ナイトウォーカー(私が見た夢6)
こんな夢を見た。
私は一人の女だった。
時は十六世紀のロンドンで夜が輝いていた頃だった。
人々は競ってパーティを開いていた。
月に負けぬ輝きを灯して。
今夜は伯爵家のパーティ。
そのパーティで私は一人の男を捜していた。
そしてこの日、私は男を見つけたのだった。
しかしその男は、私を見ても無視をした。
私が分からないの?
まさか、そんなことは…!
私は不審に思った。
そうしてその日から、私は男を見張ることにした。
それから十日後の夜。
私は男に出会った。
暗い路地の隙間で、男は人を殺していた。
「そんな乱暴なやり方はいけないわ」
「誰だ!」
「近頃の殺人鬼はあなただったのね。
どうしたの?
そんなに無差別に殺すことはなかったじゃない。
何があったの?」
「お前は誰なんだ?」
「…本当に私のことが分からないのね」
私は悲しくなった。
「リュカ、あなたは私を知っているはずよ。
思い出して」
「俺はリュカではない」
頑固な男に私は言った。
「…また、お会いしましょう。伯爵」
伯爵は呆然として、私が立ち去るのを見ていた。
見られてしまった!
どうすればいい?
伯爵は混乱した。
「伯爵様!」
召使が伯爵の姿を見つけ駆けてきた。
「さあ、早くこちらへ」
「どうしよう。
見られてしまった…」
「えっ!」
どうすればいい?
伯爵は怯えた。
「大丈夫です。私が何とかします」
私がお守りしますから!
召使は伯爵の代わりに罪をかぶる覚悟を決めた。
それから伯爵はパーティであの女を見かけることが多くなった。
「こんばんは」
「なぜ、言わない?」
「何を?」
「ふざけるな。
何が目的なのだ!」
「…悲しいことを言うのね。
私はただ思い出して欲しいだけよ」
私は伯爵の頬にそっと触れた。
「お前のことなど、知らない」
「いいえ、知っているわ」
伯爵は女の腕をつかんだ。
「早く、思い出して」
女は伯爵の手を解き、静かに去っていった。
あの女を知っている?
いや、知らない。
知るわけなどない!
パーティから帰った伯爵は塞ぎこんでいた。
「伯爵様…」
召使が側に寄ってきた。
「大丈夫ですわ。大丈夫」
召使は伯爵を後ろから優しく抱きしめた。
「助けてくれ」
伯爵はしがみついた。
召使の言葉だけが希望だった。
それからも伯爵は罪を犯し続けた。
闇夜に紛れ、路地裏をうろついた。
衝動だった。
喉の渇き。
ただ、喉が渇くのだ。
だから、血をすすった。
そうして、その現場にはあの女がいた。
「思い出した?」
伯爵は首を横に振った。
そう、と私は悲しそうに言った。
「酷い男ね。
私を仲間にしておきながら、忘れてしまうなんて」
私は伯爵の耳にささやいた。
「私はあなたの味方なのよ」
伯爵はもう女の存在に怯えることはなくなった。
女はこの罪を誰かにばらすことはしない、と分かったから。
きっと、言わない。
そう確信出来た。
なぜかは分からないが。
それと女が側にいると安心した。
だから伯爵は女をほっておいた。
ただ、召使は女の存在を気にした。
伯爵の側にいる女に嫉妬した。
「伯爵様」
「どうした?」
「…私、子供ができたのです」
「子供?」
「伯爵様、私のこと愛していると言って下さいましたよね?」
召使が伯爵に抱きついてきた。
子供?
私に子供?
ありえない。
私には子供は出来ない。
なぜなら私は、
吸血鬼だから。
そうだ、私は吸血鬼だ。
伯爵などではい。
では、伯爵はどこに?
ああ、そうだ。
私が殺した。
「君は?」
「…名乗ってもしかたあるまい。
お前は死ぬのだ」
「…死ぬことに恐怖は感じないよ。
ただ、心残りがある」
「そんなこと、私に言ってどうする?」
伯爵は静かに微笑んだ。
まるで、心残りを託すように。
そうして伯爵の血をすすった。
だがその時、伯爵の強い思いに飲み込まれてしまった。
召使との恋。
伯爵の心残りはそのことだった。
「伯爵様?」
召使が不振な顔で見ている。
「心配するな。
子供は産めばいい。
伯爵はお前を愛していたさ」
そう言うとリュカは召使の目を右手で塞いだ。
「伯爵は病死した。
お前は伯爵の子を生み、ここで暮らすがいい」
召使が目を開けた時、そこには誰もいなかった。
「今、誰かいたような…」
召使の目から涙がこぼれた。
「あれ?どうして涙が?」
召使は開け離れた窓を見つめた。
窓の外には丸い月があった。
そして召使は涙を拭い、部屋を出て行った。
「すまない、マリア」
リュカは私に言った。
「いいのよ。夜は長いわ」
ちょっとした退屈しのぎだったわ、と私は笑った。
「でも、今度は私のことを忘れないでね」
「ああ」
そうして私達は夜の闇に消えていった。