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戦わずに大陸を落とした男――気づけば公爵令嬢と参謀と商人に囲まれている  作者: 慈架太子


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81/90

81:仲間が決める

夜が完全に明ける前、空は鈍い銀色に染まっていた。光と闇が均衡する、最も曖昧な時間。街道の節点――いまや「選択の場」と化したこの場所には、昨夜よりも明らかに多くの人が集まっていた。武器を持つ者、持たぬ者、奪う気の者、ただ生き延びたい者。混ざり合い、だがまだ均衡を保っている。


エルガード・カウフマンは、その中心に立つ。


何も命じない。


何も奪わない。


ただ、崩れないように保っている。


だが――それだけでは、限界が来る。


「……増えすぎだな」


レオニア・アルディウスが低く言う。視線の先には、人の群れ。もはや「流れ」ではない。滞留だ。


「このままじゃ、またぶつかる」


「ぶつかる」


エルディア・ヴァレンティナが肯定する。


「統制がない状態での密集は、必ず衝突を生む。時間の問題」


マリナ・ルクレツィアはすでに別の視点で見ている。


「情報も飽和してる。噂が増幅し始めてる。『ここは安全だ』『ここは奪える』――両方が同時に流れている」


レオニアが笑う。「いい場所だな」


「最悪の意味で」


エルディアが返す。


三人の視線が、同時にエルガードへ向く。


だが――


「……」


エルガードは、何も言わない。


風を読む。


水を感じる。


土を知る。


光と闇の境界を測る。


全てを把握している。


だが――決めない。


「……またか」


レオニアが呟く。


「お前、今回も決めないのか」


「決めない」


即答。


エルディアが眉を寄せる。


「ここは分岐点だ。統治するか、放棄するか。どちらかだ」


「違う」


エルガードは静かに言う。


「どちらにもする」


マリナが目を細める。


「……それ、もう通用しない段階に来てる」


沈黙。


その瞬間、遠方で怒号が上がる。


「始まったか」


レオニアが剣に手をかける。


群衆の一部が、動いた。


奪い合い。


押し合い。


叫び。


混乱の波が広がる。


「――来る」


エルディアが即座に状況を読む。


「中心部に波及する。五十秒以内に全面衝突」


「止めるか?」


レオニアが問う。


「止める」


マリナが答える。


「制御しないと崩壊する」


「どうやって?」


「情報を切る」


「それだけじゃ足りない」


「分かってる」


会話が成立する。


決断が進む。


だが――


「……」


エルガードは動かない。


レオニアが横目で見る。


「お前、やらないのか」


「やらない」


「……」


エルディアが一歩前に出る。


「なら、私がやる」


その声に、迷いはない。


軍参謀としての判断。


彼女は手を上げる。


「区画分割」


土が動く。


地面が隆起し、自然な壁が形成される。人の流れが分断される。衝突の波が拡散される。


「進行制御」


風が流れる。


特定方向への圧を作り、人の動きを誘導する。押し合いが、分散する。


マリナが続く。


「情報遮断」


闇が落ちる。


音が吸われ、叫びが届かなくなる。指示系統が崩れる。


「視界補助」


光が柔らかく広がる。


混乱の中でも、人の輪郭が見える。敵味方の区別ではない。位置の把握。


レオニアが前に出る。


「強制停止」


剣が抜かれる。


一閃。


地面を斬る。


深い溝。


物理的な遮断。


進めない。


だが――誰も死なない。


「……」


エルガードは、それを見ている。


自分は、何もしていない。


だが、止まっていく。


波が、収まる。


完全ではない。


だが、崩壊は回避された。


沈黙が戻る。


人々は、息を整え、互いを見る。


奪うか、退くか。


選ぶ。


レオニアが剣を納める。


「……やればできるじゃねぇか」


エルディアが息を吐く。


「効率は悪いが、機能はする」


マリナが静かに言う。


「人間性を削らずに制御した」


三人が、エルガードを見る。


「……」


エルガードは、少しだけ目を細める。


「……お前らが決めた」


短い言葉。


レオニアが笑う。


「逃げたな」


「違う」


エルガードは首を振る。


「任せた」


エルディアが言う。


「責任はどうする」


「共有だ」


即答。


マリナがわずかに口元を緩める。


「……それ、便利ね」


「そうだ」


エルガードは肯定する。


「一人で決めるより、ずっとマシだ」


沈黙。


風が静かに流れる。


人々が、少しずつ動き出す。


奪わない者。


交換する者。


去る者。


残る者。


それぞれが、選ぶ。


レオニアが肩をすくめる。


「結局、お前は決めてない」


「ああ」


エルガードは答える。


「でも、決まった」


エルディアが言う。


「それは、お前の結果でもある」


「違う」


エルガードは否定する。


「俺の結果じゃない」


一拍。


「俺たちの結果だ」


マリナが静かに言う。


「……それ、国家運営の基本よ」


レオニアが笑う。


「やっと分かってきたか」


エルガードは空を見る。


曖昧な空。


光と闇の境界。


「……最初から分かってた」


「なら何でやらねぇ」


「一人でやると、歪む」


短い答え。


エルディアが頷く。


「正しい」


マリナが続く。


「だから、分散する」


レオニアが言う。


「だから、任せる」


三人の視線が交差する。


そして、エルガードへ戻る。


「……」


エルガードは、もう何も言わない。


必要がないからだ。


決めるのは、自分だけじゃない。


仲間がいる。


だから――選ばない。


だが、逃げない。


その場に立ち続ける。


それが、彼のやり方だった。


そして――


それが、今の世界を支えていた。

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