お泊り高校、朝〜昼
「うそだ………きっと悪い夢だ…」
地面に突っ伏す俺。
「はぁ〜?何喋ってるんだよ。さっさとこれ運ぶの手伝え!」
光が手に持った、折りたたみのテントを渡してきた。
きっと読者の皆様には、理解不能だろう。
話は今朝にさかのぼる。
今朝――
ルルルルルルル
朝っぱらから誰だよ。
「はい、神野です」
「あ、神野君かね。鶴山だが」
なぜ朝から、醜いハゲの声を聞かなければならない。
受話器を下ろそうとする手を、全力で阻止する。
「なんですか」
こんな時間に電話がかかってきたということもあり、非常に最悪な予感がする。
「いきなりなんだが、校長先生が『今日は私の人生経験を話そう。学校に泊り込む準備をして来てくれ』と言ってな。臨時で学校に泊まることになった」
校長の声はそんな声ではない。
気持ち悪い声色を使わないでくれ。
「そんな、急に無理です」
「持ち物は、入浴に必要なものと着替えのみでいい。飯はみんなで作るから」
シカトかよ。
「入浴ってどこでするんですか」
「ちなみに、参加しない人は今のところいない。もしいた場合は、成績に大きく反映させてもらう」
(会話は成り立っています)
「な…それはひどいと思いますよ」
「校長先生は時間に厳しいからな。10時までには来てくれよ」
(会話は成り立っています)
「それにはみんな了承しているんですか?」
「………………………………」
(会話は成り立っています)
「では、早く来て準備を手伝ってくれ」
「ちょっと待…」
ガチャ、ツーツーツー
おいコラ……
「使途ー!どうしたの?」
お・ま・え・の・し・わ・ざ・か
「ぎゃー使途が怖いよー!まさに子供を狙う犯罪者の目!これからあたしは何をされちゃ……」
「何もせんわ!」
お泊り保育ならぬ、お泊り高校などあってはならんだろ……――
「はぁ………」
俺は昨日、<明日は普通の学校生活が送れるといいな>と望んだ。
しかしミクはあろうことか、<学校でお泊りがしたい>と望んだらしい。
俺の望みのほうが、ミクよりも弱かったというのか……
「おい!早く運べって!」
ん?
「なぁ光。急に学校に泊まるなんて、変だと思わないか?」
そうだ、きっとみんなだって嫌だと思って……
「いいじゃん。楽しそうだし」
ナ〜〜〜イ。
「ゴメン。俺が馬鹿だった」
仕方なく荷物を運ぶのを手伝う。
「お前、今日も頭おかしいか?」
真剣な顔で、腹の立つことを言ってきやがって……
「言っておくが、俺がおかしいのではない。俺以外がおかしいんだ」
光の周りにクエスチョンマークが飛び交う。
「保健室連れてってやろうか?」
「お前の秘密ばらしてやろうか?」
一瞬で黙った。
これは中々使えそうだな。
テントをすべて運び終えると、ちょうど昼ごろだった。
ピンポンパンポン
「作業を一旦終了し、体育館に集合してください」
アナウンスが流れる。
俺達は体育館へと向かう。
「昼飯なんだろうな〜?」
「どうせ中学ん時みたいな給食だろ」
体育館に着いた……いや、体育館じゃないかも……
「おおおおおお!」
海鮮料理、黒毛和牛のステーキ、お寿司、フランス料理、その他多数の、莫大な費用をかけたと思われる料理が、ずらりとテーブルに並んでいた。
「うわぁ〜おいしそうだね!」
「うんっ!」
向こうのほうで、凛とミクと海野が仲良く話している。
おいおい、ここは公立高校だぜ。
ミク、お前は校長がこれからどれだけ辛い思いをするか、まったく分かっていないだろう。
「おい、これすげぇな……」
確かにすごいが、変だと感じないお前らのほうがすごいぞ。
「どうした?嬉しくないのか?」
「おかしいと思わないのか?」
俺の話を最後まで聞かずに、我こそにと食を求めて走っていった。
「まぁいい。俺は知らん!」
どうせなら少しでも多く堪能して、校長の辛さを減らしてやろう。
「ん〜美味だな」
いろいろと食べ歩いていると、声をかけられた。
「あら、使途1人?そっか、彼女いないし仕方ないよね〜」
もっと違う言葉をかけてほしかった。
「そういうお前はどうなんだ?」
凛は1人で俺の横に立っている。
「雫とミクちゃんは2人で楽しんでるからっ」
「花園と仲良くなるの、早過ぎないか?」
「誰かさんのほうが早いんじゃない?」
皮肉を言いながらステーキを皿に取っている。
「ぁーそうそう。こないだの続きだけど…」
「ちょっ、ちょっとステーキ取りすぎなんじゃないかっ?」
何とか話題をそらさねば…
「どうしよ〜あんまり食べると太るしなぁ…でも今日くらい…」
コイツもそういうことは気にするんだ。
考えた挙句、凛はステーキ一枚だけを戻した。
「っで、あんたは……」
「おお!あれは俺の大好物の切干大根じゃないかっ!」
向こうのテーブルを指差す。
おいおい、もっとまともな言い訳は思いつかなかったのか。
俺のばかやろぉ〜
というか切干大根だけ、場違いなような気が……
「あんたって、切干大根好きだったっけ?」
「ぉ、おう!大好きだ!」
嫌いではないぞ。しかし好きでもない。
「う〜ん。最高!これはきっと最高の大根を使ってるな!」
「ふ〜ん」
探るような目で見つめてくる。
そんなに見つめないでほしい。恥ずかしいじゃないか。
「おいしいぞ!うん!」
バクバクと食べる…が、さすがにこればっかじゃ嫌だ…
「せっかくこれだけ料理あるんだし、他のも食べよ?」
「おう」
凛と一緒に色んなところを回る。
ちょっと待てよ。もしかしてこれは、他から見れば……カップルなんじゃないか!?
ぉおお!この上ない嬉しさ。人生始まって以来の彼女(仮)…しかも凛!
「さっきから言おうと思ってるんだけどさ、」
「昼食の時間って何時までだっけ!?」
凛よりも大きな声で切り返す。
「知らないわよ。」
く……何か話さなければ…
「あんた、さっきからなんか変じゃない?私の質問遮るし…」
「そんなことは無い」
あ〜!何か、何か…何か!
「じゃあ私の質問聞いてね」
むぐぐぐぐぐ…
「………うん」
しまった…次は何とかして言い逃れる方法を…
「好きな人いるの?」
いきなり核心!?(そりゃそうだろうが…)
どう答えるのがいいか……
「…………………うん」
俺のヴァ〜〜〜〜カ!!!
ここでいないって言えば終わったんじゃねーか!
「そっか」
……………あれ?
終わりっ!?
呆気ない。
でも助かった。
なんか凛が寂しそうな顔をしてるが、なんでだ?
まぁいいか。
いろんな物を食べ歩いて、凛と楽しく会話できる。
それだけで満足だ。
ピンポンパンポン
「2時までに、昼食を終えてください。また、6時までに与えられた仕事をすべて終わらせるようにしてください。」
時計の針は、1時半をさしている。
「私、行くねっ」
「おう」
あぁーあ、行っちまったよ。
「こらこら、なぜ君はあんなにも積極的に話しかけているのかな?」
「お前現れ方が唐突すぎ…」
光が隣に立つ。
さっきまでの雰囲気がぱぁだ。
「そりゃ唐突にもなるさ!お前がいなかったせいで俺は1人で歩き回ったんだぞ!」
「先にいなくなったのはお前だろう」
簡潔かつ、効果的な反論だ。
「そんなことは関係ないっ!使途が仲良く喋ってるのを見て、影で見失わないようにしながら食事を取ることが、どれほど惨めなことか分かるか!?」
「それは切ないな」
ホントに痛い子だ。
「罰としてテント運びはお前に頼む!」
それが狙いか…
「構わないが、お前は何をするんだ?」
ふっふっふと、うざい声を出す光。
「なんと、雫様と楽しくデートすることになったんだよ!」
お前もさっきの食事、堪能してたんじゃないか。
「ということでよろしくっ!」
走り去っていきやがった。
なんとも自分勝手なやつだな。
しかし光は大切なことを忘れているぞ。
テント運びはもう終わったんだよ。
午後からは俺もフリーかぁ。
「神野くーん!」
その呼び方はやめてほしい。
「なんだ花園さん」
「ミクでいいよーっ!昼から暇ならA組の教室来て!」
「昼からは暇じゃ…」
走っていった…
おい…どいつもこいつも自己中だなぁ…
ミクのところに行くのは怖いし…
あぁ…どうか、午後からも何事もありませんように…