間違い
パジャマで出てきた桂。
風呂上りのその姿は、いつもより一層輝いて見えた。
さて、ここからが問題。
何をするのだろう。
まさか、あんなことやこんなことを……
そんなことを考えてると、桂はテレビのスイッチを入れた。
適当にチャンネルを回しているのだが、コマーシャルばかり。
「や〜めた」
チャンネルを回すのをやめて、どさっ、と俺の隣に寝転がった。
桂は後ろから俺を見てるんだろうか…
ますます体が硬直してしまう。
「ねぇ」
振り返ると桂は頬をベッドにつけて丸くなっていた。
おまけに、パジャマの第2ボタンくらいまでを開けて、乱れた服装でこちらを見ていた。
「っ……」
「意外とシャイなんだね」
息を呑んで顔を真っ赤にしている俺に向かって、遠慮なしにグサリとくる言葉を投げかけてくる。
いたずらっぽい笑みも他の人には無いものを持っていた。
恋愛経験無しの俺にとって、さっきのはありえないポーズです。
さっき抱き締めれたこともまったくもって不思議なくらいなんだから。
「えぃっ!」
「わっ!!!」
今度は俺の膝の上に頭を乗せてきた。
桂もミク達と一緒で俺をからかってんのかな…
下からの視線に目を合わせることが出来ず、あらゆる方向に視線を移している俺。
「こっち見てよ」
ふっと膝が軽くなって、つい反射的に下を見てしまった。
「うわぁあっ!」
顔がとても近くにあった。
(ド、ドアップの桂めちゃくちゃ可愛い……)
「ひ、人の顔見てそんなに驚くことないじゃない!」
俺もかなりびっくりしてベッドの上に上がり込んでしまったが、桂も相当びっくりしたみたいでベッドから降りていた。
「ごめん……」
桂の機嫌損ねてしまったかも……
ドサッ
「え」
立っていた桂はすぐに俺の横に飛び乗った。
「せっかくうち来たんだからもっと楽しく話そ?」
ベッドの隅で、くっ付いてたくさん話した。
笑ったり、怒ったり、しょ気たり、いろいろ。
テレビをつけると今度は面白いものがやってたりした。
俺は彼女ってことに意識しすぎていたみたいで、話していたら普通の女の子だった。
可愛い、普通の女の子。
彼女のことも少しずつだが分かってきている。
期待していたことは無かったが、期待以上に楽しい時間を過ごせた。
「こんな時間までどこほっつき歩いてたのよ!!」
玄関を開けた途端に罵声が飛んできたが、とても驚き、そして嬉しさが込み上げてくる。
俺は見放されていなかったみたいで、まだ元通りまでとはいかないかもしれないけど、なんとかなりそうな気がした。
「スマンスマン」
そんな言葉じゃ絶対に通るとは思ってないが、他に良い言い訳も浮かぶわけでもない。
「もしかして彼女のとこ行ってきたの?」
「行ってきたけどお前が思っているようなやましい事は何一つとしてしていないからな」
結局言うなら始めっから言ったほうが説得力あるのに、と後悔した。
しかし、それ以上ミクは問いただすことなくじっと立っている。
俺から何か言うのを待っているのだろうか。
「何?」
ミクからしたら俺がずっと眺めているように感じるのだろう。
何、と言われても特に無いのだが。
「ただいま」
ふと自分の意思を反して言葉が出た。
その言葉は久しぶりに発した言葉で、まだミクは言葉を返してくれないだろうと思った。
でも口から漏れてしまった言葉は元に戻ってくることは出来ない。
「おかえり」
予想をまったく無視して、少し照れながらそっけなく言った。
ぶっきら棒な言い方だったが、それでも嬉しかった。
「何薄笑い浮かべてんのよ、気持ち悪い」
普段なら絶対に気に留める一言だが、今は嬉しさが勝っている。
「ありがとな!」
そういって階段をドタバタと登り、自分の部屋へ。
「ホント気持ち悪いったらありゃしない……」
ボソッと呟かれた言葉は俺の耳に届かなかったが、例え届いたところで俺は気持ち悪い返事しか出来なかっただろう。
部屋に入った途端、ベッドに倒れこんだ。
そのまま今日一日を振り返っていると、いつの間にか眠りについていた。
ミラとは会わなかったことも含めて、振り返った。
また、雨だ。
雨の日は憂鬱になる。
学校行くのにも一苦労だし、傘差してても結局ぬれる。
ホントに嫌だなぁ。
かといってまだ入学してから3ヶ月足らずというのに、学校をサボるのは危険だ。
6月は梅雨の時期。
仕方が無いと思い、傘を片手に、カバンを片手に、学校への道のりを歩み始めた。
でも今年はまだ雨が少ないほうだ。
教室へと入り、自分の席へ。
教室に行くまでも思ったが、周りの視線がすごく痛い。
俺は何かしたか?
考えながら雲を眺めていると、突然光った。
1、2、3、ゴロゴロ…
1キロ先ぐらいで光ったものだろう。
「席つけ〜」
ホームルームか…めんどいな。
今日はやめにしようぜ。
ピンポンパンポン
(鶴山先生、鶴山先生、至急職員室まできてください)
久しぶりに俺のへんな力使った気がした。
しかも無意識に。
「今日はまぁ特に連絡することもないし、終わる」
鶴山が出て行くときに、ぶつぶつ言っていたが、特に詫びの気持ちもなかった。
「おい、使徒」
はぁ……
俺を呼んだのは予想がつくであろう、最近彼女が出来て浮かれ気分で、見ていると非常に腹が立ってくる光だ。
小声で話しかけてくることから察すると、人に聞かれたくないことか何かであろう。
彼女の相談か?いやいや、青春満喫している人はいいねぇ〜。
俺なんか悩んで悩んで今も少し悩んでるんだぜ?
「おいってば」
光の目をふてくされた(と自分で思う)顔でずっと眺めていると、反応を確かめるようにもう一度呼びかけてきた。
「何?」
今日は雨=憂鬱=動きたくない=話すのめんどくさい
という、少しイコールで結ぶには考慮しなければならない部分も含めた等式を頭に浮かばせながら答える。
「お前凛泣かせただろ」
さて、1元は数学か。
ただでさえ気分が落ち込んでいるというのに、こん……
「おい!」
突然の大声にビクっとした。
クラスの人たちの注視もさらに集まる。
その声がふざけていたとか、笑いながらとか、そんなものだったら俺は軽く流してた。
しかし彼、千葉光は真剣な眼差しで、怒りとは違う意味での力を声に込めてぶつけてきた。
「何でそんなに怒って……」
「分からないのかよ……ずっと一緒にいたじゃねーかよ……少しは凛の気持ち考えろよ……」
俺には今降り続いている雨に打たれるよりも、今鳴り響いている雷に体を突き抜けられるよりも、キツイ一撃だった。
「ゴメン」
こんな言葉でしか返答できない自分が惨めでたまらない。
それでも今凛に優しくすると、気持ちが揺らいでしまいそうで怖い。
ガラスのコップが落ちて粉砕されるように、もろく、淡い恋はすぐに砕けてしまいそうで。
「優しくとか、気を使うとかじゃなくて、普通でいいから何とかしてやれよな」
一瞬心を読み取られたのかと思ったくらい、的確な答えを俺に教えてくれた。
「ありがと」
もう凛のことは解決したつもりでいた。
違った。