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丹羽子抄  作者: 北風とのう
第一章 丹羽電子
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 そして東北大震災の時に、私はついに決心せざるを得ない状況になる。

その三日前、私は津波の夢を見た。そしてその夢にいつかの白蛇の化身の中学生が出てきて

「これは大事なことなので伝えにきました」と言った。


私はその事を社員に伝えようかどうか、さんざん悩んだが、ついに覚悟を決め、社長に電話をして岩手にある工場の操業を停止して社員を出社禁止にするように言った。社長はかなり抵抗したが、私が「自分の誕生日だから」と、赤面するような嘘を言うと、とりあえず私の言う事に従った。これを言って当たっても外れても、私は会長をやめるつもりだった。もうこれ以上、怪しげな能力で会社にかかわる事はできない。

 社員は前日に休業の知らせを聞いてとまどったが、大部分の社員がその時はかなりの過労状態だったので、とりあえずは私の提案を受け入れてくれた。


そして地震と津波。


 社員は全員無事だったが、残念ながらその家族や親類は行方不明になった方もいた。

もちろん、私が地震を予知して休業の指示を出したとは、誰も考えなかったが、地震の時に家族といられた事には、みな感謝してくれたようだ。ただ、社長だけは前日の私の電話を不思議に思ったようだ。だってその日は私の誕生日ではないのだから。

 そして、私は会長を辞め、休学していた音大に復学した。二十四歳になっていた。


 しかしその後私は激しい後悔の念にかられるようになる。あまりにも震災の被害が大きかったからだ。私は、世間に地震の予知を公表すべきではなかったか。たとえ誰も私の予知を信じなくても、地震が来た時の対応はもっと冷静だったのではないか、と。少なくとも社員には伝えれば、社員の身近な人の被害は防げたのではないか、と。日に日に落ち込むようになり、それは私のヴァイオリンの演奏にも現れた。多くの人から「深いね~」と言われるようになったが、本当は「暗いね~」と言いたかったんだと思う。


* *


 私は少しでも自分の後悔の念を紛らわそうと、募金活動を始めた。まず始めに、丹羽電子を上場して持ち株の売却益を寄付しようとしたのだが、これは丹羽電子の人たちが反対するのでやめた。

 そこで方針を変え、募金活動のターゲットを外国の金持ちとする。

まず、ストラディバリウスを競売にかけ、注目を集める事にした。もちろんストラドを手放すのは非常に残念だったが、私はプロではないし、他にも父が買ってくれた楽器も持っていたので。それにストラドを買ってくれたじいさんも既に亡くなっているので、もういいかと。


 オークションはロンドンで行われる事になったが、競売会社から私にある依頼があった。オークションの前の晩に、リサイタルで弾いてくれという。私はその当時はもう一晩のリサイタルを弾ききる力量が無くなっていたので、三十分だけなら、という事で引き受けた。まあ、それで少しでも値段が上がるならいいか、と簡単に思ったが、しかしこれは失敗だった。


 このオークションは震災復興のためで、売ったお金は全額を復興基金に寄付するという話が広がり、マスコミもそれを取り上げてくれた。だから前日の会場は満員で、テレビ局まで来ていた。

 私は得意なバッハを弾いたのだが、途中で震災の予言をしなかった事の後悔が頭をかすめる。それから次々に、母との別れ、父との別れ、丹羽電子での数々の思い出が走馬灯のように駆け巡り、あろう事か途中でポロポロと涙が流れてしまう。

 ここまで演奏者の感情が引き出されてくるのもストラドの実力なんだと思う。しかしこの歳になって、人前で涙を見せるとは思わなかったなあ。本当に恥ずかしい。テレビにも映っちゃったし。あと、ただでさえ私の音楽は暗くなっているというのに、これだけの事を考えて弾いていたら、とっても暗い音楽になっただろう。これでオークションの価格は上がらなくなったな。やっぱり誰かプロのヴァイオリニストに弾いてもらえばよかった、と非常に後悔した。


* *


 さて、オークション当日、私は会場の後ろで他の品物が次々と競り落とされるのをボーっと見ていた。そして、いよいよ最後に私のストラドが競りにかけられる。


 競りが始まると、昨夜の演奏の失敗があったにも関わらず、オークションは最初から加熱した。やがて私のストラドの目安だと言われた三億円を突破。その後もじわじわと値が上がり、最後は五億円で落札された。これなら満足。まとまった金額の寄付と言えるだろう。


 しかしこの時、落札者が思わぬ行動に出る。

落札者は氏名の公表を許可し、競りの舞台に登壇した。会場がざわつく。まだ若いアメリカ人。三十代の半ばだと思う、甘いマスクのイケメンだった。彼は、アメリカの経済界で注目されている新興企業の創業者にして、独身でプレイボーイとして有名だった。まあ、誰が買っても私には何の関係も無いのだ、と思った。…………彼の一言があるまでは。

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