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白砂踏みしめ君想ふ

作者: M.S.のーむ

3年前でしたか電撃文庫のネットから応募できるコンペ用に書いた短編小説を手直ししたものです。恋愛小説。


早く大好きだけどちょっぴりしんみりした夏にならないかなぁ……。

 またこの季節がやってきた。夏が近くなったこの時期毎年のように私は祖母の経営する海の家を開ける手伝いをする。はじめは祖母を助けたいという思いから始めたこの仕事だったが、今では明らかに違っていた。去年までは君に会うため、今年からは君への思いと消えない思いを確かめるため。

 もう会えないとわかっていてもまた会いたいよ、ゆうくん。

 

 ゆうくんに出会ったのは初めて海の家を開ける手伝いをした時だった。ひとしきりの準備が終わりひと休みしようと、海風が染み込んだベンチに座ったとき君はそこにいた。麦わら帽子を被った少年。こちらには気づかない様子でベンチに座っている。どこか人とは違う浮世離れした感じを全身から発していた。そんな君の姿に私はひとめぼれだった。家族に向けた愛情とも友に向ける友愛とも異なる初めての感情。私はこの少年ともっと仲良くなりたい、全てを知りたいという気持ちから自分から話しかけた。

 君はどうしてここにいるの、最初の言葉はこうだった。対して君はこう答えたよね。

「僕の人生は始まりの途中で閉ざされたんだ。きっと、まだ人生に未練があったからこそ、ここに存在することを許されたのだと思う」

 返事の意味はわからなかった、けれど確信した。この人は私の人生の鍵となると。それからは毎年この時期になると海の家で手伝いをする傍ら、君と会っていた。一緒にいる時間長くなってもなぜか自分のことを語ろうとしなかった君。いつも私の方が話していた。君はずっと黙って、聞いていた。夏が終わる時期、私たちは毎年別れた。

 去年のこと今日でお別れというその日、君は私を誰もいなくなった砂浜に誘った。大切な話があるからといって。呼ばれて行ったそこには一人ゆうくんが立っていた。私に気づいた君は呼びかけた。

「僕が消える最後にやるべきことがあるんだ」

 最後という言葉に疑問を持ったけれど何もいい返さなかった。いや、いい返せなかったのだ。それほど彼の顔からは真剣な思いが伝わってきていた。

 私の方を向くと君は歌い出した。月夜にどこまでも響くその歌声は心から震わせた。悲しみが躰を巡る。ふと気づくと目の前に雫が落ちていった。

 歌が佳境に入りだんだんと速く唸るように聞こえる。その瞬間私から暗闇を照らしながら光の珠が飛び立った。それはしばらく私達のまわりを舞った後、空へ高く高く上がっていった。君は空に向かって見えなくなるまで手を振っていた。

 驚きで呆然としている私に君は最後の言葉をかけた。

「会うことができるのは最後になるでしょう。それは僕の意志ではなく自然の摂理ですから仕方がないことだけれど、いつまでも二人で話をして時間を共有したいのは僕も同じです。だからお別れはいいません。時は永遠に止めておきます」

「私がこのセカイで時間を与えられたのは、役割があったから。仕事が終わった以上ここにはもういることはできません」

 そこまでいって君は口籠もった。悲しみをこらえているのがよくわかった。涙で顔は覆われ、歪んでいた。一言一言に苦痛を感じているのだ。固く握ったこぶしからは血が出ていた。

 私は辛い気持ちを我慢していった。いいよ全て許してあげる。

 君は驚いているようだったけれど、深く確かめるように、頷いて私達は別れ互いに違う方向へ歩き出した。

 一歩一歩と距離が開いていく。

 避けられない運命を表しているように。

 30メートルほど離れたところで突然君は振り返って叫んだ。

 「また来年ここに来て下さい。渡したいものがあるから……。僕はもう……」

 たえきれなくなって走り出した。息が切れるまで全力で。

 

 日が長くなり、夜の帳がおりるのが遅くなる。この季節がやってきた。四季は人とは関係なく回っている。二人で過ごした砂浜に今度は一人立っている。

 空を見上げるとあの日と同じように月が輝いている。湿った砂の感触が素足に心地よい。波が足元に幾度となく押し寄せる。飛び散った海の涙が私のまわりを飛ぶ。涙につられ少しだけ悲しくなる。耳をすますと遠くで風を切る音がする。薄闇のなかを遠くから一羽鳥が飛んでくる。こちらに向かって飛んできたその白い鳥は私の10メートルほど前にとまった。

 その鳥は私の足元へとんとんと弾みながら歩いてくる。砂に足跡が残る。まるで私になにか用事があるかのように一直線に向かってくる。私の足により掛かるようにもたれかかる。細長い形のいい首をあらわにして、くちばしで何かのありかを示すように。そこをみてほしいと願っている、そんなふうに思えた

 膝をつき月明かりに照らされた鳥をみつめる。鳥は全く動こうとしない。時を止めているように、私という存在を警戒していない。安心しきっている。近くでみてみるとわかったことがある。傷ひとつないその体。おそらく誰かに飼われていたのだろう。そうでなければありえない。けれど、地面を見てもそこに何の意味も見つからない。あきらめ立ち去ろうとしたとき月明かりに照らされて、きらりと光るものがみえた。

 それは、金属の板だった。

 なにかが刻まれているようだ。拾い上げる。そこにはこう書かれていた。

 あなたのことが大好きでした。ゆう。

 

 

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