第1話:ゲーセンのバイトで死んだと思ったら、無人島に飛ばされた
世の中には、とてつもなく弱い命が存在する。
それはオケラだったり、ミミズだったり、アメンボだったり。
そして、この『俺』だったりする。
***
『あらー、タクヤくんったら、また死んでるの?』
『おーい誰かー。救急車呼んでー』
ゲーセンのバイト仲間の声が、あの世へ向かって歩く『タクヤ』こと俺に聞こえた。
「ああ、俺ったらまた死にそうなんだな」
無職のまま二十五歳になって、やっと手に入れた仕事であるゲーセンバイト。
ここ数日、少し張り切りすぎていたのかもしれない。
「こんなに死にまくってたら、仕事クビになっちまうぜ」
よくわからない内に、なにか重大な事件に巻き込まれたのか?
いや、それは無いだろう。
交通事故や病気で死ぬなど、俺にとっては雲の上の出来事だからだ。
俺の生死観とは、起き抜けのしゃっくりが喉に詰まって死ぬ、そんな世界だ。
三日前はクシャミと同時に足をくじき、ショックで数時間ほど生死をさまよった。
「うーん。もはや自分が今、なぜ死にそうなのかも分からんな」
だがまぁ、きっと死ぬ理由があったのだ。そうなんだから仕方ない。
ぼんやりとあの世に続く黄泉平坂を歩く。
途中で顔見知りの亡者さんと出会い、彼の炊き出す鍋を一緒につついた。
「ウボァ(タクヤくん、随分と元気そうじゃないか!)」
「三日ぶりですね、亡者さん。俺にしては長生きした方です」
「ウボォ(心配してたんだよ、あの世へ行っちゃったかと思って)」
痩せこけた頬の亡者さんと暫し談笑する。
いつもならここらで、救急隊員が蘇生措置を間に合わせてくれるはずだ。
思っていたら、空から天の声が聞こえてきた。
『あ、こりゃ駄目だ。霊柩車呼んでー』
「えっ?」
救急隊員の天の声が続く。
『もう死体置き場に直送便だ。アァンマゾなら配達料無料だし、それで』
お椀をひっくり返して、俺は慌てて立ち上がった。
「いやぁ、諦めないで救急隊員さん! てか、ちゃんと運んで」
「ウボォ(はっはっは。プライムに入っとけば即日灰送だったね)」
「そんな配慮は要らないし。てか漢字間違ってねぇか?」
このままじゃ本当に死んでしまう。
「いやだ、まだ死にたくない。俺にはまだやりたい事が残っているんだぁ」
運命という単語に抗う俺の叫びが、あの世に響き渡った。
それはこだまとなって一周し、やがて無為な残響音として消えていく。
『お探しですか? 霊柩車ならアァンマゾ』
「もうそれで良いよ、好きに運んでくれぃ……」
救急隊員の言葉に文句を言う気力も失い、ガックリとうなだれる俺。
ああ、なんてこった。死にやすい体質だと思ってたけど、本当に死んじゃうなんて。
「うぅぅ、でも死にたくないよ。神様ぁー!」
再び、俺の絶叫。
ミミズやオケラやアメンボよりも儚い命である俺の、そんな儚い魂の叫び。
そんなモノに耳を貸してくれるとすれば、それは……。
『死にたくない。あなたのその願いは、本心からですか?』
救急隊員やバイト仲間のモノじゃない。もちろん、亡者のウボォ声でもない。
もっと優しくて暖かい、それでいて天から響き渡る女性の声。
『タクヤ……死にやすいスペランカー体質のタクヤ。私の声が聞こえますか?』
虫にも劣る俺の渇望を聞いてくれるとすれば、それはもう。
「女神様……?」
そうだ。
これまで聞いた誰よりも包容力のある声が、俺の為だけに言葉を紡いでいく。
『本当に死にたくないと願うならば、私がチャンスを与えましょう』
黄泉路のどんよりとした空が、急速に明るくなっていく。
ああ、俺はいま、女神の奇蹟を目の当たりにしているんだ。
明けない夜は無い。たとえそれが地獄であっても。
『生きる事を願うスペ体質者よ。さぁ、この私の手を取りなさい』
まばゆい空に向けて手を伸ばす。
何も無いはずの虚空で、誰かが俺の手を握った。
『では行きましょう、夢に見た島へと。不思議な昼と夜とが待っているでしょう!』
「ああ、女神様!」
これで死なずに済むんだ。また生き返って平和に暮らせるんだ。
手のひらに感じる女神様のぬくもりに安心し、そのまま意識を喪失させた。
***
気が付くと、俺は白い砂浜に居た。ギラギラの太陽が俺を焼き尽くす。
見渡す限りの大海原と、背後には深い森。その更に奥で小さな噴煙を上げる火山。
うんうん、なるほどなるほど。
「本当に『島』に連れて来てどうすんだよ、女神様ぁ!」
おい、さっきのってヨタ話じゃ無かったのか!?
話の流れ的にてっきり冗談か何かと思ってたけど……。
本当に島? マジで島ぁ!?
「死にやすい奴が島に放置されて、どないせいっちゅーんじゃー!」
俺は胸が張り裂けんばかりに叫んだ。
そして、過呼吸で死にそうなまま、前のめりに倒れた。
ザンッ。
砂浜で俺の人型をしたくぼみが生まれる。
ふっふっふ、だが幾ら俺でも砂浜に倒れたくらいじゃ死にはしな
「あづううううううううう!!!」
ちーん。
死因:砂浜の焼けた砂でヤケドして死亡。
来世に続く!
読んでくださり、ありがとうございましたっ。