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戦わずに大陸を落とした男――気づけば公爵令嬢と参謀と商人に囲まれている  作者: 慈架太子


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85:世界の敗北

敗北とは、剣が折れることではない。

血が流れ、旗が落ち、王が首を垂れる――そうした“分かりやすい終わり”ではない。


本当の敗北とは、誰もそれに気づけないまま、すべてを失うことだ。


この世界は、すでに敗北していた。


誰に対してかは、分からない。

敵は存在しない。

勝者も存在しない。


それでも、確かに――敗北していた。


城は崩れていない。

街も焼かれていない。

人も生きている。


だが、すべてが“負けている”。


動かない。

繋がらない。

続かない。


それが、世界の敗北だった。


エルガード・カウフマンは、その現実を前にしても、表情を変えなかった。


彼は知っている。

これは突然の終わりではない。


積み重ねの果てだ。


流通に依存し。

経済に依存し。

人材支配に依存し。


そして、そのすべてを“当たり前”にした結果。


「……自立を、捨てた」


小さな呟き。


誰もが、何かに依存していた。

国家は商業国家に。

貴族は大商会に。

民は命令に。


だから、中心が消えた瞬間――


すべてが止まった。


レオニア・アルディウスは、荒れた街を歩いていた。


人はいる。

だが、生きていない。


座り込み、空を見ている。

動かない。


「……これが“敗北”か」


彼女は剣を抜かない。


敵がいないからではない。


“戦う相手が存在しない”からだ。


戦うとは、意思のぶつかり合いだ。

だが今、この世界に“意思”はない。


あるのは、空白だけ。


「つまんねぇな」


吐き捨てる。


だがその声には、わずかな苛立ちが混じる。


戦えないことへの苛立ちではない。


――何もできないことへの苛立ちだ。


エルディア・ヴァレンティナは、崩壊した統治機構の記録を整理していた。


帳簿はある。

記録もある。


だが、それらはすべて“過去”だ。


現在を示すものが、何一つ存在しない。


「統治が……消えている」


彼女は呟く。


統治とは、命令ではない。

構造だ。


人が動く理由。

資源が流れる経路。

責任が分配される仕組み。


それらすべてが、今は存在しない。


「国家ではない……」


彼女は結論を出す。


「ただの“集合体”よ」


人はいる。

だが、国家ではない。


それが、敗北の形だった。


マリナ・ルクレツィアは、情報の断絶を観測していた。


何も来ない。


報告も。

命令も。

取引も。


「完全停止……」


彼女は静かに言う。


情報とは、世界の血流だ。

それが止まれば、すべてが死ぬ。


だが、死んだことすら分からない。


「だから、敗北に気づけない」


それが、この世界の致命的な欠陥だった。


敗北は、認識されなければ修正できない。


だが今、この世界は――


自分が負けたことすら、理解していない。


遠くで、魔力が暴走する。


火が燃え上がる。

だが、それは戦火ではない。


制御を失った魔法だ。


魔剣適合者が、力を振るう。

だが、その力に意味はない。


敵がいないからだ。


「……力だけが残るのね」


マリナが呟く。


構造が消えた世界では、力は“ただの破壊”になる。


レオニアがそれを見て、鼻で笑う。


「雑魚だな」


強さではない。


意味がないことが、弱さだった。


エルガードは、その光景をすべて見ていた。


水は止まり。

風は乱れ。

土は崩れ。

光は届かず。

闇が広がる。


「……完全だな」


彼は静かに言う。


部分的な崩壊ではない。


“完全な敗北”だ。


エルディアが彼を見る。


「……ここから、どうするの?」


その問いは、重い。


世界が負けた後、何をするのか。


レオニアが笑う。


「決まってんだろ」


だが、その先を言わない。


マリナも、黙っている。


答えは、エルガードにある。


彼は、少しだけ考える。


だが――迷わない。


「……作り直す」


短い言葉。


だが、それはすべてを変える選択だった。


エルディアが頷く。


「構造から、ね」


マリナが続ける。


「情報から」


レオニアが笑う。


「じゃあ、俺は邪魔なもん全部斬る」


三人が、それぞれの役割を理解する。


エルガードは、ゆっくりと前に出る。


敗北した世界。


だが、それは終わりではない。


むしろ――


「初めて、“何もない”状態だ」


彼の声は、静かだった。


依存もない。

構造もない。

支配もない。


だからこそ。


「ここからなら、間違えない」


その言葉に、確信がある。


世界は敗北した。


だが――


彼は、まだ負けていない。

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