大罪の英雄
待ちきれず、ちょっと息抜きがてらに異世界の作品を書いてしまいました。f^_^;)
力は正義ではない。
幼いころの僕は『力』こそが正義,だと思っていた。
『力』とは『正義』であり、また『正義』とは『力』。
* 『力』=『正義』
必要十分条件がその間には出来上がっていた。
今思えば、絵本に出てくるヒーローの影響が大きかったのかもしれない。
なにせ物語に出てくるヒーローは必ずといっていいほど、他者よりも巨大な力を持っていたのだ。 悪者がどれだけ仲間を増やして襲撃してこようともその力の前では意味をなさない。決まって危機的な窮地だろうと、いとも簡単に解決してしまう。
それが物語の中のヒーロー、力だった。
そしてそれは時として見る者、また聞くものを魅了させていく。
魅了された者たちの中に自分も含まれていた。
たとえそれが意図的に確約された物語の設定、作者の恣意的な思惑によるものだとしても、そこにはロマンがあり、また自分もこうでありたいと思う底知れぬ魅力があった。
だから少年の自分もまた、周りと同じようにただ単純にヒーローに対して憧憬の眼差しを向かわせたのである。
『力』はヒーローのシンボル。
ヒーローは『力』があるからこそ悪い奴を倒し正義を掴みえる……
しかし現実と物語の世界とは違った。
力を持つ者が跳梁跋扈していたのである。
今思うと、それに早く気が付かなかったことが自分の失態だった。
もし早くそのことに気付いれば、このような惨事にまで発展することはなかっただろうに……
*_____☆★_____*
ⅰ .燃え行く王都 ザグドレアス
赤い炎が黒い煤を高らかに舞い上げながら王都は燃えていく。
赤々と炎に包まれる光景が城の最上階に位置する精霊の間、横幅10メートルのステンドガラスいっぱいに広がっていた。今起こっているこの惨事はこの国の催しではなく、国民が国王に対して反旗を翻したがゆえに起こった、反乱ゆえの暴動であった。
王都ザグドレアスは今、国民の大規模な民衆による暴動によって国王体制は崩壊の危機に陥っていた。城の最上階から見える炎の海と化した都市の町並みが何よりもそのことを物語っており、それらはすべて国王の民を虐げる悪政に対する不満そのものだ。
豪勢な建物は原型を残さず炎によって黒く焼け焦げ、近くでは多くの兵士と民とが以前お互いの命を懸け、死闘を繰り広げている。
道という道には数え切れないほどの夥しい死体が路上に横たわり、戦場の苛烈さはまるで火が引火した旗のように燃え広がっていく。
「僕はもう・・・ここまでのようだ」
シュラクは拳を強く握りしめながら、小さな声でそう呟いた。
シュラクの潤んだ瞳の中には赤い炎が揺れている。右こぶしには剣の柄が握られているが、その剣先にはステンドガラスに映る街並のように赤々とした滴がぽたぽたと石床に滴り落ちていた。
すぐ横には、動かない肉の塊が横たわっている。
静寂と化す城内の最上階の一室、精霊の間。ここは王族とゆかりのある者しか立ち入ることさえ許されぬ神聖な場所だった。
装飾など趣向を凝らした建築の造りははまさに国の栄華、権力を象徴しており、このような場所に入ることが許されるということはすなわち国の中枢になるということでもあった。
シュラクはそのような場所で剣を持ちガラス越しに見える光景を静かに眺めていた。
神聖な場では王族以外、武器の所持は認められてない。
「シュラク様…………」
片膝を地につけていた女騎士が、彼の名を口ずさむ。
彼女は寂し気なシュラクの後ろ姿を見て、胸を痛めずにはいられなかった。
何かしようと思うもまず語り掛ける言葉すら見つからない。何を語り掛けたとしても、今の彼の胸中に抱いている悲しみを和らげることはできないだろう。
そう考えると、振り上げようとした彼女の腕も途中で動きを止めてしまう。
何もシュラクに対してできない。その事実は更に女騎士の胸の疼きに拍車をかけていく。
しかしそれでも何かを言わなければ状況は変わらない。女騎士は胸のあたりにそっと手を添えると、次に頭を下げ始めた。
「まだ、我らキャバリアの八騎士が残っております。命令して下さい、シュラク様。我らの忠義、最後まで貴方の元にある所存でございます」
しかしそれを聞いてもなお、シュラクの意思は変わらなかった。
シュラクの目を赤々と燃える街へと注がれたままで、炎の中に想いを込め沈黙を続け悲しみに浸り続けている。
「ありがとう、アレリアル・セルツェ・フェイト・・・でも・・・もう、いいんです」
「ですがしかし・・・」
「フェイト・・・」
シュラクはその先から出るであろうフェイトの言葉を、制する。
フェイトの言おうとしていることがなんであるか、シュラクには分かっていた。
だが分かっていてなお、フェイトの言葉に従わずそのまま沈黙を続ける。
涙を堪えながらも熱い眼差しを白い背中にフェイトは向けた。
もちろんその瞳の中にはただならぬ彼女の意思が込められている。
しかしシュラクは、それには応えなかった。
後ろを振り返りフェイトと目が合うや首を横に振り、口を噤んだままそれ以上言葉を交えない。
すると今度は別のキャバリアがまたしてシュラクに声をかける。
今度は男騎士だった。
戦いの跡が所々に見受けられる白銀の鎧。露出する部分からはガッチリとした筋肉が見て取れ、その強靭な肉体は強者の貫禄ばかりでなく漢の貫禄までも漂わせていた。
「シュラク様。私グレイ・ファン・ボルティカッツェも、フェイトと同じ所存でございます」
ボルティカッツェはフェイトの横に近寄ると、右手に持っていた銀色に光る槍を地面に横たえる。
右膝を地面につけると、シュラクの方に黄色い瞳を向かわせ、今の今まで固く縛っていた口を開いた。
「この八騎士が一人、ボルティカッツェも右に同じく、最後まであなた様の忠義を果たすつもりでここにおります。ですから、もう一度よくお考え直しください。あなた様はこの国を統べる王にまさしくないお方なのでございます。そしてこの国を変えるための最後の砦であり最後の希望。シュラク様の輝かしい光はこの国に永遠の平安を富をもたらすことでしょう。そして我ら八騎士はそれを確信したがために、今まであなたのもとで命を張らせていただいたのです。ですからシュラク様なしの我らはどうしてキャバリアと言われましょう。キャバリアの意義はシュラク様あってのものでございます。ですゆえ、なにとぞお考えお直し下さい」
シュラクは、この国の王族であり、第二王子と雖も列記とした王位継承者。そしてこの国の随一の名のある騎士だった。その名は隣接する周辺諸国どころか遠く離れた他国にまでも噂が耳に入っているほどのものだ。彼が今までにしてきた行いだけでも何十冊の伝記が描けてしまう。しかしシュラクはその才と名に溺れることはなく、謙遜する心を常に忘れずまた人を大事に思うよき人物でもあった。そのため彼を慕う人は多く、その中でもキャバリアの人たちは特に彼を慕い続けてきた者たちの集まりだった。ボルティカッツェはそのキャバリアの中でも年配者で、シュラクとは幼いころから知っている間柄だ。彼に剣の腕を教えたのものボルティカッツェの賜物である。
するとシュラクは白いマントを翻しながら、後ろを振り返る。
シュラクの向く先には戦火で赤く包まれる景色が広がっており、そこから差し込む光は彼の顔を紅葉させた。
「ボルティカッツェ老師、私の心は今なお光を灯し続けております。ゆえに・・・」
だが、ボルティカッツェはただ俯いたまま動じず、それでもなお頭を下げ続けた。
強い決意の前に、決して自分の意見など聞き入れられもしないだろうことも彼には分かっていた。
だがそれでも、ボルティカッツェは愚行と理解してなお発言したのである。
それは彼のわがままでもあり、シュラクに対する彼なりの忠義、強い決意の表れでもあった。
ボルティカッツェにとってシュラクとは長い間共に戦ってきた背中を預けることのできるほどの戦友であり、キャバリアを統率する長、老骨を導く剣・・・
かけがえのない存在だった。
そのためボルティカッツェの心は常に憤りに悶え苦しんでいた。
横にいたフェイトも、そして後ろにいた残り6人も皆彼と気持ちは同じで、立っていたキャバリアもまたそれに追づいするかのように胸に手を当て、次々と地面に膝をつき頭を下げ始める。
シュラクはの前には、頭を下げ床に跪くキャバリアたちの姿。
それは見事な忠誠だった。
これほど部下に慕われる指揮官などいるものではない。さぞ誉れ高い人物なのだろう。
シュラクはそんな彼ら一人一人に、目を配る。
そこにはいつも困難をともにしてきた戦士たちが忠義を尽くしている。
シュラクは彼らに幾度も助けられてきた。
ふと蘇ってくる戦場の記憶に、今となっては親しみさえ覚える。悲しいはずの戦場もいま彼の目には懐かしさのような感情が芽生えていた。
ーー この場で頭を下げているキャバリア(彼ら)がいなければ、今こうして立っていることも叶わなかっただろう。
一つ深々と深呼吸をつくや、シュラクは重々しく口を開いた。
「僕はこの国を統べるためにここまでやってきたのか………断じて否だ。
この国の王になるためにここまでの犠牲を払ってきたのか……断じて否だ。
……僕の思いは常に同じだ。どうか最後の晴れ舞台を見守ってはくれないだろうか。今まで労苦を共にして来たのはこの時を迎えるためだ。
…それが今この日をもって成就されようとしている…もう他に思い残すことなど何もない」
あたりは再度静寂に包まれる。
それを聞いた八騎士は皆、沈黙続け、なお顔を俯け続けた。
彼らとてそれは重々承知しており、シュラクの言うように民主国家誕生を悲願に今まで多くの困難を乗り越えて来た。彼の言っていることはまさに夢にまで見た悲願そのものだった。
だがしかしそれでも………彼らにはそんな叶えられそうにもない夢を叶えてくれた英雄をみすみす見離すことなど出来なかった。
シュラクは背中を彼らに向け続ける。
窓から見える外の世界を瞳に焼き付けるように映す。
物音一つだにしない静寂な時間が、ゆらゆらと揺らめく暗い影をより一層際立たせた。
しばらくして、シュラクは白と金と青とで彩られた剣を鞘から抜いた。
金属音が物音に紛れ、鳴り響く。
煌びやかに輝きを放つ剣は目の前で、一つ二つ演舞する。
「皆さんの気持ちも分からなくはないです。
僕としても出来ることならキャバリア全員と最後までいたい。
だけど………革命後の責任。
誰がこの王家に終止符を打ちますか。
王のいる時代は確かにこの革命で終える。
だけどそれには相応の代償が必要になる。
これからは民一人一人が道を切り開いて行く。一人一人が築き上げる。
それがこれからの国のあるべき姿。
だからこそ、そこで責任をとらされ血を流すのは民ではない。
流すべきは王たる者、そうそれこそ今僕の最後に残った王家の定めなのです…… 」
するとそれに水を差すかのように、後ろに立っていたキャバリアの一人が口を開く。
「ですが、このままでは………反乱に乗じてカリアス殿がこのザグドレアスへと攻めてくるはずです。王都が反乱で戦場の炎に包まれている現状下、大勢の軍勢を率いてこちらに出兵することでしょう。そして最悪の場合、その軍勢には同盟国の近隣諸国までもが押し寄せてくるかもしれません。そうなれば…我らどころか彼ら民までもが命の危機に晒されます……今は戦乱を見守るのではなく、そちらのことも考えなければ…」
カリアスとはこの国の第一王子だった。
そしてこの王子もまた国王と同じく、悪行を重ねる悪童として知れ渡った人物だ。
「分かっている、プレアデス」
シュラクは彼の気持ちを宥めるように、言う。
「でしたら、早急にことを収拾させるためにも我キャバリアが戦闘に参戦するのが妥当かと…」
「いや、その必要はない」
その言葉を聞いた途端、この場にいたキャバリア全騎士が不信感に囚われる。
「なぜですか、シュラク様」
彼らキャバリアのうち、最も速くそれに疑念を抱いたのはフェイトだった。フェイト同様この場にいる者皆、シュラクの主旨を聞かずにはいられなかった。
するとシュラクは黄金の輝きを放つ剣を鞘へ収める。そして哀しげな目をしながら黒くなった手を見ると、
「私は既にここに来る途中、彼を殺したんだ」
静かにそして小さくそう告げた。
それを聞くいた一同、みな耳を疑う。よもやあの慈悲深く器の寛大な方が実の兄と父とを同じく葬り去ろうとは、どのキャバリアも全く思ってもいなかったことだった。
そしてそれと同時に、彼らはシュラクが今負っているだろうものの重さにも驚愕せざるにはいられなかった。彼は今、全ての罪を小さな翼で背追い込もうとしているのである。彼は全ての悪を一手に引き受けたのだ。これから受けることになるであろう後世の非難をも。
キャバリアたちは深く傷ついた。それは彼らがシュラクという人物がどんな人なのであるかを知っていたからでもあったが、彼をシュラクの代わりにしようと思っていたからでもあった。彼が死ねば、何もシュラクまで死ぬ必要はない。しかし彼がいない今となってはその最後の案もあっけなく水の泡となってしまい、もはや代案は他になくなってしまった。
シュラクは民のために自らの命を犠牲にして、王都に攻め込んだ。それは王族の汚点すべてを最後自分の手で終わらせようとしたからだった。
しかし彼が最後に迎える終焉は英雄としてこの地に立つことではなく、最も邪悪なともすれば魔王としてこの地から姿を消すこと。
つまりそれは彼が大罪人として死ぬということでもあった。
フェイトは沈黙のする周囲のなか、顔を手で隠す。その手のしたでは、頬を伝う冷たいものが流れていた。彼女はこれから彼が迎えるであろう最後が分かったのだ。
ボルティカッツェも下唇を強く噛みながら、自分の中に湧いてくる熱いものを抑えるので必死だった。噛んだ部分からは血が滲み出し、顔を隠す髪の奥では目をギュッと閉じシュラクの姿を瞼の裏に思い描く。
城の中は次第に騒がしさを増していった。またそれに伴い、地響きまでもがこの場に起こり始める。
シュラクは窓辺に映る城の中から立ち昇る黒煙をみながら__最後のキャバリアとしてのひと時を迎える。
「もう僕の役目はもう終わる………貴殿らは本当によく、だらしのない僕に今の今まで仕えてくれた。頼りなくてダメな騎士長だったが、ここまで辛抱してついてきてくれて本当に嬉しく思う。この場で一つ礼を言わせてほしい」
シュラクは小さな白い体を一本の真っ直ぐな棒にしながら、深々と彼らに頭を下げた。
それに伴いその場に立っていた騎士達もまたフェイトとボルティカッツェのように膝を地面につけ、再度頭を深々と下げる。
しかし、今にも胸の張り裂けそうなフェイトにとってその言葉はあまりにも過酷なものだった。そのため素直に彼の言葉を聞くことはできなかった。
「ですが、御身がこのような被害を被るのを黙って見過ごすことなど、どうして私には到底出来るましょうか」
その言葉のあと、次々とそれと同じ内容の言葉が相次いだ。皆、思いは同じだった。皆、シュラクにはまだ生きていて欲しかった。
また今年で17になる成人してもいない少年が負う責任はあまりにも大き過ぎるというもの。反乱成功の大きな功労者である彼がこの戦乱に自分の命をとして責任を負うというのはあまりにおかしなことだった。
しかし、そんな彼らの意を振り払うかのようにシュラクは足を進ませ始める。
足音はキャバリアの騎士の胸を深く刻みこまれていった。
「シュラク様、あなたはまだ……ま……だ………」
フェイトは顔がくしゃくしゃになってしまったせいで、それ以上何も言うことができない。ただ地面に顔をつけ、彼女は有りっ丈の涙を流す。
横にいたボルティカッツェは握った拳を地面に何度も叩きつけ、また残りの騎士は、足が地面に一体化したかのようにその場から動けない。
何もなすすべなく、黙ったまま俯く騎士たち。
シュラクは金色に染まる扉のドアノブを握ると、小さな声で何かを囁いた。そして彼らに背を向けたまま深い闇の中へと姿を消していった…
「未来を頼む・・・」
********
それから___しばらく時間が経過し………
シュラクは王として、その身を民衆の前にさらされた。
王としての最初で最後の一大事。
それは、大罪人として自身の生に終止符を打つこと。
それからのことは想像に任せるが、ある話によるとシュラクは裁判にかけられたのち、王都の外れにある断崖絶壁の上から身を落としたそうだ。
その執行日はシュラクの17歳の誕生日だったという………