第5話:無人島(*動物が居ないとは言っていない)
例によって、俺は死出の旅路を歩いている。
そう、俺はスペランカー体質の男。こんな日常こそが俺の在り方だ。
「というわけで、復活の呪文をお願いします。愛女神レム様」
『多くは語りません。とぉにかく『命を大事に』でお願いします!』
あ、やっぱり少し怒っておられる。
でも俺一人で無人島生活なんて、そんなの無理に決まってるじゃないか……。
「無理な事をやるんだから、少しくらい復活の呪文をオマケして下さいよ」
『ハァ……やる気は有るんですね』
「そりゃもう」
地獄の天空に座する女神像は、仕方ありませんと目を伏せて何かを願う。
『無人島に、貴方の助けとなるモノを用意しました。それと共に頑張りなさい』
「おおっ。流石は愛女神レム様! 愛レム様!」
感動する俺を光球が柔らかく包み込む。
よし、次こそは初日を生き抜いてみせるぞ!
それ以上は考えないでおこう、うん。下手の考え、死ぬに似たり。
***
いつもの、無人島の砂浜で目が覚める。
日差しはキツイから、脱水する前に浜沿いの木陰へと逃げる。
よし、完璧だ。
「さて。じゃあさっき死んだ時に作った種火を見に行こうかな」
キリモミ式で着けた種火の様子は、もうすっかり煙も鎮まっていた。
黒く焦げた部分を触るも、まったく熱らしいモノを感じない。
「くそっ、遅かったか。となると、火をどうするかは難しくなるな」
俺は頭を掻きながら立ち上がる。まいったまいった。
失敗した事を悔やんでも意味は無い。でも、じゃあ次はどうしようかな。
「そうだ。確か女神様が何か助けをしてくれるって言ってたな」
ライターでも用意してくれているのか? あるいは水の入ったペットボトルか?
ゴンドラとかトロッコみたいな移動手段は要らないぞ、乗り降りで死に易いからな。
どこに有るのかも知らないが、俺のスペ体質をご存知の方である。
きっと俺が死ぬまでに入手できるよう、心得た対処をして下さっているはずだ。
「ま、このまま少し森に入ってみますか」
気分は探検家モード。しかも探すべきは『女神の神秘』だ。
うん、その響きには思わず心が踊っちゃうね。
浜辺から木立に、そして未開の森へと入る。
足元の雑草は、緑の濃淡で異国のカーペットのように見えた。
特に考えも無く、そこへと足を踏み込む。
「ダメです! そこを踏んではいけません」
「む、誰だ?」
女の子の声? 随分と幼い声は、森を反響してどこから聞こえたか分からない。
というか、女神様曰く『無人島』なのに、どうして人間の声が?
俺は動かないまま返事を待つが、それ以上の言葉は無かった。
「誰なんだ。女の子か? ここは無人島のはずだぞ」
「えええ、えっと、そそそ、その」
俺は楽な姿勢で耳を済ませるべく、足を下ろした。
「だから! 駄目です」
ズボっと、俺の右足が緑の絨毯を踏み抜いた。
「木漏れ日で草が生い茂って、自然に出来た小さな穴を隠しているんです」
「うぉぉぉ!?」
この高さは……右足首を超えている!?
いかんっ、致命的だ!
俺は安らかな死への旅を覚悟する。
「ぬぬぬぬぬー」
何かを耐える声は、足元から聞こえてきた。
むむ? 足の裏で何かが俺を支える感触。こ、これは。
「てりゃー!」
女の子の声が裂帛の気合を込め、響き渡った。
それと同時に、俺の右足首が靴底から一気に持ち上げられた。
背中から派手に転倒し、痛みで目がチカチカする。
しかし幸運にも、背中にある雑草がクッションとなって命は助かった。
俺は視線を足元にあった穴に持っていく。
「あ、可愛い……」
そこには一匹のプレーリードッグが、ぴょこんと穴から顔を出していた。
げっ歯類ならではの、様子を伺う時にする鞠のような姿勢がなんとも可愛い。
「大丈夫ですか? ごめんなさい、力加減が出来なくて」
女の子の声は、そう聞こえた。このプレーリードッグが居る辺りから。
まるで「幽霊だぞー」と言わんばかりに、前へ突き出した両手を揺らす。
その行為は脅かせる為では無く「自分が喋っている」とのアピールであった。
「な、なんで……」
「驚かれるのも無理はありません。実は私は」
「なんで草原のイヌと呼ばれるプレーリードッグが、こんな森の中に」
「え? そうだったんですか!?」
心底驚いた様子でプレーリードッグが穴から跳ね上がった。
自分がなんであるか、知らなかったのか。
プレーリードッグはコホンと咳払いし、俺に向き直った。
はて、この間を取る仕草。どこかで見たような。
「そうか。咳払いする感じが女神そっくりだ」
「えっとえっと、私はですね。愛女神レム様の化身が一つ、リアと申します」
リアと名乗るプレーリードッグは短い手足をもぞもぞと動かし、穴から這い出てくる。
草で滑るのか、何度もツルツルと落ちかけるから、思わず手助けしてしまった。
「ありがとうございます、タクヤ様」
「いや、別に大した事は無いけど。でもどうして、ここに?」
「レム様から、貴方のサバイバルを助けるよう言いつけられました」
「うーん」
そんな小さな身体じゃ、この無人島じゃ危険だ。
誰よりも危険を体験している俺が保証する。命は無い。
……よく考えたら「無人島だから死んだ」との理由が無い気もするな、まぁいいや。
「ありがたいけど、その姿じゃ危険過ぎる。戻った方が良い」
「大丈夫です。私はレム様の化身、幾らでも姿を変えられます」
そう言うと、リアは丸い身体で仁王立ちして、気合を入れ始めた。
すると、いつも俺を復活させている光球が、その小さな姿を包み込む。
「例えば、貴方と同じように人間の姿だって。ほら、このように」
光が晴れると、そこには一人の可憐な少女が立っていた。
赤いヘアバンドで結んだ、緑色のツインテールの先を白い指で弄る。
森の中では不釣り合いなはずの白いワンピースも、少女が着れば神々しさすら感じた。
「あの、じっくり見ないで下さい……なんか、怖いです」
「うぉおおおおお! リアぁぁぁぁ!」
「きゃあああ!?」
無人島に美少女と二人きり&ワンピース。
これはもう、本能だから仕方ない!
「結婚してくれぇぇぇ!」
「いやあ、そこは駄目です!」
俺は、ズボッと地面の穴に右足を落とし込んだ。
こ、この高さは……
ちーん。
死因:興奮のあまり前後不覚となり、同じ穴に二度も足首を落として死ぬ。
来世に続く!
読んでくださり、ありがとうございましたっ。
次の話の投稿予定は、十時頃です。