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大罪の英雄伝説  作者: 白鷺 朱鷺
序章 白騎士編 Ⅰ
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街燃えるⅢ

 

 全身を赤黒い羽毛で覆われたドラゴン_____


 黒いドラゴンは街に突如舞い降りるや、街を手当たり次第に破壊していった。

 以前、安泰の地として栄えた街の面影は風に舞う砂塵のようにあっさり過去の産物と化してしまい、

 キーナーヒーテ街といえば周りを険しい山脈で囲まれた盆地に位置する昔から戦争とは無縁のユートピアとして知られていた街だったが、現在は見る影もなく赤い業火に包まれていた地獄図と化していた。


 森の景観に溶け込むような木造建築の建物は黒く焼け焦げ空には無数の黒い煤が舞い上がらせ、バロック時代を感じさせる石造建築の建物は屋根が抜け落ち、荒い断面が剥き出している支柱の周りに大きな瓦礫が埋めき合っている。

 赤い炎は人を燃やし、家具を燃やし、家を燃やし、ありとあらゆるものを燃やし尽くしていった。

 その光景はまさに、絶望といっても過言ではなかった。


 壁という壁には赤い血痕、地面にもそれらはまき散らされていた。


 ドラゴンの息吹ーー まるで突風に煽られる新聞紙のように人を宙に舞い上がらせる。

 そして舞い上がるや、辺り一帯に赤い血飛沫をまき散らす。人の体は無残にも空中で引き裂かれ、肉片はいたるところに分散する。


 おおむね、焼死よりも体を強打したことによる即死の方が主な人の死因だった。

 地面にはむぞうむぞうと人の死体が散乱しそれは見るものすべてに嗚咽感を与えていった。


 ここは絶望の底にある戦場であった。


 クローアース協会はこの事態に対して街全土に緊急招集をかけた。

 予期せぬこととはいえ、その対応は迅速に行われ、

 いま協会の広場にはこれでもかと言わんばかりに群衆が詰め寄せていた。


 しかし皆、どの顔も沈んで暗い。そこにはもはや活気はなく、ただ巨大な不安と恐怖にうちひしめかれた絶望しか他なかった。

 この場に多くの者たちが集まりつつあるが、その多くはどこか体の一部を負傷している。

 ある者は片腕を、ある者は片足を。

 包帯を巻いている人の数はざっと千をゆうに超しており、

 その事実は戦場の恐ろしさを物語っていた。


「生きていたか」


 一人の男ーーシルメン・ピアス。

 少し前に居酒屋にいた中年男の飲み仲間である。


 ピアスはさしあたって無傷な様子で、今まで暗くしていた顔に笑みを浮かべながら中年男に歩み寄った。


「ああ、ピアス。どうやら悪運だけは強いようだ」


 そういって、中年男--クライスト・ロードも同僚の無事にひとまず笑って応えてみせる。

 ロードも五体満足、無事ここまでたどり着いていた。


「そりゃ、よかったぜ。それよりこれがお前の言っていた、アレ、なのか」


 ピアスはそういいながら、視線を南の方角へと向ける。


 そこには傷の手当てを受ける負傷者たちの姿。

 全員ドラゴンによって被害を被った者たちがいた。


「ああ、おそらく・・・」


 ロードはその場所に目を流さず、小さな声でそう応える。

 ロードの心の中には、ある種、罪悪感のようなもので満たされていた。


 事態がどういったものであるのか、知る由はなかったとはいえ、ロードは惨事を予期することができる術を持ち合わせていたのだ。


 イクスパリア。


 ロードの特殊能力がそうである。

 もしただならぬ悪寒をだれか伝えるべき人に伝えていたなら、こんなことにはならなかったかもしれなかった。


「気落ちするな。こんなの事前に防げる規模じゃねぇ」

「だが・・・俺は・・・」

「おいおい、考えるのはよせよ。考えるだけ無駄ってもんさ。

 今は、起こったことに対する自責じゃない。考えるべきはこれから先にあるだろうが」


 ピアスはそういいながら、気落ちするロードの肩を持つ。

 しかし活気づけるためのその手はわずかながら震えを伴っていた。


 確かにピアスの云うように今すべきことは起きてしまったという後悔ではない。

 こうして二人がずべこべ言っている間にも、戦火は拡大していた。

 ロードはそのことを考えると、ピアスの言うことに一理あると納得するのだった。


「注目!!!! 」


 その時だった。

 場を一新するかのような高らかな声が誠意弱な広場に響き渡る。

 声の主はクローアース協会支部長レイア・クロスフィード。


 ロードは痛みの残る胸に手を当てながらも、顔を上げる。

 壇上には凛々しい姿で立つ女騎士がいた。


「この場に集まってくれた諸君、まずは急な招集に応じてくれたことに感謝する」


 レイアそう言うと、軽くその場で一礼する。

 しかし彼女の後ろに一列に並んで立っている数人の騎士は、彼女とは別にどこか冷めたような眼差しで群衆に視線を向かわせていた。

 ロードはその光景に少し疑問を持つ。


「皆知っての通り、いまここキーナヒーテは窮地に立たされているといって過言ではない。

 ここから数フィル離れた場所では、今なお戦火が広がっている。

 言うまでもないが、今回緊急招集をかけたのは、他でもない、君たち戦士の力を我々に貸してほしいからだ」


 レイアはそういうと天に向け、高らかに拳を掲げる。

 その手には国の象徴であるセカルトの花の入った国旗が掴まれていた。セカルトの花は『栄光』を意味する。それはよく戦いの場で用いられることが多く、特に苦戦を強いられるような際には必ずと言っていいほど用いられるものだ。


「これ以上、奴の好きにはさせるな。

 我らは誇り高き戦士たちだ、どんな敵だろうとなにも臆することはない。

 我らはかの英雄の加護を受けしものたちではないか。そう、我々はどんな局面に立たされようともその加護のもとで幾度も乗り越えてきたではないか。

 我々には誇りがある。それは勝利という二文字に尽きる。

 相手はたかが竜一体、しかれどその竜一体に苦戦を強いられている。だが案ずることはない。この場には果敢に戦おうとする戦士が隣にいるではないか!!!

 勝利あれ!! この聖戦に!! 

 栄光あれ!!我ら誇り高きレガシーの戦士たちよ!!今こそ、力を振るう時である!!

 そう、今こそ自らを奮い立たせるときなのである!!!」


 するとその声に呼応するかのように聴衆の中から次々と歓声が沸き起こる。

 声の波は次第に大きくなっていき、最終的には胸の中を震わせるほどにまで至った。


「おお、すっごいねぇ。これが噂に名高い、お偉いさんたちの迫真の演技・・・まさにお家芸だぜ」


 すると周りとは別にロードの横でレイラの迫真の演説を聞いていたピアスはそれとは裏腹に内に控えていた愚痴を零す。


「どういうことだ、ピアス」


 ピアスの発言の真意を理解できなかったロードは改めて、その理由について聞き直した。ピアスはロードの発言に少し目を丸くしながら驚いたが、ふと我に返りロードがここへ来たてのほやほや新兵であることを思い出すと、納得の表情を顔に浮かべた。


「どういうことって、お前しらないのか。つってもまぁ、新米だからしょうがないか」


 ピアスはそういうと耳を貸せと言って口に手を口に当て、ロードの耳元へと近づける。

 ロードは不審に思いながらもとりあえず従うままに耳をピアスのもとへと近づけた。


「いいか、よく聞けよ。まず壇上にいる騎士の後ろを見てみろ、さりげなくだぞ、さりげなく。間違ってもそこにいる奴とは誰も目を合わせるな」


 ロードは言われるがまま、視線をそっとその方角へと向かわせる。するとそこには何やらきらきらと光る物を身に着けた人達が美しい女性たちを連れて忙しそうに扉の向こうへと姿を忍ばせている光景があった。

 最初は何を意味するのか分からなかったロードも、次第に考えを巡らせるにつれその意味を理解した。

 キラキラと光る物を付けているのは貴族で、美人と連れ添っている姿からして逃亡を図ろうとしているのだ。その先には馬車が設けられており、それに乗車して街をすぐに離れようとしているのだろう。

 それは子供にでもわかる簡単な筋書きだった。


「あっ」


 そのことに気が付いたロードは思わず口から声を出してしまう。 


「バカ、声がでけーよ」


 ピアスはそういうとすぐにそれとなく周りを気にする。それは近くに工作員が潜んでいないか調べるためだった。もし自分たちを見て不審な行動をする人がいればそれは工作員である可能性が高く、下手をすれば危害が及ぶ可能性があった。


 しかし二人をそういう目で見る人は見た限り存在せず、どうやらその線は気にしなくてもよさそうだった。

 ほっと安堵するや、ピアスは話を続けた。


「お前も気づいたと思うが、上のやつらは端から俺らがこの戦いを勝てるとは思っていない。ならばあえて俺らに戦わせようとさせるのは他でもなく、逃亡までの時間稼ぎだろうな」


 ロードはあの冷ややかな目をする騎士たちを思い返し、それはそのことに対してのものだったのかと得心を持った。あの目は滑稽にも時間稼ぎとしかみなされていない、まるで人をあざ笑うかのような目だったのだ。


「だからといってあいつらの口車に乗る必要もねえだろ。気をうかがって俺らも逃げるってのが俺の案だがどうだ」


 ロードはそのピアスの案に軽くうなずいて、見せる。たしかにやつらの口車に乗る必要性はみじんも感じられなかった。

 乗るくらいなら、それとは裏腹な別の行動をとる方が賢明といものだ。


 しかし心の中ではそれとは違った考えが芽生え始めていた。


 ーーでも、本当にこの街を救う手段は皆無なのだろうか??


 戦いへの喝さいが辺りに鳴り響く中、静かにロードはそのことを考えるのだった。

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