お泊り高校、夜
「うっわーすっげぇ〜」
燃え盛る炎。
満天の星空の下、赤い揺らめきに心を魅了される。
「でも、6月にキャンプファイアーやっても暑いわ」
ミク、気分を壊さないでくれ。
「きれいだからいいじゃんっ!」
ナイスフォローだ。
「きれいというより、盛り上がりますね」
「みんな盛り上がりすぎて、うるさいよ…」
そのとおりだな。
「夜にこんなことやって迷惑にならないのか?」
「いいじゃん!楽しいし!」
忘れていたが、お前が望んだんだよな。
「そそっ。楽しもうよっ」
さっきまで5人だったが、盛り上がるにつれてはぐれてしまった。
「ミクちゃん楽しそうだね」
ミクはいろんな人のところを回って楽しんでいる。
写真の撮影に入ったり、雑談したりと満喫しているようだ。
「凛はどっか行かないのか?」
地面に腰を下ろしながら聞く。
「あんたが1人になるとかわいそうだから、私がいてあげるわよ!ありがたく思いなさいっ」
俺の隣に、いっしょになってちょこんと座る。
ホント心から感謝だよ。
「海野と光は?」
「さぁ…2人で楽しんでるんじゃない?」
周りをキョロキョロと見渡す。
「海野って好きな人いるのか?」
「いるって言ってたよ…なんでっ?」
何でといわれても…
「いや、まぁ色々」
適当にはぐらかす。
「ふ〜ん」
物寂しそうな顔をして、炎を見つめている。
炎のせいでそう見えるのだろうか。
「炎見つめ続けると、目痛くならないか?」
「なる……」
じゃあ目そらせよっ!
というか、泣いてるじゃないか。
「お…おいっ。どしたっ?」
「目痛くなっただけ……」
嘘つけ………
凛は、顔を膝にうずくめて泣いている。
「ぇ……ぁ……ゴメン…俺……」
「何で、あんたが、誤るのよ……目痛く、なっただけだって…」
言葉が途切れ途切れだ…真剣に泣いてるよ。
周りは賑やかなのに、俺達の周りだけ世界が違う気がする。
普通なら、うるさくて落ち着かないはずだが、心は静まり返っている。
一分、一秒がゆっくりと過ぎていく。
どういうことを言ったらいいのか分からないまま、会話をしようと考える。
「なぁ、なんでも願いが叶ったらどう思う?」
言葉が口からこぼれた。
こんなことは言うつもりなかったんだけどなぁ…
「ぇ…そりゃ、嬉しいんじゃない?」
「でも恋の願いは叶っても、心から愛し続けてなかったらすぐ途切れるから、願っちゃダメなんだ」
空を見上げていると、次から次へと口から言葉が溢れ出す。
「自分が、ホントに好きだって思い続けなきゃダメなんだ」
凛の泣き声が少し止まった。
「でも、今すぐに触れたい、手に入れたい、愛し合いたいと思ってしまう…そう思うのを必死にこらえるのはつらいけど、きっといつか本当の願いが叶う」
「どういうこと?」
赤くなった目と、目が合う。
「簡単に手に入るものなんて意味ないんだ。苦難を乗り越えて、辛い思いをして手に入れたものにしか、意味は宿ってないんだ」
ちょっとは…意味分かってくれたかな。
「凛を励まそっかなぁとか思って……」
頭をかいて、今度は俺がうつむく。
恥ずかしい…何言ってんだ俺…
「ありがとう」
その言葉は、とても短くて、とても丁寧で、目の前で燃え滾っている荒々しい炎とは違い、とても優しかった。
しかし、凛は横で泣き続けていた。
「え…ゴメン…俺余計なこと言ったかな?」
カァーっと恥ずかしくなってくる。
顔が赤面する。
「違うよ。ただ、使徒の言葉が、私の心…見透かしてるみたいで……分かってくれてるみたいで……嬉しくて…」
なんにしても泣かせてしまった…
悪いことしたなぁ。
「泣くなよ!」
頭を手で強くなでると、すぐに泣き止んだ。
「泣かないよ…」
もちろん、彼女なんて出来たことのない俺には女の子の頭をなでるなんて初めてで、恥ずかしかったが、それ以上に凛に泣いてほしくなかった。
「せっかくにぎわってるんだから、騒ごうぜ!」
俺達の世界が周りに溶け込んでいくのが分かった。
もう少し、2人だけの世界にいてもよかったかな。
「そうそう!こないだねぇー……」
楽しい時間が、刻々と流れる。
ピンポンパンポン
「10時から、入浴の時間です。A組からすみやかに入ってください」
入浴って…どこで?
「なぁ、風呂ってどこにあるの?」
校舎内にあるなんてことはないよな。
「なんか、学校の近くにできたらしいよ」
へ〜………って、ミクはどれだけ費用をかけさせているんだ…
「そうなんだ。じゃあ、またな」
「風呂覗いちゃダメよっ!」
なっ…
「の、覗かねーよっ!」
俺は逃げるように立ち去った。
「ばーか」
教室へ行き、着替えを持って風呂へ向かう。
お、佐藤がいいところに。
「なぁなぁ、風呂ってどこにあるんだ?」
「学校の近くに出来たって聞いたんだけど……」
分からないらしいな。
「風呂の場所知ってるやついるか!?」
佐藤がみんなに聞く。
「あぁ、学校の隣だよ」
隣!?
「だそうだ」
だそうだ、で片付ける君はすごいよ。
学校の隣って……空き地じゃなかったか?
「ありがと、先行くわ」
よく意味の分からないまま、風呂へと向かう。
「あ〜今日は疲れたな…ゆっくりと入るかぁ」
風呂に着いたが、まだ誰も来ていないようだ。
別に、先に入っても構わないだろう。
ガラガラガラ
「いらっしゃい。今日予約の学校の子かね?」
優しそうなおじいさんだ。
「はい。そうです」
「来た人から入れてください、と頼まれたからね。入って入って」
脱衣所に入ったが、やはり誰もいない。
言うまでもないが、男女の脱衣所を間違えるといったよくある漫画風のことは起こらないように、暖簾はきちんと確認した。
「お〜」
思わず息を呑む。
すごい広さだな…
ライオンの像の口から、お湯が溢れ出ていた。
浴槽は一つしかないが、十分すぎる。
湯船に漬かった。
「ぁ〜疲れとれる〜…」
こんな風呂を貸切だなんて、すごく嬉しい。
ガラガラガラ
人がきた。
もう少し1人で堪能したかったが仕方ない。
「ぉお〜!すっげぇ」
あの声は光か。
「っよ」
光がガックリとした。
「せっかく一番だと思ったのによ」
「まぁいいじゃん。早く入れよ」
光も浴槽の中に漬かる。
「あぁ…極楽…」
天国にでも来たような顔だ。
「光ってさっき、どこにいたんだ?」
カチン……光が固まった。
「おーい…おーい……大丈夫かー」
聞こえてないな。
「それにしても、ここすげー広いよなぁ」
「おう。こんな風呂、初めて入ったぜ」
そこには反応するのか。
「でさ、お前さっき…」
カチン……おい、お前どうしたんだ?
「しかし、フットバスとかが無いってのが惜しいな」
「こんだけの風呂があれば、贅沢はいえないよ」
お前は何なんだ。
「ところで、」
カチン………
「おいっ!お前なんかあったか!?」
……………沈黙を守ってる。
「おーい………」
まさか……
「もしかして、海野に好きな人い……」
「ぎゃあああーーーー!!!」
バッシャーン
浴槽の湯を、勢いよく跳ね上げさせる。
「だーいじょーぶかー?」
憐れみの表情で同情する。
「彼女に好きな人がいた……彼女は好きな人がいた……彼女は好きな人がいる…」
微妙な変化はつけなくていいよ。
「そうマイナス思考はやめろって。もしかしたらお前のこと好きかもしれないぞ?」
「絶対無い」
「分かってる」
励ますつもりが、余計悪化させてしまったな。
「まぁ大丈夫だ。なんとかなるさ」
「何がなるんだよ……」
そうだな…自分の発言に責任を持ってなさすぎた。
「大丈夫だ。お前が片思いのままで終わるのは、初めからわかっていたことだ。」
「サバサバ言ってくれるじゃないか…」
ガラガラガラ
今度は人がいっぱい来たぞ。
「くよくよするな!ダチ来るんだからしゃきっとしろっ!」
ふぅーーーーっと、長くて重々しいため息をついたあと、元の光にもどった。
「ここのお風呂って広いのかなぁ?」
「体洗えればいいんじゃない?汗かいたし」
近くで女子の声がするぞ…
なんか嫌な予感……
ガラガラガラ
「うっわーひっろーい!」
この風呂には二つ扉があったようだ。
俺達の入ってきた扉と、もう一つ右側に……
「すげぇ!こりゃ楽園だぜ!」
その二つが同時に開いて、みな一斉に中へ入ってきた。
俺達2人は両方を、残りの二箇所は見合わせて唖然としていた。
「っき……っき…きゃーー!!!!!!!」
やっぱこういうオチかよ…
「光!早く戻るぞ!洗面器が当たったら痛さは半端ねぇ!」
光の手を握って、ダッシュで元来た脱衣所に戻る。
俺らはセーフ……っというか、なんで混浴なんだ…
「使徒ぉぉおお!お前、それでも男か!?」
あぁ、正当な男だ。
「男なら痛さを我慢し、苦難に立ち向かい、栄光を手に入れるんじゃないのか!?」
「やめたほうがいいぞ」
俺の言葉など届くはずもなく、無謀にも洗面器の飛び交う風呂に入っていった。
あれは男と呼ぶべきか?
ただの変態なんじゃないのか?
俺は男じゃないのか?
周りを見渡すと、男子は誰一人としていなかった…
「あ〜!もぅ…」
女子達は顔を真っ赤にして、男子達は(俺を除く)顔を真っ青にして、銭湯ならぬ戦闘を後にした。
「男ってみんなあーなの!?」
ミクが愚痴をこぼしている。
「使徒君は違いましたよ」
さっすが海野、いいところに目をつけている。
「俺はコイツと違って馬鹿じゃないしっ」
「るっさい…」
かなりへこんでるな…
「神野さんはいい人なんですね」
作り笑いやめろ…
「さすがあたしの犬………」
おい!何か言ったか?言ったのか!?
「え!?」
何!?
まさか……聞かれた?
「どうした…?」
恐る恐る聞いてみる。
「バスタオル忘れてきちゃった…」
なんだ…そんなことか。
びっくりするじゃないか。
「明日取りに行けばいいじゃん」
光が喋った…
「でも…めんどくさい」
肩を落としてこちらを見た。
訴えかけるような目はやめてくれ…
その目ダメ…負ける……
「あー分かったよ!取りに行けばいいんだろ!」
一回戦敗退。
「ありがとっ!」
でも学校着いちゃったしなぁ。
「使徒君1人じゃ危ないんじゃないですか?」
やっぱ優しいねぇ…
「いや、使徒は1人でもやっていけるやつだ」
うぜーよ。
「近頃は男でも襲われることあるからねぇ…」
「まてまて、お前に命令されたのに、なんで心配されてんだよ」
これならさっさと1人で行ったほうが早く済みそうだ。
「神野さんと、凛ちゃんで行けば?」
お前はペットの世話も見ないのかい?
「凛来るなら1人のほうが安全だ」
「何それっ!?いいわ、私も行くから」
すねちゃったよ。すねる要素なかったと思うんだが…
「お前の身を案じてだぞ?」
「いぃの!」
一度言ったら聞かないってやつか…
「いってらっしゃ〜い」
光め……
仕方がなく凛といっしょに、来た道を戻る。
「付き合わせちゃってゴメンね」
「いや、問題ない」
問題ない?
これが高1の会話かよ…
しばらく無言が続く。
銭湯についた。
歩いて2分くらいで着いたぞ。
さっきもっと遠かった気がしたんだけど…
「私とってくるから待ってて」
ガラガラガラ
中へと入っていった。
外は真っ暗だ。
正直少し怖い。
……………………凛、遅いな。
三分くらいたってる。
「ゴメンゴメン、探すのに手間取っちゃった」
やっと帰ってきた。
すげー怖かったんですけど。
「早く行かないと、みんな寝てるかも」
今度はさっきより早めに歩く。
「使徒、さっきの話なんだけどさぁ…」
さっき?キャンプファイアーの時かな?
「願い事が叶うなら願っちゃダメかもしれないけど、叶わないなら願ってもいいよね?」
え…叶わない望みなんてない俺にはわからない…
「まぁ……いいんじゃない」
歩くペースを少し遅くする。
「じゃあ私は願い続けるねっ」
凛の笑顔には、すべてを頷かせる力があるな。
「頑張れっ!応援してるから」
ちょっと待てよ…
応援していいのかな?
そういや凛の好きな人って誰だろう…
「なぁ、凛…」
あ、もう学校に着いてしまった。
「どこで寝るのかな?」
俺の声は聞こえていなかったみたいだ。
まぁいいか。
「おーい!こっちだこっち」
くっそ…寝る前まで醜いハゲを見なければならないとは…
「なんですか?」
なるべく呼ばないでもらいたい。
「君達来るの遅かったから、みんな寝る準備しちゃったよ。今から行くと迷惑だから、図書室で寝てくれ。じゃあおやすみ」
は…?
「え………」
あのハゲぇぇ…行っちまったよ。
「もしかして…2人?」
体が火照ってきた。
「多分…そう…」
嬉しいような、悲しいような…
神妙な心境で図書室へと向かった。