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大罪の英雄伝説  作者: 白鷺 朱鷺
序章 白騎士編 Ⅰ
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英雄召喚 Ⅰ

一時訂正、のちにつけたし改正します。

 薄暗い洞窟の中は壁伝いに並んだ青白い蝋燭の光によって満たされていた。

 アリアはその光を頼りに前へと進んでいた。


 壁には所々埃を被った蜘蛛の変張りが見受けられ、門に立て掛けてある立ち入り禁止の看板には錆びがかかっているうえ、文字が薄く消えかかっている有様だ。

もはや、以前人が立ち入っていた頃の面影など一つも残っていない古びた洞窟だった。

 アリアは錆び付いた門にかかる外れかかった錠前を見て、ふと時の隆盛に感傷するのであった。


 ーーここに足を踏み入れたのはいつ以来だろう。


 洞窟の中を進むなか、湿り気を帯びる冷たい空気がふとアリアの幼少のころの記憶を呼び起こす。


 ーーここへ初めて来たのは確か私が6歳くらいの頃だった……


 ≫どこまでも続く長い螺旋階段を少年の手に引っ張られながら駆け降りる≪


 ワンシーンがアリアの頭の中を駆け巡った。

 この情景はあれから随分と時間が経った彼女の幼い頃の過去の記憶だが、確かに一度ここに足を踏み入れたことがあった。

 今となっては漠然としてしか思い出すことが出来ない記憶だが、そこに何か特別な事情があったことは俄かながらも覚えている。

こんなモンスターに囲まれた危ない森の洞窟に少年と少女が来ているのもおかしな話だが、確かに一度ここへ足を踏み入れたことがかつて彼女にはあった。

 しかしなぜここへ来たのか当時の状況をいくら思い出そうとしても、それ以上思い出すことが出来ない。

 まるで宇宙(そら)へ登ろうとして途中で消えてしまうシャボン玉のように跡形もなくそれから先の記憶が消えてしまう。

これが時の流れに従って生きる人間の(さが)……記憶の欠落といものなのか。


 胸の内に秘められる熱い思いがこの懐かしい雰囲気に同調し、アリアに記憶の断片を想起させているのは間違いない。

 だが肝心のそれが何なのかアリアはすぐには理解は出来なかった。

 昔のことを耽るにつれ神妙な気分になっていく。胸の内には何か神妙な感情がふつふつと込み上げてきていた。


 ーー この感じは一体何だろう………


 表現するにも、いい言葉も見つけられない。

 その時、ある言葉がそんなアリアの元へと蘇った。

 それは昔何処かで聞いたある言葉だった。


『時を超えるものには烙印を………使命を果たすその時まで、それは来るべき者の証となるであろう………』




 *




 気がつけばあたりは人の気配のない静寂な空間だった。

 耳を澄ますと、滴り落ちる水の音が耳のすぐ横を通り過ぎる。

 少し場に馴染んできたアリアは一つ深呼吸をした。

 辺りに漂っていた異様な匂いも嗅覚の麻痺かそれほど気にもならず、体も冷たい空気に馴染んでいた。


 周囲には異様な緊迫感が蔓延り、息を白くさせるほどの洞窟の冷たさは体の震えに拍車をかける。

 下へと続く螺旋の階段はどこまでも長く感じ、このまま地の底まで行ってしまうのではないかと、そんな気さえした。

どれほど歩いたかは分からない。

しんと静かな洞窟の中に小さな靴音だけが響き渡っていた。


 暫くして地下へとたどり着いた。

 ここへたどり着くまでに随分と時間が経過してしまっていた。


 階段の先には古代遺産のような立派な石の扉が佇んでいる。

 周りには古代語のような文字がぎっしりと書かれており、所々に歪な模様も施されていた。


 アリアはそっと手を添えると地響きを立てながら、扉はゆッくりと中へアリアを誘った。



:*:*:*



 開けるとその先には大きな広間が広がっていた。

 無数の青白い炎がゆらゆらと揺れ、円を描くようにして一段高くなった場所を囲んでいる。


 何かしらここが特別な空間であるということは一目瞭然だった。

 石と石の間に流れる青い光は中央へに向って進んでいくかのようで、天井にポツポツと光る緑の光はまるで蛍の灯のように消えては光り消えては光りを繰り返す。

なんと神秘的な場所だろうか。おそらくは魔力によってもたらされているのであろうが、美しかった。

 アリアは、それを見ながら妙な落ち着きを覚える。


 かつかつと靴音が静寂な空間に響き渡る。それはまるでピアノの鍵盤を踏んでいるかのような世界だった。

 ふと壇上に目を向けるとそこには何やら黒い人影らしき気配がある。

 ただの銅像かと始めは思ったが、よく見ると確かにそれは人で、その人物はただ何もせずその場に立っていた。


 アリアの立ち位置では、あいにく素性までは掴めない。

 背景と混じって識別するだけでも精いっぱいだった。


 アリアは胸の内で高まるざわめきを抑える。この目の前に立っている者こそ、親友レイラをなきものとした張本人・・・

そう思うと胸の内から今にもどっとあふれだしそうな感情がこみ上げてきそうだった。


 アリアは一つ深く息を吐く。

 それは一度気持ちを宥めるためのものだった。


 いつもの落ち着きを取り戻したアリアは、一段一段ゆっくりと登って行った。


「……あなたが裏切り者……そして黒幕ですか。」


 アリアは男に向って言った。

 目の前にいる黒い人は黒衣で身を覆い更に黒いフードで顔を隠しており、まだ誰であるかを特定することは叶わない。

 だが、微かに見える外見からして男だということは分かる。

 ガッチリとした体ではないが、態度からは男気のようなものを感じ取ることが出来るからだ。


 見たところ男は特に主だった装備はしていなかった。

 黒い布地の下に装備を隠しているのかもしれないが、体全体見回す限り特別な装備をしているようには見受けられない。


 男はただ様子を伺っている様子で、アリアの前に立つ。

 そこから感じ取れる威風堂々とした立ち振る舞いから、自らの力に余程の自信を覚えているようにも思えた。


 アリアは念のために辺りをさりげなく見渡し、より一層危機感を募らせた。


「心配しなくていい。ここには俺以外、誰もいない」


 男は周囲を警戒する水色の少女の思考を読み取ってか、顔に笑みを浮かべながらさりげない口調でそう言った。


 アリアは心中を悟られたことに少し驚く。

 まさか初対面ですぐ、相手に考えていることを読み取れるとは思ってもいなかったことだった。


 アリアは不審に思いながらも、その言葉をすぐには信用せず、暫く周囲を見渡す。

 しかし確かに男の言ったとおりで、誰もいそうな気配はなかった。

どうやら男の言葉は虚言ではなく事実であるようだった。

 ここは特に隠れられそうなところなく、そもそも奇襲をかけるのに打ってつけの場所ではなかった。

 機転を効かせて天井はどうかと疑ったが、それもなかった。


 ーー それにしても、ここはどういったところなのだろう。


 アリアはそれ以前に、ここがどういった場所なのか不思議だった。

 ドーム状の空間であるのは俄かに分かるが、それ以外は暗くてあまり分からず、検討のつけようがなかった。


 この場所に何か機械仕掛けでもあるのか。

 もしくは、高度な魔法陣が施されているのか。

 特に何の特徴もないため検討のつけようがないが、ここに男が立っている以上、何かあると見るのが妥当だった。


「……口は少しは聞けるようですね。あたりがこんなに暗いものですから、私の人を見る目も少し衰えてしまったのでしょうか。フードを被って顔を隠してるくらいだから、勝手に無口な人だと判断させてもらっていました。しかしどうやら偏見のようでしたが」


 念のため魔法トラップに警戒しながら、アリアは男の元へ視線を戻す。


「……人は外見で判断すべきものでない」

「………」


 何気に発せられた彼の発言だったが、彼の一言一言には威圧感が漂っていた。


「俺はここに特異者が現れるのを待っていた。別に何の意味もなく取り止めもない話をするために長い間、待っていた訳ではない。お前が特異者か・・・愚問だったな、問いかける必要もないことだ。何よりここへと立ち入ったことこそがそれを意味している。しかし、お前のその表情からしてそれとはまた別の要件も伴っているようだ」


 その言葉を聞いた瞬間、脳裏にふと親友レイラのこと思い出した。

 彼女は誠心誠意を尽くし、最後まで自分のなすべきことをまっとうした勇敢な人物だ。

 結果は思い描いたシナリオと随分かけ離れたものだったかもしれないが、結果としてそれは成就されたことには違いない。

 今こうしてアリアが無事鍵を手にし壇上に立つことができるのも、そんな彼女ゆえのものだった。


「そうですね。私はただ何の用事もなくここへと足を運んだのではありません。自分にはやらなけばいけない使命があります」

「なら早いはなし、本題に入ろう」

「こちらとしてもそれは本意のことです……」


 アリアは高らかに手を上に伸ばすと、上空にライトブルーの魔法陣を出現させる。

 手の指先に全神経を集中させ、魔力を注ぎ込んだ。

 しかしそれを見ても、男は何一つ行動しようとしない。

アリアは男の行動に不快感を覚えつつも、魔法を唱える手はずを整えていく。


「正体を現してはもらえませんか」

「ふっ、それは出来ない注文だ。何せ俺は光が苦手だ。昔から悩まされている特殊な目ゆえに。気にしないでもらえるとありがたいものだ……」


 男は芝居めいた手振りをしながら、言い繕った。

 しかしそんな戯れごとに付き合うほど、お人好しな性分をアリアは持ち合わせてはいない。


 ーー光が嫌いで顔を隠すなど、私も随分侮られた者です。


 アリアは男の物言いに肩を落とす。

 どう説得すれば顔を見せてくれるのか。


 しかしいくら考えようにも一向にいい打開案が思い浮かばなかった。

 どの言葉もわけの分からない当人のキャラ設定の前には、跪かされるばかりだ。

 考えるだけ無駄だった。


「ふぅ……」


 アリアは考えるのに疲れ、吹っ切れる。

 もう何が何でもどうでもうよくなっっていた。言葉で理解されなければ実力で行使あるのみ。


「ふざけるのも大概にしてもらえませんか。こちらは素性を明かせと言ってるんです。私はあなたの個人的な事情を聞いたつもりはありません。……そちらが脱ぐ気がないと仰り続けるのでしたら、力を行使してでも脱がせるまでのことです」


 これだけ言えば考え直してくれるだろうと思った。

 たかが素性を明かせと言っているだけなのだ。

 幼い子でない限り、賢明な判断は簡単にできるはず……


「…俺は素性を明かす気は毛頭ない。そもそも必要性を感じないな、特異者よ」


 しかし彼の返答はアリアの予想外の答えだった。

 空いた口が塞がらない、と言った言葉ほどアリアの胸中をうまく表しているものはなく、バカバカしいにもほどがあった。

 余程のアリアもこれには堪忍の緒が切れてしまった。


 ーー 付き合い切れない。


 そこで躊躇なく魔法の詠唱を続けることにした。


 すると男は今にも戦闘を始めようとする彼女に向かって手を挙げ「待て」と言い放つ。

 アリアはめんどくさそうに男の方を再度見た。

 魔法を発動させられたくなければ、フードを脱げはいいだけの話なのだ。


「戦闘するうえで待てはない」

「待て、気を焦ることでもないだろう。そもそも俺にはお前を攻撃するつもりも端から持ち合わせていない。まずなせ我々が争わねばならぬ」

「………愚問ですね」

「…それはどういうことだ?」


 男は不意をつかれたように首を傾げる。

 男はとても驚いた様子でそれは顔が見えなくとも態度に現れていた。ここまで何も動かないでいた男が手振りを使って講義しているのだ。


 アリアはその言葉を聞くと、(から)になっている拳を強く握る。

 目の前で自分は何もしていないと惚ける男の振る舞いに、ある種腹が煮えくるがえる思いを覚えていた。


「何もしていないはず、ですか……あなたは本気でそんな戯言をほざいているのですね。」

「………」


 もう一度記憶を辿るが男には心当たりはなかった。

 男は黙ったまま、アリアの方を見続ける。


「ここまで来たのは、他でもない。私の無二の親友レイラのため……あなたはここへ来る途中、私の逆鱗に触れてしまった。これを聞いてまだ分からないとを戯言をほざくつもりですか。白々しいとはまさにこのことですね。あなたは……あなたは………私の親友を……」


 アリアは握り締めた拳を更に握りしめる。

 アリアの頭の中には木に寄り添うようにして硬くなったレイラの姿を浮かぶ。

 今の今まで堪えて来た涙だったが、限界を迎え頬を伝い止めどなくあふれ出していた。


「殺したではありませんか?」


 辺りが一瞬静寂と化す。


「彼女は、私に想いを託しました。だから……だか、らこそ………あなたとは決着をつけなくてはいけない。戦いの火蓋はもう切られているんですよ。すでに、彼女が命をとしたその瞬間から………」


 声は反響し、何もない洞窟の中に響き渡った。

 アリアの体は仕切りに小刻み震え、理性の欠片も頭の中に残っていなかった。


 男は、固唾を呑む。

 人との出会いは一度きりで、会ったら最後二度と合間見えることはないと思っていた彼にとって、人の死に執着する彼女の姿は、ある種の新鮮味に似たもの映った。


「殺されることが生きる者としての定めだというのなら、私はそれに対して武力を行使してでもそれを否定する。彼女を慕っていた私にとって、レイラは掛け替えのない友だった……」

「それは気の毒なことをした。しかしそれはあまりにも一方過ぎる見解だ。命を懸けてお互い戦っている以上、どちらかがあるいはどちらもが最期を迎えるというのは運命だ」

「ええ、あなたの言い分は最もなことです。戦っている以上、しょうがないことなのかもしれません。ですが、それに対する憎しみもそのはず。殺した者には必ず周りに人がいて、中には私のような友人もいるのですから、それも背負わなければならない義務というのもあるはずです」


 男は唖然としながら、アリアの言い分を聞く。


「それはあまりにも行き過ぎた話だ。それでは一人に対し集団単位で相手にしなければならないことになる。理不尽にも甚だしいところだ」

『人が死んでいるのですから………』


 アリアは小さな声で、そう呟く。

 アリアとて、それは承知の沙汰だった。

 人は生きるために何かを殺して生きているのだ。

 それが人に対象を移したところで、あまり変わりのない。

 だが、それでもその事実を容易に踏ん切りつけて前に進んでいけるほど彼女は純情ではなかった。

 人を失うほど辛いものはこの世にはそうない。

 親を失ったアリアはそのことを、よく分かっている。

 まだ自分に対する憎悪を忘れたわけではない。

 いつか償わなければと、そう考えていた。


 するとそんな時だった。


「ならば、力で証明してみせろ」


 アリアはふと俯いた顔を上げた。

 するとそこには禍々しいほどの殺気を放つ男の姿が映し出されていた。

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