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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

あと1人

作者: 輪舞曲

政府の緊急発表から半年。

当時はパニック状態だった国民も、今では普通に暮らしているように見える。

やれやれ、慣れというのは恐ろしいものだ。

最大の要因は政府がマスマディアを抑制したことにあるのだろう。

国民は情報を知る術を失くしたのだ。政府の思惑どおり現在、国の人口は激減している。


午後5時。

クリスマスイブの当日、街中は活気に満ち溢れていた。

赤と緑を基調に煌びやかな装飾が施された商店街。

有名なクリスマスソングが流れ続け、洋菓子店は露店を出しケーキを売っている。

そんな中、俺は1人ファーストフード店の2階にいた。

窓に面した席から下界を見下ろす。

ふと、カップルが目に入った。

露店でケーキを買うと2人は微笑み合い、中睦まじそうに手を繋いで歩いていく。

こんな世の中でも幸せな光景はあるものだ。


プルルル プルルル


「もしもし?」

「裕也、今どこにいるの?今日も帰ってこないつもり?あんた一体どこで何をやっているのよ」


携帯電話の向こうから母の声が聞こえる。


「あんたに言われたくないね」


一方的に電話を切ると、マナーモードにして上着のポケットへ雑に押し込んだ。

下界に視線を戻すと、露店の前では父親らしき男が子供にリボンの付いた箱を手渡していた。

どうやらまた1つケーキが売れたらしい。

隣にいる母親らしき女が頭を撫でると、子供は嬉しそう笑っていた。

羨ましい。一瞬でもそう思ってしまった自分に腹が立ち、「ちっ」と舌打ちをした。


母が変わったのは父が死んでしまってからだ。

見た目は派手になり、深夜に外出することが多くなった。


”新しい男ができたに違いない”


そう確信してからは自然に母を避けるようになっていた。

イライラしてテーブルの上をドンッと叩いた。ふと優しかった父さんの顔が頭に浮かんだ。

我に返り周りを見渡すと、近くのサラリーマン風の男が驚いたようにこちらを見ていた。


ブー ブー


上着のポケットに入れた携帯が振動している。

鬱陶しい。電源を切ろうとしたが、画面に出ている名前を見てやめた。


「あっ、裕也?久しぶり。ごめん、今大丈夫?」


浅野翔子―――俺の彼女であり、この世の中で1番大切な人だ。


「あ、ああ・・・少しなら」

「そう良かった。あれ?今日もバイト?」

「そうだよ。今ちょうど休憩中。相変わらず忙しくてさ・・・」


あの法律ができてから俺の人生は変わってしまった。

平穏な生活は一変し、何度も死を考えるようになった。


「ねぇ、大丈夫?なんか元気ないみたい。ちゃんと食べてるの?」

「大丈夫だよ。少し疲れてるだけだから。それより何か用事でもあった?」


翔子はそんな俺をずっと傍で支えてくれた。

悲しいときは一緒に泣いてくれたし、励ましてもくれた。

彼女と一緒にいるときだけは心が安らいだ。


「用事というか・・・ただ、イブの日くらい会えるかなって・・・」

「・・・・・」

「あ、でも忙しいなら仕方ないよね・・・」

「翔子・・・」


俺が今こうして生きていられるのは、翔子がこの世にいるからだ。

決して大袈裟ではない。


「今日バイトが終わってからでもいいか?」

「え?」

「長い間待たせてごめんな。今夜にでも会おう。バイトが終わったら連絡するよ」

「ほんと!?」

「ああ、それにこれからはずっと一緒にいられる。残りあと1・・」


言いかけた言葉を飲み込むと、慌てて電話を切った。そのまま電源も落とした。


「翔子・・・ごめん。もうすぐだから・・・」


そうだ。今の俺に翔子と長電話をする余裕はない。なぜなら


あと1人で全てが終わる―――――――――――



あの日のことは今でも鮮明に覚えている。

半年前、家でテレビを見ていたときだった。

突然映像が切り替わり、画面に政府の人間が現れ、いきなりこう話し始めたのだ。


「突然ではございますが、この場を借りて政府から国民の皆様にご報告がございます。

今からその内容を解りやすいようにご説明させて頂きます。どうか聞き漏らしのないようご視聴の程、よろしくお願い致します」


なんだこれ?報告?


「この度、憲法改正に伴い、新たな刑法が追加されました。皆様がご承知の通り、これまでの刑法で殺人は犯罪です。これからもそれに変わりはございません。しかし・・・」


”殺害した人数が100人を超えた場合にのみ特例で無罪とする”


「これが、今回新たに追加された刑法です」


今コイツは何と言った?

考える間もなく話は続いた。


「この法令を施行するに辺り、いくつか問題点がございます。

まず1つ目。それだけの人数を殺害した場合、遺族による復讐の恐れ、バッシング行為等。

無罪にも関わらず該当者に危険が及ぶ場合が予想されます。

その点は、安全確保の為、国が用意した護衛を付けさせて頂きます。

2つ目。同じく100人を殺害後、ストレスによる精神異常等。

生活に大きな支障がでる場合が予想されます。その点につきましてもご安心下さい。

生活費や税金等、金銭に関する問題は全て国が負担させて頂きます。

この2つ以外にも様々な問題が予想されますが、全て国が責任を持って対応させて頂きます。


またこの刑法の追加により、変更若しくは追加となった法令もございます。

この場では国民の皆様に直接関わりのあるものだけをご説明させて頂きます。

まず、殺人事件において、警察による犯人逮捕は、自首及び現行犯逮捕のみとします。

また警察によるそれ以外での犯人捜査についても固く禁止することが決定しております。

しかし、自首、現行犯逮捕された場合については無条件で死刑となりますので、充分にお気をつけ下さい。

次に、マスメディアによる容疑者、犯人報道を禁じます。

その他、政府が不適切と判断した情報については報道を制限します。

一般人による口コミ、タレコミ等も何らかの処罰があるとお考え下さい。


これら全てを踏まえた上で、国民の皆様には大事なルールを守って頂きます。


まず国から全国民に携帯電話を支給致します。

殺人を犯した際は、その携帯電話から速やかに政府の特別機関まで御連絡下さい。

死亡確認及び遺体処理をさせて頂きます。

この連絡は殺人を犯すごとに必ずして頂かないと、カウントの対象になりませんのでお気をつけ下さい。

またそれらの情報に関しましては、政府が厳重に管理させて頂きます。

情報漏洩の心配は皆無です。ご安心下さい。

説明は以上になります。

我が国の人口は異常な増加傾向にある為、このままでは明るい未来は望めません。その為の処置とお考え下さい」


は?終わり?


「また詳しい内容につきましては、政府のホームページからでもご閲覧頂けます。最後になりましたが、殺人は犯罪です。皆様、よく考えて行動しましょう」


・・・・支離滅裂だ。


こんなの嘘に決まっている。そう思っていた。

だが、数日後、あの話は真実なのだと分かった。

100人を殺害し、無罪になったという男がテレビに出演していたのだ。

その姿はまるで、スポーツ選手がヒーローインタビューを受けているかのようだった。

沢山のライトに照らされたその男の顔には満面の笑みが浮かんでいた。

さらには国から表彰までされたという。

信じられないが、これはすべて現実なのだ。


「裕也、お前は間違えるな。俺は絶対に殺人を正当化しない」

父さんが力強く言ったこの言葉は、戸惑いの中にいた俺を安心させてくれた。


国民が徐々に洗脳される中、父は政府と戦った。

毎日のように抗議の手紙を送り、街中では署名活動をして、国会議事堂に一人で乗り込もうとしたときもあった。

そんな父を俺は誇りに思い、尊敬していた。それなのに・・・

この法律ができてから2ヵ月後。父は死んだ。

死因は胸を刺されたことによる失血死。明らかに他殺だった。

現在も犯人は捕まっていない。捜査のできない警察なんてあてになるわけもなかった。

自分の力で犯人を見つけようにも、情報がなければ、なにもできない。

俺は身をもってこの法律の意味を知り、世の中に絶望した―――――


次第に俺の感情は薄れていった。

道端に死体が転がっていても驚かなくなり、この法律すらどうでもいいと思うようになっていた。

そんな絶望の底にいた俺を救ってくれたのが翔子だ。

彼女に支えられ、徐々にではあるが俺は立ち直りかけていた。


だがその矢先、俺は事件に巻き込まれる。

その頃は母と喧嘩して家を飛び出すのが恒例になっていた。

いつものように外に出ると、その日は大雨だった。

特に行く宛てもなく、とりあえず雨に濡れない場所を探していた。

その時、突然目の前にナイフを持った男が現れたのだ。見たこともない男だ。

”殺される”咄嗟にそう感じたのと同時に、なぜか”殺されてもいい”とも思った。


しかし揉み合った末に死んだのはその男の方だった。俺はこの手で人を殺してしまったのだ。

自首は考えなかった。それよりいっそこのまま死んでしまえば楽になれる。そう思い、男の胸からナイフを抜き自分に向けたときだ。

悪魔が俺に囁いた。父さんの顔は浮かばなかった―――――


それからは毎日、人を殺した。罪悪感など微塵もなかった。

「これからバイトで忙しくなるからしばらく会えそうにない」

翔子にはそれだけ伝え、自分からは一切連絡を取らなかった。

でも、もうすぐ翔子に会える。明日からはずっと一緒に居られる。

明日から俺は幸せな生活を手に入れるのだ。

夜が待ち遠しい。早く夜になれ。


実を言うと、最後の1人は母にすることも考えた。でもそれはやめた。

あんな奴でも父さんが愛した人なのだ。


午後7時。

日が完全に落ちると俺は外に出た。

冬だから暗くなるのは早いものの、街中はまだ人が多い。

人通りの少ない路地裏に移動し、物陰に身を潜める。

ポケットに入れてあるナイフを確認する。

よし。あと1人だ・・・


午後9時。

ターゲットが見つからない。

クリスマスイブのせいだろうか。目にするのはカップルばかり。殺すのはあと一人でいいのだ。

何度かコンビニに入り、暖を取ってからまた路地裏に戻ってくるが、いいターゲットが見つからない。

このままでは・・・

焦る気持ちからか、ポケットの中でナイフを握る手は汗で湿っていた。

深呼吸をし、ふと夜空を見上げてみる。星がいつもより輝いているように見えた。

そういえば幼い頃、よく父さんに肩車をされ星空を眺めていたっけ。

今の俺を見て、父さんはどう思うのだろうか。


プルルル プルルル


「!!!」


鳴ったのは俺の携帯ではない。


「もしもし?おお、亮太か?」


来た!!

ターゲットは見ず知らずの中年の男。

自然とナイフを握る手に力が入った。

静かに後を付け機会を窺う。

男は電話に夢中のようで、まったく気付かれていない。

今がチャンスだ。

少し近づくと会話の内容が聞こえてきた。どうやら相手は子供のようである。


「すまんすまん、もう家の近くだ。ん?母さんのプレゼント?もちろん買ってきたさ。選ぶのに時間が掛かってしまってね。それより母さんには内緒だぞ」


嬉しそうに話す男。少しだけ気持ちが揺れ動くのを感じた。

しかし、後戻りはできない。

真後ろまで近づき、ポケットからナイフを取り出す。


「すまない」


小さく呟くと、ナイフを振り上げ背中を思いっきり刺した。

男の手からリボンの付いた袋が地面に落ちる。

ナイフを抜き、急いで正面に回りこむと心臓を目掛けてもう一度刺す。

やがて男は倒れこみ、ピクリとも動かなくなった。


「はあ・・・はあ・・・」


終わった・・・

俺は・・・

遂に100人を・・・


我に返り、急いでもう1台の携帯から政府に連絡をする。

今から死亡確認をするという。


「それではお疲れ様でした」


最後の言葉を聞き終えると電話を切った。


これで全てが終わったのだ―――――


もう1つの携帯の電源を入れると、翔子からメールが着ていた。


[待ちきれないから、裕也の家で待ってるね]


メールを見た瞬間、俺は走り出していた。

翔子が家で待っている。

それだけで俺の足は自然に動いていた。

足が軽く感じる。

全てが終わったからだろうか。


午後10時。

家に到着した俺を出迎えたのは母だった。


「あら、おかえり。翔子ちゃんなら裕也の部屋で寝ちゃったわよ。ずっと待ってたのに」


母を無視して翔子がいる自分の部屋へ向かった。


ようやく会える。


部屋の扉を開けると、彼女はベッドの上で眠っていた。

綺麗な寝顔で寝息も立てずに。

いつもの翔子だ。


只1つを除いては―――――



翔子の頭はパックリと割れていた。


だが、それに気付いたときにはもう遅かった。

背中に今まで味わったことのない痛みを感じる。


「うぅ・・・」


薄れゆく意識の中で母の言葉が聞こえてきた。


「父さんを殺したのは私よ。別れ話の縺れでね。100人まで残り2人だったの。悪く思わないでね」


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