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現実とのはざまで

掲載日:2012/09/01

彼女は母子家庭の高校2年生だった。

町内の夏祭りが近かった。彼女は急仕立ての巫女さんとして社務所に入ることになっていた。時々練習がある。練習といっても簡単な舞を踊って、御札やお守りを売って、希望者には御神酒を差し上げるだけの簡単な仕事だ。

それよりも板の間に長時間正座することがつらかった。

そのせいか、みんなトイレが近かった。その度に顔が真っ青になって帰ってくる。


「どうしたの。」

「何かいるのよ。」

「虎みたいな獣。」

「私も見た。」

「私は尾の長い大きな亀。」

「そうそう。」

「襲ってくる気配はないんだけど、恐いよね。」


そんな話を聞いた社務所の大人たちは大々的な捕獲に乗り出したが空振りに終わった。

結局、彼女たちの錯覚ということになった。


しかし、ひとりだけ事情の違う者がいた。高校2年生の彼女だった。

彼女には皆が言う獣が見えなかった。彼女には美形の好青年が見えた。もちろん自分ひとりの秘密にして表だっては獣の話をした。


彼女は今日も会えないかと頻繁にトイレに行った。しかし彼とは会えなかった。

練習が長引いて、本気でトイレに行きたい時だけ彼がいた。

「なによ、それ」と彼女は思った。

でも好青年だし、危害を加えられる心配もなさそうだったので、この件は誰にも言わなかった。


夏祭りは大盛況で終わった。巫女たちの舞も完璧だった。町人からも、


「よく頑張ったねぇ。」


と褒められた。

巫女たちがトイレにいくと、もうそこには獣の姿はなかった。巫女たちは安心した。

彼女にも好青年が見えなくなった。


「あの青年は誰だろう。何のために私の前に現れるのだろう。それもトイレに行きたい時だけに。彼は私の守り神かしら。」


そんなことを考えていた矢先、ある事件が起こる。

彼女が男に襲われそうになったのだ。偶然近くにいた自警団と夜回りのお巡りさんに男は捕まって未遂に終わった。


「なんで、あの青年は助けに来ないの。」


彼女は疑問に思った。

このままでは勉強も手につかない。

彼女は母親に相談した。


「錯覚じゃないの。」


といぶかる母親を説得して大学病院に行った。


大学病院の先生は笑っていた。


「ここまで顕著な例は珍しいよ。」

「トイレというか、つまり膀胱の周りっていろんな神経が集中しているんだよ。」

「だから。」

「だから、膀胱がパンパンになるといろんな神経を締め付けるんだ。」

「君だってトイレを我慢すると手足がガクガク震えるだろ。」

「で、締め付けられる神経の中には脳神経もあるわけ。」

「人によっていろいろな症状がでるんだけど、君の場合は目の錯覚というわけだ。」

「錯覚なんかじゃありません。」

「じゃあ、その青年と握手したり触ったりしたことあるかな。」

「それはないけど。」


母親は、


「ほらね、もう忘れなさい。」


と安心気だった。

しかし彼女はどうしても納得がいかなかった。

でも、先日の男に襲われそうになった事件の時、なぜ彼は出てきて私を助けてくれなかったのだろう。

そうだ、私は犯人に遭遇する前に自警団にもお巡りさんにも会っていた。だから大声を上げれば助けてくれるってわかっていた。つまり膀胱が破裂しそうな緊張感は味わっていなかったわ。

もっと恐い何かが起こった時よ、彼が現れるのは。


夏休みのある夜、天体観察があった。彼女は小学生の世話役として参加した。


「おい、手摺りの向こうの方が良く見えるぜ。」


そんな言葉を信じて数人の小学生が走っていった。


「そっちは崖よ。戻って来なさい。」


そう言いながら彼女は小学生たちの後を追った。

小学生たちは身軽だからかすんでのところで止まることが出来た。

ところが後を追った彼女は止まりきれず、崖から落ちた。

彼女からすれば全く予期せぬ事態だった。体中の神経が収縮した。

すると、例の青年が現れて、そっと彼女を抱きかかえてくれた。おかげて彼女は怪我をせずに済んだ。

彼女は怪我をしなかったことより、青年に再会できたことが嬉しかった。そして、実際に抱きかかえてくれたことで錯覚ではないこともわかった。しかし、すでに青年の姿はなかった。


「やっぱり彼はいたんだ。そして私に会いに来てくれたんだ。」


彼女は青年に淡い恋心を抱いていた。



最近、やたらと台風が来たり、大雨で洪水になったり、雷が落ちたり、夏なのに雹が降ったりして、空の様子が荒れていた。

みんなも「気味が悪い」と怖がっていた。



「そろそろね。」と朱雀。

「ああ、もう3000年だな。」と青竜。

「姫も成長されたことだし。」と白虎。

「ああ、立派になられた。」と玄武。


「姫、青竜に惚れたみたいよ。」と朱雀。

「過分なことだ。」と青竜。


そう、姫が彼女、朱雀が彼女の母親、青竜が好青年、白虎が虎、玄武が大きな亀だ。

朱雀は姫のお世話係で成長を見守る。万が一の場合には身を呈して姫を守る。

青龍は作戦隊長。姫を守るのが第一の任務、敵に勝つのは第二の任務。

白虎は攻撃の専門家。ともかく敵に向かって突撃していく。

玄武は奇襲作戦の専門家だ。


さて、彼らの敵は何なのか。


それは、この世に蔓延る邪悪な精神だ。

邪悪な精神のほとんどは水に宿る。つまり「天の水」と「地の水」だ。

水は澄んでるかぎり、きれいな精神が宿る。しかし、水が汚れると途端に邪悪な精神が宿るのだ。


今年は皇紀3000年にあたる節目の年だ。水を浄化して邪悪な精神を鎮める年なのだ。


「天の水」と言えばそれを司るのは風神様と雷神様、「地の水」を司るのは龍神様と水神様。

この四人の神々の面目をつぶしてはならぬ。

ここは青竜の仕事だ。


「風神様、雷神様にはお元気でなによりのことと存じます。「天の水」も一見は平穏のように存じます。」

「一見とは何事ぞ。」

「お二人は空の上の方から全体に目を光らせていらっしゃることでしょうが、下々のほうではよからぬ動きもあるようで。」

「どのような動きじゃ。」

「邪悪な精神が入ろうとしております。」

「それはまずい。貴様に妙案があるのか。」

「今年はちょうど皇紀3000年、姫を中心に我ら家来四名で、一戦交える覚悟でございます。」

「それは頼もしい。是非、邪悪な精神を叩き出してもらいたい。」

「は、はぁー、承知いたしました。」


「龍神様、水神様にはお元気でなによりのことと存じます。「地の水」も一見は平穏のように存じます。」

「一見とは何事ぞ。」

「お二人は地の上の方から全体に目を光らせていらっしゃることでしょうが、下々のほうではよからぬ動きもあるようで。」

「どのような動きじゃ。」

「邪悪な精神が入ろうとしております。」

「それはまずい。貴様に妙案があるのか。」

「今年はちょうど皇紀3000年、姫を中心に我ら家来四名で、一戦交える覚悟でございます。」

「それは頼もしい。是非、邪悪な精神を叩き出してもらいたい。」

「は、はぁー、承知いたしました。」


青竜の働きでそれぞれの神様には遠慮することなく、邪悪な精神を退治することができる。


その前に姫に相応の自覚を持ってもらう必要がある。

姫、いや高校2年生の普通の女の子の前に、人間の姿に成り代わった4名の部下が並んだ。

「お母さん、急に呼び出して・・・」その中にあの青年がいたので思わず言葉を失った。

「お母さん、彼とは知り合いだったの。錯覚とか言ってたくせに。それに神経が収縮してもいないのになんで見えるわけ。」

話がなかなか前に進まない。

様子を見計らってその青年である青竜が口を開いた。

「私たち4人はあなたの家来です。私たちにはあなたを守る使命があります。たとえ自分の命と引き替えでも姫をお守りします。」

「なんで私が姫なわけ。」

もっとも心を許している朱雀が説明した。

「今から戦いが始まるの。邪悪な水と清らかな水の戦いよ。」

「戦いって何よ。」

「邪悪な水には邪悪な精神、清らかな水には清らかな精神が宿るの。」

「ふーん。」

「あなたのお父様とお母様はね、3000年前に生きていた人なの。3000年前にも同じような水の戦いがあって、お父様は・・・」

「王は敵の総大将と相討ちになって壮絶な死を遂げられた。そしてお妃と姫は敵の追っ手から我々がお守り申し上げた。その姫があなたなのです。」

「何で3000年前に親がいるわけ。ってことは、私3000歳ってこと。」

「そのほとんどは赤ん坊として寝て過ごされていましたが。」

「3000年前ってピラミッドとかの時代でしょ、父親のことも母親のこともピンとこないわ。」


「おい、こんな姫で大丈夫なのか。」

「大丈夫、姫の中には勇敢な王と心優しいお妃の血が流れている。」


「ねぇ、聞いていい。」

「この前の、その3000年前の戦いって勝ったの、負けたの。」

「・・・引き分けでした。」

「つまり、水を汚す邪悪な精神も残っていますが、それを浄化しようとする清らかな精神も残ったのです。」


「そして今、また邪悪な精神が台頭してきているのです。最近の台風や洪水や世の中の乱れがその証拠です。」

「確かに台風や洪水は異様に多いし、世の中も荒んだ気がするわ。それが邪悪な精神、邪悪な水のせいなのね。」

「話はわかったけど、私には関係ないわ。」

「そうはいかないのです、姫。」

「だから、その姫ってやめてくんないかなぁ。」

「戦いの最後に、今後邪悪な精神が入り込まないように天の水の頂上を水晶でふさぐのですが、それは王家の者しか出来ないのです。」

「他の王家の人に頼んだら。」

「イライラするなぁ。王家の人は姫しか残っていないのです。」

「いやよ、私。だって怖いもの。」


「こんな姫のために俺たちは命をかけるのか。」

「まぁ待て。ここに王の遺言があります。」

青竜はボロボロになった布を姫に渡した。


「娘よ、この世を救え。それが汝の使命だ。」


こう血文字で書いてあった。

「パパ。過大評価よ。だって何すりゃいいの。私、ただの女子高生よ。」

「我々4人がお供します。わからぬ事は何なりと。」

「ってことは、危ない、ってことでしょ。」

「我々が盾になって姫を必ずお守りします。」


「わかった。わかったわよ。要するに私は逃げられないってことね。」


「で、最初にすることは。」

「この鎧を着て下さい。邪悪な水から身を守ってくれます。」

「で、次は。」

「最初に「地の水」を浄化しに行くので、武器を作りに「地の泉」に行きます。」


「地の泉」は地上で清らかな水が湧く泉だ。

そこで汲んだ水で水の玉を作ってそこに4人の息を吹きかける。これで水珠が出来る。

この水珠を持てる限り作って、邪悪な水の中心を目指す。


邪悪な水の中心ではまるで泥水が飛び跳ねるようで、時々明確に我々を狙って泥水が飛んできた。

「あの邪悪な水にあたると体が溶けます。」

と注意してくれたのは白虎だった。

攻撃を専門とする白虎がいきなり大量の水珠を投げ込んだ。

周りに逃げようとする邪悪な水には玄武が対応した。

青龍は全体をみて攻撃が弱いところを朱雀に指示した。

姫が見るに完璧な戦いだった。

ものの30分で決着はついた。邪悪な水はみるみるうちに浄化され、水の中心も清らかな泉となった。我々は「地の水」で完全に勝利した。


「邪悪な水って結構弱いのね。」

みんなの顔色が変わった。

「油断は禁物ですよ。」と青竜が噛み締めながら言った。


次は「天の水」だ。武器を作る「天の泉」も天空にある。飛べない姫は青竜が助けた。

「天の泉」でも水珠を作った。しかし先ほどの半分も作らない。

「なんでもっと作らないの。」

「重くなると飛べないし、動きが緩慢になって敵の標的になるんです。」

「でもこの量じゃ不安だわ。」


そこら中を偵察している水羽根に我々の存在がみつかったようだ。はやく攻撃する必要がある。

入り口には総大将が仁王立ちしている。彼にやられないためにも水珠を使わなければならない。

天空にある邪悪な精神の入り口を水晶でふさぐ前に水珠で正確に狙う必要がある。これは玄武が得意だ。しかしなかなか入り口を直撃出来ない。周りの水はどんどん浄化されるが、入り口を浄化しないと意味がない。あの入り口を浄化して姫に水晶をはめてもらうのだ。

しかし水珠が少ない。残りもほとんどわずかになってきた。総大将は迫ってくる。


「玄武、水珠ちょうだい。青龍、飛ぶわよ。」


ふたりは姫に言われるままに動いた。


「よし、われわれは総大将をきりきり舞いにしてやる。」と白虎。朱雀と玄武も続いた。

総大将の動きにフェイントをかけて応戦した。


「青龍、入り口の真上に突っ込んで。」


姫は水珠をしっかり入り口に投げ入れて、その直後に水晶を入り口に投げかぶせた。

水晶は見事に入り口の蓋となった。


と当時に、総大将の姿は消え、周りの水の浄化が始まった。


青竜は姫を抱えて皆のところに戻った。


「姫、やりましたね。」

「姫、立派です。」

「それより、水珠、私が使ったのが最後の1個でしょ。」

「ええ、でもどうして。」

「あなたたち、総大将と勝負するのに水珠ひとつも持っていなかったでしょ。」

「しかし「天の水」は手強いですね。」

「バスケの県大会の決勝戦って感じかな。」


4人は姫の勇気を称えた。




後日、青竜は、風神、雷神、龍神、水神に、邪悪な水の浄化が完了したことを報告した。


そして、朱雀には大きな仕事が待っていた。姫の記憶を消すことだ。

彼女は「記憶は消さないで欲しい。」と懇願していた。


朱雀は元どおりお母さん役として残り、青竜と白虎と玄武が帰る日が来た。

彼女には記憶はないだろうが、青龍たちが彼女に会いたくて彼女の家を訪れた。

彼女は3人を見てもキョトンとしていた。


いよいよ別れの瞬間。

彼女は

「ねぇ。」

とみんなを振り向かせ、ダンクシュートをきめた。

「わたし、バスケ部のキャプテンなのよ。」



みんなは、次の3000年も安泰だと確信した。



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