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ありがとう、大好きだ

作者: 椛いろは

あいつとともに過ごした十年間。あいつの笑った顔も泣いた顔も怒った顔も全部見てきた。あいつがどう思っているか知らないが、俺にとってはこの十年はすごく楽しかったぞ。

ありがとう。


クリスマスも終わり、在庫処分で半額になって売られていた俺はまだ幼かったあいつと目があった。あいつはその時一緒にいたじいちゃんに頼んで俺を買ってもらった。あの時あいつが俺を買ってくれていなければ俺はどうなっていたんだろうか。


幼いあいつは俺を家族のように扱ってくれた。ご飯を食べるときは俺を机の上に置いてくれたし、寝るときは布団の中に入れてくれた。たぶん俺より幸せなクマのぬいぐるみはいないだろうなって思えるくらい、毎日が幸せで楽しかった。

あいつは俺にたくさん話しかけてくれた。学校で友だちと遊んだこと、お母さんに怒られたこと。俺の知らない世界をたくさん教えてくれた。俺は言葉は話せないが、あいつの言葉は聞き取れたし、内容を理解することもできた。幸せな自分を表現することができなかったが、きっとそのことはあいつにも伝わっていただろう。それだけで十分だ。


俺の定位置はあいつの部屋の三段ボックスの上。時々カーテンが顔にかかって部屋の様子が見えない時があったが、あいつはそれに気づくとそっと俺の視界を広げてくれた。

俺はあいつのすべてを知っている。あいつの勉強机の引き出しの中身とか、クローゼットに隠された貯金箱のこととか。あいつの両親よりもずっとずっと。


でも、あいつが大きくなるにつれて、だんだん俺の方を見なくなった。それは成長したということで俺も祝うべきことなのだと思うがやっぱり悲しかった。少しずつあいつの心の中から俺が占める領域が小さくなっていくような気がして。

ただただ怖かった。俺が家族から置物になり、置物から景色の一部でしかなくなることが。

触ってもらえないから、俺の頭の上には埃がどんどん溜まっていった。


俺は自分では動けない。でも目は見えるし、耳もきこえる。それが余計に俺を辛くしていった。

あいつが三段ボックスに近づいてくるから、久しぶりに遊んでもらえると期待したけれど、目の前を素通りされた。そういういことが本当に苦しかった。俺はぬいぐるみだから、俺で遊んでもらうことが一番の幸せ。だから、放置されることは本当に辛かった。


そんな状況が続いて二ヶ月後。俺はクローゼットの中に閉じ込められた。

あの中は思い出すだけでも息が詰まりそうになる場所だった。埃はたくさん舞ってるし、物はつめ込まれてるし。

真っ暗で目を開けても何も見えなくて、自分が何であるかさえも分からなくなっていた。光が届かない恐怖を初めて味わった。

あいつが部屋を掃除するたびに俺の上には本とか漫画がたくさん積まれ首が折れそうだった。


俺が久しぶりに光を見たのはあいつが大泣きして帰ってきた日だった。乱暴に扉を開ける音がして、再び光を浴びることができて嬉しかったが、あいつから漂う異様な雰囲気が俺を硬直させた。

乱雑に腕を掴まれた俺は何度も壁に投げつけられた。窓ガラスにも投げつけられた。窓枠がガタガタ揺れてもあいつは構わず俺を叩きつけた。

本当に痛かった。本当に辛かった。

でもあいつも辛そうな顔をしていた。何があったのか聞くことはできないが、あいつが辛いことから解放されるためなら俺は痛みくらいいくらでも我慢できた。

そうして俺の片目のボタンが取れた。


今俺は袋に入れられて、ゴミ収集車を待っている。これから、燃やされて、灰になる。あいつとの楽しかった思い出もすべて消える。俺はあいつに大切にしてもらって、あいつに壊されて、あいつに捨てられた。

でも、俺はあいつのことを恨んでなんかいない。それどころか感謝している。だって廃棄処分の運命にあった俺と十年も一緒に過ごしてくれたんだからな。

俺に当たり散らした時は辛かった。でも、あいつのことを嫌いになんて絶対ならない。


これだけは覚えておいてくれ。


俺達ぬいぐるみは何があっても持ち主を無条件に愛しているということを。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  ぬいぐるみの視点は斬新です。 [一言]  無性に投げつけたくなったりします。
2016/04/17 18:10 退会済み
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