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丹羽子抄  作者: 北風とのう
第二章 転生
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 あっと言う間に夏休みになった。せっかく中二の夏をやり直しているのに、毎日が虚しく過ぎて行く。彼の自宅を見に行こうか……っと毎朝思って、毎朝やめた。だってストーカーみたいだからね。私は別に裕也君に告白するとかじゃないんだ。ただ昔っから面倒を見てきたから、ちょっと話しかけたいだけなんだから。と自分に言い聞かせ続ける。


 やがて二学期が始まってしまう。また遠くから裕也の姿を見つけて一喜一憂する毎日……しかし間もなく、ついに会話の糸口を見つける。ある日、昼休みに遠くから彼の教室を見ていると、彼が楽譜を開いているのが見えた。見慣れたエディション・ピータースの若草色の表紙。つまりクラシックだ。生前の私の影響なのだと思う。彼はクラシック・ファンになっていたのだ。やった。これはいける。そして私はこのチャンスに思い切って話しかける事にした。


 彼の教室につかつかと入っていき、裕也の前で立ち止まる……、というイメージトレーニングを何百回もやってきた。子供の時にヴァイオリンのコンクールで舞台に出る前にやったように。でも、コンクールの舞台と中学の教室には違いがあった。


 彼の教室につかつかと入っていく。なるべく回りを見ないように。すると、そのクラスの女子が私の前に立ちはだかった。

「何?」その子がその二文字の言葉を発すると教室中の生徒が一斉に私の方を見る。

「ええと……あの」一瞬で頭に血が上って、頭の中が真っ白になる。あああ、舞台と違って教室には障害物が。

「ええと、ちょっと気になる事があって」

もう、変な答えしか思い浮かばない。しかし何とかその子を迂回して裕也の前にたどりつく……挙動不審だと思う、自分でも。


裕也は自分の席で楽譜を一心に読んでいたが、眼を上げて私を見た。懐かしいかわいい顔。色白で繊細そうでやさしそうな顔立ちを見て、それだけで無性にうれしくなる。


「それ何の楽譜?」

心臓がどきどきして張り裂けそうだ。教室中の生徒がじっと私を見ている。それはそうだろう。隣のクラスの女子が、何をやっているんだろう。

 私は完全に気が動転して何が何だかわからなくなっていたが、裕也の答えは私を助けるのに十分なものだった。

「ショスタコービッチのピアノソナタ一番だよ。知ってる?」

キター!私はわくわくする気持ちを見せないよう必死で抑え込み、

「ショスタコかあ。私はビオラソナタが好きだな」とぼそっと言ってみる。

「へえ。ショスタコ最後の曲だね。渋いなあ。そんな事を言う人がこの学校にいたんだ」さらに彼は続けた。

「ピアノソナタは最初期の曲でね。後でショスタコ自身が『あれは失敗作だ』と言ったらしい」彼の声はこんなにかっこよかったっけ?なんか他の生徒の視線を全く気にしないところがカッコイイなあ。ふふふ。

「へえ、そうなんだ。君、弾けるの?」

「今練習しているところ。これ難しいから」

「じゃあ、弾けるようになったら聞かせてね」

そう言って私は教室を後にした。今日のところはこれで十分。インパクトのある出会いで大成功だ。そのクラスの女子の視線が背中に突き刺さるのを感じたが、この会話なら誰も入って来れないだろう。ざまあみろ。


* *


 十月。この身体にも少しは体力をつけてスタイルにもさらに磨きをかけよう、と思って、親に「水泳を習いたい」と言ってみる。中学生の子として全く普通のお願いだと思ったんだけど、私の話を聞いた両親からは全く以外な反応が返ってきた。

両親はそろって私が水泳を習う事に大反対し、特に母の方はパニック状態になった。そして父が説明する。

「水音は覚えていないと思うけど、お前が三歳の時に川でおぼれた事があるんだよ。母さんは思い出したくないと思うが、この際だから、何があったかきちんと話しておこう。秩父の川だ。小さな渓流だったけど、意外に深くてね。私たちが目を離したすきに水音はいなくなっていた。流れにのまれたんだろう。それから必死になって探し、地元の人も出てきてあたりを探したんだけど、見つからなかった。相当下流に流されたか、あるいは川底の大きな石の裏にでも挟まっているか。

 二~三時間して、私たちはあきらめかけた。すごいショックで。お母さんはずっと泣いていたよ。それから消防団の人や警察の人がたくさん来て、ずっと下流まで何度も探した。翌日も、そのまた次の日も探したが全く見つからなかったんだ。もう遺体もあがらないかもしれないと思ったよ。

 しかし、三日目に元の溺れた場所で、石に足を挟まれて水中に沈んでいる姿が見つかったんだ。当然、亡くなっていると思ったし、遺体が水膨れになって相当ひどい状態になっている娘を見る事になるだろうと覚悟した。

 しかしすごく不思議な事に、水音を引き上げるとぜんぜん水膨れじゃなかったし、人工呼吸をしたら息を吹き返して意識が戻ったんだよ。これは奇跡だと思った。というか、考えられない事が起こったと全員が思ったと思う。普段、神様なんて信じていないけどこの時は私も母さんも本当に神様に感謝したね。

 だから、今回また飛行機事故でほとんどの人が亡くなったのに、水音が無傷で助かったのは、二回目の奇跡なんだよ。だから今は前の記憶が無いようだけど、私たちはそれを気にしない事にしたんだ。奇跡がまた起きたんだから。これからまた新しい親子関係を築いていけばいいんだよ」


* *


 さて裕也の事だが、とりあえず話しかける事はできたが、次にどうしたら二人だけの時間を作れるかを必死で考え続けた。しかしなんにもいい考えが浮かばない。

たまに決死の覚悟で彼の教室に入っていき、「ショスタコのピアノソナタを弾いてよ~」と言っても彼は嫌がった。う~ん、それではショスタコのピアノソナタをやるコンサートに誘うか。そう思って必死でコンサート情報を調べまくったのだが、それは全く見つからなかった。かなりマイナーな曲だから。せっかく糸口をつかんだのに、次につながらないよ。


 そして一週間ほど経った日に、クラスの女子、佐紀に言われる。

「水音、上条君を狙ってるの?ぜんぜん男子に関心が無かったのに、どうしちゃったの?」

「あのさぁ、上条君って友達いないみたいだね。いっつも一人だよ」

「えっ、知らないの?彼、留年したんだよ。身体が弱いみたいでさ、出席足りなかったんだって」

「えっ、そうなの?」

「それにいつも楽譜見てて話さないしさ。暗いじゃない。ああいうのがいいの?」

私はちょっと嬉しくなった。体が弱くて、趣味がクラシックで、留年して友達がいないってすごいチャンス。しかし次の瞬間、私は激しく落ち込む事になる。


「でも好きな人がいるみたいだよ」

「…………」

「上の学年の子が告ったら、そう言われたって」

「……」


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