その……実は私にも読めません」
意味ないじゃないか!
「うぅ、ごめんなさい。もしかしたら、タクヤさんが読めるかと」
「希望的観測が雑すぎるよっ。まぁでも、挿し絵とかあるし、読んでみるか」
ガッカリするリアを見るのは偲びない。
俺は挿し絵の雰囲気で、何を伝えようとしているか判断する事にした。
序盤のページには『小屋で水と火を使う天使の絵』があった。
……神様の象徴である水と火を、さも当然と使ってるのはシュールだな。
「やっぱり、住居と水、火が大事なのか」
「人が生きる根源の技術ですからね。頑張って作ってください、タクヤさん」
「いや、無理だから飛ばす」
リアがポカーンとする。
説明すれば長いから、単刀直入に言おう。
「死んで覚える」
「だだだ、ダメです。レム様から怒られますよぅ」
リアが涙目で食い下がる。うぬぬ。
「分かった、分かったよ。じゃあ家から始めるか」
「ええっ!」
無人島の家、か。
島の中央に見える山なら洞窟もありそうだし、そこに住むか。
あるいは、掘っ立て小屋を作ってしまうのも手だろう。
「リア、率直に聞く。今の俺が山に行けると思う?」
「大丈夫です。すごくすごくすっごく頑張れば、絶対に大丈夫です」
小屋を作る案を採用だ。
暫く森を歩くと、広場のような場所に出た。ここをキャンプ地とする。
サバイバル・ガイドをパラパラと読んで、小屋の形を頭に入れる。
ふむ。木の枝や細い幹、蔓などで組んだり編んだりして作るんだな。
「まずは支柱を作るか。手頃な枝で穴を掘って、そこに支柱を差し込もう」
「大黒柱ですね。私も手伝いましょうか?」
「いや、力仕事を女の子にはさせられないよ。資材を集めてくれ」
「はいです。もっと難しい事を頼んでくださって良いんですよ?」
実に健気な事を言うリアへ、俺は幼子を諭すように話しかける。
「資材集めを俺がしたら、枝を一本拾う度に死んでしまうと思うんだ」
「は、はいです」
リアは、クルンと回転すると白い狼の姿になった。そのまま森深くへと走る。
ふむ。あの姿なら獣にも襲われまい。
「資材が揃うまでは穴掘りだな。どこかに手頃な棒きれは、と。これでいいか」
ザクザクと穴を掘る。肘まで入るくらいの深さで良いだろう。
穴のある目印として小枝を差し込んでおく。
「間違って穴に足を入れたら、そのまま死んでしまうからな」
二度も足を捻挫して死ぬとかご免である。
準備を終えた時、ちょうど白狼が駆け込んできた。リアである。
パタパタと尻尾を振りながら、口で咥えた資材を地面に並べていく。
「蔦と小枝です。ここに置いていきますね」
そう言って、また森へと消えていく。よく働く良い子だなぁ。
「でも支柱に使える太めの幹は、運べそうにないな。よし、俺が用意するか」
その為には、森に入らねばならない。
『ギャーーギャーーー』
『うぉぉーーーん』
『ギャース、ギャース』
タイミングよく、獣たちの荒々しい鳴き声が響き渡る。
うぅ。人が居ない島なら、危険な動物だって居なくて良いじゃないか……。
でも俺だって男だ。
全て女の子に任せるなんて、そんなの許せはしない。
ドクンドクンと心臓が早鐘を打つ。
「できる。俺だってできる! そうリアが言ってたじゃないか」
すごくすごくすっごく頑張れば、なんだってできる!
俺は、偉大なる一歩を踏み出すべく、喉を鳴らしつつ茂みを掻き分けた。
『ガサガサガサッ』
その茂みが、勝手に動いて俺の手を払った。
なんだ! 一体なんだというんだ!? 化け物か!?
とてつもない恐怖が俺を襲う。だが、もう挫けないぞ。
俺は思い切って、勝手に動く茂みの奥へと腕を突っ込んだ。
『アォオオオオオン!』
「ぎぃやぁあぁあああ!」
ちーん。
「って、なんだタクヤさんですか。いきなり口に腕を突っ込むから驚きました」
「……」
「これ、資材の草木ですよ。たくさん咥えて来ましたからね、タクヤさん?」
死因:動く茂みと狼の叫び声に驚いてショック死。
来世に続く!
読んでくださり、ありがとうございましたっ。
次の話の更新予定は、午後一時頃です。
(でも昼食が長引いたらズレるかも……)