英雄召喚Ⅲ
「なるほど、特異者に選択されたことだけはある。」
すると男は手を上に掲げ、今度もまた詠唱なしで瞬時に紫の魔法陣を展開させた。
「相手に憂いなし、こちらとしても存分に戦える」
男がそういった直後、魔法陣の中から一本の剣が出現し始めた。
剣先は黒い光で輝き、まわりには黒いオーラが迸る。
柄を握ったと同時に辺りに突風が起こった。
「はっ」
アリアは直ちに短く息を吐き、その衝撃を白い手袋から放たれる白いオーラで相殺する。
「久しぶりだな、この感触は・・・・・」
男は一振り、肩慣らしに振ってみた。
すると剣先から放たれた黒い斬撃が壁まで届き、当たった個所には深い切れ込みを入った。
アリアはその分厚い壁に入った切込み跡を見て、思わず背筋を凍らせずにはいられなかった。
「じゃあ、踊ってくれ。可愛い子羊さん。」
男はそういうと、アリアに向けて剣を振り払う。
アリアはすかさず、両手を前に出してその反動に備えた。
「くっ」
思わず声がでる。
黒い斬撃はアリアの手前でじりじりと白いオーラと鬩ぎあった。
その威力に押されつつあったアリアは軌道をずらして、その場を逃れることにした。
斬撃は軌道をそらし、アリアの後方で大きな音をあげながらそのまま壁にぶち当たる。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・・・・」
気付けば息は上がっており、全身は鉛のように重かった。
まるでそれは今の今までマラソンをしていたようで、すでに体は悲鳴を上げているのだった。
ーー 真面に相手をしていては、体がもたない。
するとそんなときだ。
耳元にブン、といった音がたくさん聞こえ始めるのを不快に思う。
その音を聞いて、アリアは顔色を悪くした。
顔を上げるとそこにはアリアが一番あってほしくなかった世界が広がっていた。
絶望のほかない。
目の前には無数に迫りくる黒い斬撃。
アリアは死を覚悟した。
一太刀でさえ精一杯のアリアにとって、それは死の宣告にほかなかった。
あの重い一撃を無数にくらって、体がもつはずがなかった。
「私は・・・もう死にゆく定めにあるのです・・・ね。」
アリアが死ぬのはあと少しのことだった。
それゆえ残された一握の時をアリアは目を閉じ、噛みしめることにした。
ーー ・・・・でも
アリアの目から涙がこぼれる。
「死にたくない。」
それは、心の中から出てきた言葉だった。
「死にたくない。」
再度その思いがこみ上げてくる。
濡れた目は視界を曇らせ,涙は止めどなく頬をつたっていく。
《 アリア・・・・・・あなたはまだ死んではいない。》
すると突如、温かな風がアリアの髪を揺らした。
その声は以前聞いたことのある優しい女性の声だった。
温かなぬくもりがアリアを覆い、気持ちを和ませていく。
「レイラ・・・レイラ・・・・」
アリアは涙声で彼女の名をいった。
「ごめんなさい・・ごめんなさい・わたし・・わたし・・・」
アリアは罪悪感に駆られていた。
「わたしはレイラの思いに応えられなかった。あんな姿になってまでわたしに想いを託してくれたというのに・・・・・」
目の前にはレイラの姿があった。
レイラはずっとアリアに温かな視線を送ったまま微笑んでいた。
《アリア、立って》
「ごめんなさい、ごめんなさい・・・レイラ、私はもうすぐそっちにいくの・・・・」
《立ってアリア、立って》
その言葉をきいたアリアは涙を流す。
そしてその場に倒れこんだまま塞ぎ込んでしまった。
その時。
レイラはアリアの頬に手を添えた。
その手は温かかった。
アリアはその手を受け入れる。
*
気が付くと、あの場面に戻っていた。
あたりは無数の斬撃が迫り来ており、その光景はまさに死を覚悟したときだった。
アリアは短く息を吐いた。
ーー レイラ見てて・・・・・
アリアの目じりにはもう涙は溜まっていなかった。
ーー 私にはまだやるべきことがある。
アリアはそう心に告げると、その場に立った。
うまくいくかは分からない。
だが、アリアはやり遂げなければならなかった____________________
アリアは大きく息を吸う。
右手には黒い鍵があった。
アリアはそれを握り、深く祈りを捧げた。
そして___________その時は来た。
「エルピス!!!!!!!!!!!!!」
声は部屋一杯に響き渡った。
投稿に長い期間がかかってしまいましたことを切に申し訳なく思っています。
これからも作品を見ていただけると幸いです。