第3話:ふっかつのじゅもん が ちがいます *おおっと*
スペ体質の女神より『無人島からの生還』を目標と定められた俺。
幾多の超自然的脅威や、凶暴な獣たちとのサバイバルが待っているはずだ。
驚くほど簡単に死んでしまう俺だが、必ず生き抜いてみせるぜ。
黄泉の国を目前としながら、女神様は復活の手続きを終えてくれた。
これでまた無人島に蘇り、新たな戦いが始まるのだ。
『気合十分ですね、スペランカー・タクヤよ。頼もしい限りです』
「次はナナフシを掴んで驚いた、くらいじゃ死にません。お任せ下さい」
『その自信を聞いて任せたくなるのは、私くらいでしょうね……』
女神は俺に振り返り、高らかに宣言した。
『では無人島に蘇りなさい! タクヤよ!』
「タクヤ、スペランカー! 生きまーす」
身体が光に包まれて、現世への復活が始まった。
その瞬間、素っ頓狂な声が女神様から聞こえた。
『あっ。Y軸座標の設定が……』
***
目前に広がるは、無限の青空と大海原。そして凄まじく巨大な入道雲。
上空、一万メートル。
落下速度、二百キロメートル。
俺は、大空を飛んで……いや、落ちていた。
「ちょっと待てぇ」
ビュオオオオ、と凄まじい風を切る音が耳に飛び込む。
「なんで、いきなり落下してるんだぁ」
『聞こえますか、タクヤ。私です。女神レムです』
女神様の声が脳に直接響いて来た。
おお、これがテレパシーって奴かな。
できれば死の間際に感じる妄想で無い事を祈りたい!
「愛レム様ですか? こ、これはいったい」
『えーっと……転送先の座標を間違えました、完全に』
「分かってまぁす。島なんてどこにも見えませんよ!」
俺の言葉に、女神様が小首を傾げるような雰囲気を漂わせる。
『いえ、見えますよ。地上をよく見てみなさい』
風で眼球が押し上げられそうになるが、なんとか眼下の大海原を見る。
落ち続ける俺の視界に、米粒みたいに小さな緑色の点が見えた。
『それが無人島です』
「ふざけんなぁ」
『計算上は、あと七分で島に『到着』するはずです』
「それは『墜落』だろぉ!」
女神は暫く沈黙し、やがて静かに言葉を紡いだ。
『ごめーんネ。てへっ』
「くそぉぉ! もう一度、転送し直してくれぇ」
『それは現世の神の管轄だから、私には扱えませんね。別の窓口へどうぞ』
一気にお役所仕事になったなぁ、おい。
「うぅ、どうしてこんな事に」
『こ、これは……驚くべき事態ですよ、タクヤ!』
これほど完全に詰んでいる状況の他に、いったいどんな事態が起きたのか?
『島での生存の最長記録が更新されました。その調子ですよ、タクヤ』
「知るかぁ!」
てか『その調子』もクソも、数分後には確実な死が待ってるわい!
『足首程度の段差で死ぬ貴方が、この高度を落ちてても死なないって不思議ですよね』
「ものすごく雑に話を逸らさないで下さい」
もう女神の言葉を無視し、俺はとにかくあがく。
「落下だ。落下に対処するには……」
俺は上着のボタンを外すと、布地を広げて風圧を受けさせる。
パラシュートやグライダーの要領だ。
「これで、少しは落下速度が落ちるはず」
『なるほど。考えましたね、タクヤ』
これでほんの僅かでも、落下までの時間が稼げたはずだ。
しかし……容赦なく地面は近付き、やがて墜落して死んでしまう事に変わりは無い。
「ええい、人はいつか死ぬんだ」
その絶対的終着点に向けて、ただ無為に時間を過ごして良いはずが無い。
ほんの一瞬で良い。長く生きよう。コンマ一秒の呼吸をしよう。
それが、俺の『生きたい』という願いの形だ。
『へぇ。なかなかどうして、いい覚悟』
「はぃぃ? なにか言いましたか、女神様ぁ」
落下の風切音が煩くて、女神様の言葉を聞き逃してしまった。
まぁどうせロクでもない話だろう。
「よし、服を更に開いて風圧を受け止め……ハックショォン!」
とてつもない勢いのクシャミが飛び出した。
気がつけば、俺の身体は寒さで凍りつかんばかりだ。
「さ、寒い! 肌が切れそうなくらいに、寒いぃぃ!」
開いた上着から見える肌が、みるみる内に冷え上がっていく。なんだこりゃ!
『そりゃ時速二百キロメートルですからね。風速冷却で凍傷になりますよ』
つまり、服を脱いだ結果、落下の風で冷やされて体感気温が一気に下がった、と。
『あーあ。何もしなければ落下まで生存時間が稼げましたのに』
「せめてサバイバルは普通にさせろよ、はっくしょーーん!」
ちーん。
死因:落下中、上着を脱いだ為に風速冷却で凍えて死亡。
来世に続く!
読んでくださり、ありがとうございましたっ。
次の話の投稿予定は、二時間後です。