お泊り学校、深夜〜朝
「せまっ!」
確かに……
図書室には、二つの布団が置かれていた。
無駄な観葉植物や、本棚、固定された机などが多いせいで、後ろのせまいところに布団を並べるしかなさそうだ。
「使徒!あんた、私が寝てるからって、変なことしないでよっ!」
顔を真っ赤にして怒鳴りたてている。
「誰がするか!」
さっさと布団を敷き、布団に入りこむ。
本当ならこんな時間に寝たりしないのに…
凛も電気を消し、目を合わせないように反対方向を向いて布団に入った。
ふー…
やっと一日が終わった。
散々だったが、案外楽しかったかもな。
凛と話せたし……ミクに多少感謝。
というか、凛って隣にいるんだよな。
そう思ったとたん、ドキドキし始めた。
シーン
静まり返った夜の図書館は少し怖い。
お化けとか出ないよな…
ぷっ、何考えてんだ。
そんな非科学的なものが、存在するはずなかろう。
でも怖がっている凛を見るのも、悪くないかも…
パッ
突然照明がついた。
「何よ…使徒?」
俺は隣にいる。
「先生じゃない?」
入り口には、誰も立っていない。
パッ
「あれ?消えた…」
月明かりで、うっすらと凛の表情が目に映る。
ミスったな…
お化けが出てきても悪くないなんて、思うんじゃなかった。
凛は本気でビビってるよ。
「夜の図書館で電気がついたり、消えたりって言ったら、お化けじゃない?」
答えを知ってる俺が、聞くのは不思議なもんだ。
「ばっ…ばっかじゃないのっ?幽霊なんて、いるはずな……」
凛の動きが止まり、顔が青ざめてきた。
かと思うと、びくびくと震えた指を俺の肩に向けている。
「何?」
後ろを振り返った…何もない。
「い、今…」
「お化けがいたなんて言うんじゃないよな?」
凛は必死に首を縦に振っている。
「そんなはずないじゃん」
凛の表情が、あまりにも真剣だ。
「今日は電気工事でもやってんじゃない?俺寝るからな」
顔がにやけてくるのを必死に我慢し、布団の中で息を殺して笑う。
凛は今、どんな心境なんだろう。
きっと、恐怖と絶望に満ちた顔をしてるんだろうな。
「ちょ、ちょっと使徒!」
俺って性格悪っ。
凛を無視して、寝るふりをする。
「使徒ったら!」
俺の体を揺さぶってきた。
「俺は寝る!さっさと寝ろよ」
うっとうしそうにして、布団を深くかぶりなおす。
「幽霊見たのに寝れるわけないじゃん!」
いつに無く真剣だな。
心の中で密かに笑う。
「ちょっと、使徒ぉ…」
だんだん声が小さくなってきた。
泣いたりしないよな。
トントン、と俺の体を叩く。
「ったく、なんだよ!」
布団を跳ね除け、起き上がる。
凛は、図書室の奥のほうにある青白い光を指差している。
指の先をたどっていく……
「う……わ…」
気が動転し、声が出ない。
「あ……あれ……さっきの幽霊…」
凛がさっき見たやつか…
おいおい、俺がお化けを望んだのに、俺が怖気づいていてどうする。
「大丈夫だ。きっと」
そういって、布団にもぐりこんだ。
正直に言おう。
望んだ俺が滅茶苦茶怖い。
多分危害は加えないだろう…が、怖いものは怖い。
だって、『殺すわよ』って目で見つめてくるんだぞ。
「使徒の意気地無し!」
それは……印象悪くしてしまったのか?
「あれは誰だって怖いぞ」
布団の隙間から、凛のほうを見て話しかける。
凛も自分の布団に入り込んだ。
時計の秒針が、カチッカチッと音を鳴らしている。
その音が、怖さを増幅させる。
「ねぇ、使徒」
ん?
「入れてね!」
何っ!?
凛が、突然俺の布団に入ってきた。
「お前!入ってくんな!」
「仕方ないじゃない!怖いんだもん!」
カァーっと、体が熱くなってくる。
「お前が入ってきたら寝れんわ!」
俺の言葉などお構いなしに、隣に寝入る。
「変なとこ触ったら、ぶっ殺すわよ!」
「そんなこと起こっても、お前が悪いだろ!」
本棚の間を見ると、まだ幽霊はいる。
凛の布団にまで移動する勇気はない。
しかし、このままではまずいだろう。
かと言って、方法は浮かばない。
仕方なく大人しくしていることにした。
こんな状況で凛の方を見たら、恥ずかしくて死んでしまう。
凛とは反対方向に体を向ける。
「ちょっと!どこ触ってんのよっ!」
俺は背中を叩かれた。
「いてぇな……不可抗力という言葉を知らないのか?」
「あんたにそんな言葉は必要ないわ!」
ひどいな…
「それより、こんなんじゃ恥ずかしくて寝れないじゃない」
パジャマの背中の部分を握られる。
「だから寝れないって言っただろ!自分のとこ戻れよ」
「無理!怖いじゃんかぁ…」
怯えている声を聞くと、罪悪感を感じる。
「俺に向こうに行けというのか!?」
「それはそれで怖い…」
何なんだよ。
「どっちにしても寝るためには、別々じゃないとダメだろ。俺向こう行くからな」
布団から抜け出して、外に出る。
「うわっ!」
すぐさま布団に戻る。
「何っ!?」
「いた……いた…」
ぎゅっと凛を抱きしめる。
「やっ!ちょっと…」
「布団の周り囲まれてる…」
怖さで体が勝手に動いてしまった。
「ぇ…やだ、ホントに?」
凛も怯えだす。
怖さが少し直ったら、冷静になってきた。
「ごっ…ゴメン…」
すぐさま手を離す。
あーもう!何やってんだよ俺…
あれ?
凛が今度は抱きしめてきた。
「怖いよ……怖い…いやだぁ……もぅ…」
泣いている。
「大丈夫」
頭をポンポンとする。
内心、俺だってたまらなく怖い。
しかし……元はと言えば俺のせいだ。
「大丈夫だから、泣くな」
凛は泣き止まない。
俺、凛を1日に2回も泣かせてしまった…
静かな空間に、すすり泣く声だけが響く。
カチッカチッカチッ
時計の秒針を誰か止めてくれ…
止まった…
「今度は何?」
凛が、さっきよりも強く抱きついてくる。
余計怖がらせてしまったようだ。
シーン……
静まり返った図書室。
これはこれで怖い…
「使徒?寝ちゃったの?」
なんで?
「起きてるよ」
「よかった。話しててくれないと怖い…」
そうか…
でも俺からすれば、話してたほうが怖い。
「私寝るまで寝ないでね」
マジかよ…
「分かった」
何で了承してんだ!?
また沈黙が続く。
「ねぇ、何か話してよ…」
急にそんな…
「何を?」
「何でもいいから」
凛は泣き止んだようだ。
しかし、俺の体からは離れようとしない。
「話すことないじゃん」
心臓がドクドクと、大きく脈打っている。
変な風に思われたらどうしよう。
いやいや、こんなお化けに囲まれた状態で、何を考えているんだ俺は。
「使徒、好きな人だれ?」
「ぇっ…まぁ…」
急な質問に戸惑いを隠せない。
「だれ?」
後押しされる言葉で、さらに心臓が大きく脈打つ。
「優しい人……」
「答えになってない」
うん…そうだな。
「優しくて、頑張ってて、笑顔が可愛くて、強そうなのに心は弱くて……」
『凛だよ』
そう言えばいいのに…
「それも答えになってないよ…」
勇気が出せなくて…
「そういう凛はどうなの?」
聞きたくないけど、場を和ませるには仕方ない。
「いるけど……秘密っ」
「ずりー」
人のことばっか聞いてくるくせに。
「で、結局誰なの?」
ここでばらすわけにはいかない。
「誰でもいいじゃんっ」
「よくないよ…」
なんでだよっ!
「俺も秘密だって」
………
「どした?」
寝ちまったのか?
隣を見ると、案の定寝ていた。
よくも人が話してる最中に…
まぁいいか。
寝顔が天使みたいだな。
見とれているうちに、いつの間にか俺も寝てしまっていた。
使徒ー!使徒ー!
誰だよ……ぅぅん……あと少しだけ……
眠い……
「起きろー!!!」
「うわっ!?」
ん?
あぁ、そういえば学校だった。
朝一に目に飛び込んでくるのが凛だと、さわやかな朝を迎えられるなぁ…
俺の目にはキラキラと輝いて見えるよ。
「なんか、昨日変な夢見ちゃったー」
夢?
「幽霊がいっぱい出る夢は嫌だなぁ〜」
わざとらしいぞ…
まさか昨日、俺に泣きついてきたことを隠蔽する気じゃあるまいな?
「あぁ、俺もそんな夢みたぞ。確か凛が泣いて俺に寄ってきたっけなぁ?」
「ぇ、いやっ違う!そんなことしてない!」
顔を赤らめて言い返すが、分かりやすい反応だ。
「ぷっ。面白っ」
凛は顔を下に向け、目だけ俺の方を見ていじけている。
「大丈夫。誰にも言わねーから」
「絶っっ対だよっ!」
そんなに俺のこと嫌なのか…
「言わない…」
ちょっと落ち込む。
なんにしても俺のせいだし…
「ご飯食べに行こっ」
楽しかったからいいや。
朝食を食べるために、調理室へきた。
誰もいない。
外を見ると、全校生徒が出ている。
「あー外で食べるのかぁ」
「そうみたいだな」
外に出るまで、あまり喋らなかった。
そりゃ昨日あんなことあって、話せるはずないか…
自業自得だが、やっぱり楽しく話したい。
「朝から夫婦仲良く朝食ですか?」
「違っ!そんなんじゃない!」
光…タイミング悪すぎ…
「なんかあった?」
俺にささやく。
「なんもない。ただ、なんか怒ってるな」
光は深く考えることもなく、凛とも普通に会話ができた。
ナイス媒介者だな。
外では、購買部のパンとかおにぎりとかが売っていた。
朝食をさっさと済ませる。
ピンポンパンポン
「みなさん。その場で静かにしてください。校長先生のお話があります」
そうだ!
忘れていたが、校長の話を聞くために泊まりで学校に来たんじゃないか…
なぜ泊まりの必要があったんだ…
「ぇーみなさん!昨日は楽しかったですか?」
かなり楽しかったっす。
「楽しかったならそれでよし。先生はみんなの笑顔によって元気になれます。それが生命源かもしれません」
明日から笑うのは止そうかな。
「人生において、もっとも大切なものを見つけることができるきっかけを与えたかったのです」
それだけのために、あれだけ費用をかけるとは…
すべてミクのせいだが。
「私の言いたいことはそれだけです。ではあとは自由にしてください。帰るもよし、楽しむもよし。では解散!」
あいつは何で泊まらせたんだ?
ミクが悪いんだろう。
しかし、あいつに怒りがいってしまうよ。
は〜…っま、楽しかったからいいか。
もうミクのわがままには、付き合いたくないけどな。
快晴の青空の下、お泊り学校が幕を閉じた。