第4話:島の探索をしよう、全速力で。
スペランカー体質で無人島生活をせよ、と女神から命令を受けて、はや三回。
俺が死んだ回数である。
死後の世界へと続く坂道を下る俺に、天から女神の声が聞こえてきた。
『また死んでしまいましたね、スペランカー・タクヤよ』
「貴方の手違いで死んだ気がします」
『誰かの責任を問うてどうします。自分の命は自分で守る!』
命を守らせてくれなかったのは、貴方です。
恨みがましい目で空を睨むと、天の声は咳払いして話を始めた。
『そんなに睨まないで下さい。分かりました、お詫びの品をあげましょう』
そう言って、女神は俺の前に『赤い液体の入った瓶』を浮遊させる。
はて? なんじゃこりゃ。
『それを飲むと、貴方は風よりも速く動けるようになります』
「なんか速く動きすぎて、風速冷却で死にそうですね」
俺の言葉に、横を向いて聞こえないフリをする女神像。おのれー。
効果に期待するとヤバい気がする。まぁ水分補給にはなるか。
お詫びはさておき、無人島でのサバイバルを始めたい所だ。
『おや、随分とやる気ですねぇ』
「うまく生還すれば、このふざけたスペ体質を治して貰える、と聞けばね」
『分かりました。早速、貴方を無人島へ送りましょう』
言葉と共に空間が歪んでいく。
『では、いきなさいタクヤ。せめて十分くらいは生存して下さいね』
「あ、お詫びの品を使っても死ぬのは前提なんだ」
***
視覚が定まると、俺は無人島の砂浜に居た。
「さて……まずは考えよう」
俺は死ぬ。
それはもう、凄い勢いで死んでいる。
「それというのも、この島の情報が一つも無いからだ」
島からの生還を目的にするならば、まずこの島の正体を確かめよう。
それには衣食住を満たして『明日に備える』。
……よりも、だ。
「まずは諦めて『死にながら』島の探検をするべし」
我ながら悲壮すぎる結論である。
しかし現実として、これはある意味チートだ。
なんせ『おっかなびっくりサバイバルせずとも良い』のだから。
「そうと決まれば探検だ。冒険だ。轟々だ!」
意味不明にやけくそな気合を入れて、俺は焼けた砂浜を駆け出した。
一歩、二歩、三歩。
浜辺沿いに林立する木を見つけると、その影へと飛び込んだ。
「ハァハァ! 熱い。やばい。死にそう」
なんだ太陽のクソ暑さは。日差しだけで俺を殺す気か。ふざけんな。
木陰を選んでトボトボと歩く。
同じ景色が変わらないまま数分ほどして、俺はばったりと倒れこんだ。
「喉乾いた……」
脱水である。
スペ体質だから、可及的速やかに対策をしないと死ぬ。それはもう死ぬ。
ああ、思い出すなぁ。小学生の頃、遠足に行った日の事を。
***
『せんせー! タクヤ君が水筒にジュースを入れてまーす』
『もう、タクヤ君ったら、めっ! 罰として没収よ』
数分後、俺は脱水症状で救急車に運ばれた。
水筒にジュースを入れる罪は死刑に相当する。ほろ苦い人生の教訓だ。
なお遠足はつつがなく続行されてた。おのれー。
***
数秒ほど回想している内にも、脱水は危機的状況に進行していた。
「死ぬ。マジで死ぬ……喉が疼く。失った水分を求めて、喉が疼きやがるぜ」
人差し指と中指だけを立てた右手で顔の左半分を覆い隠し、そう呟く。
クククッ、まるでダークヒーローにでもなったような気分だ。
いやまぁ俺もチートキャラなんだけどな。死ぬ方向性の全力チート。
「馬鹿やってる間にミイラになっちまうぅ。死にたくねぇよぉ」
まだ島を一周もしていないんだぞ……俺はゴロゴロ転がりながら呻く。
その時、腰のポケットで硬い物が引っかかった。はて?
「これ……女神様から貰った、赤い液体の瓶か」
確か『飲むと風よりも速く動ける』とか女神様は言ってたな。
速く動いた結果、脱水症状が加速して死ぬ可能性も非常に高い。
「だが、この水分で一瞬でも長生き出来るなら……俺は飲む!」
俺は瓶の蓋を開封し、中の赤い液体を一気に飲み干した。
ぐあー!
たまらーん! 干上がった身体への水分は最高だ!
「うぅ美味すぎる! 犯罪的だ! やりかねな……な、なんだ?」
興奮気味に語る俺の身体の底から、強烈な熱が発生し始めた。
まさか、毒? いや、害ある熱じゃあ無い。
うぉおおおお……みなぎってきたぁぁ!!
「翔べ! 走れ! フラッシュ! アアー!」
湧き上がる抑え込めない衝動に任せて、俺は全力で走り始めた。
すると異常な事に、時速119キロは出てそうな速度でかっ飛ばせる。
砂浜をえぐり込む鋭角179度、ほぼ真横に身体を傾けてのコーナーリング。
もうもうと粉塵を撒き散らしつつ、暴風となって島を駆け抜けた。
海と、青空と、砂浜と、森と、火山。
景色は殆ど変わる事無く、液体を飲んだ場所にまで戻ってきた。
「橋も町も無い。つまり完全な無人島か」
赤い液体のおかげか、妙に思考も冴え渡る。
そうだ、絶望する暇は無い。しかして、このたぎる熱をどう処理したものか。
「そうだ。ついでにキリモミ火起こしで、焚き火も作ってしまえ」
通常時の俺に、木と木を擦り合わせて摩擦で火起こし、なんて出来やしない。
でもハイパースピード状態の俺ならば、きっと!
即座に乾いた枝と木切れを探し出し、俺は高速で枝を回転させた。
チュイイイイイイイイイン!
まるで歯医者のドリルみたいな高周波音を立てながら、木切れに擦りつける。
すると、すぐに白煙がモクモクと吹き出した。
「やった、俺って天才だぁ! わっはっはっはっはっ! うぇっほ、げほ」
ちーん。
死因:大笑いした拍子に、白煙を吸い込んで窒息死。
来世に続く!
読んでくださり、ありがとうございましたっ。
次の話の投稿予定は、明日の七時頃です。