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戦わずに大陸を落とした男――気づけば公爵令嬢と参謀と商人に囲まれている  作者: 慈架太子


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66:レオニア理解

帝国は、終わっていた。


戦場で敗れたわけではない。

誰かに征服されたわけでもない。


ただ――持たなかった。


その事実だけが、静かに、しかし確実に世界へ広がっていく。


帝都グラン・ヴェルクの外縁。崩れかけた見張り塔の上に、四人の姿があった。


エルガード・カウフマン。

レオニア・アルディウス。

エルディア・ヴァレンティナ。

マリナ・ルクレツィア。


かつてなら、この位置は戦略上の要地だった。だが今は、ただ“見渡せる場所”でしかない。


眼下の帝都は、静まり返っていた。


煙は上がっている。人もいる。

だが――“動き”がない。


「……これが、終わりか」


レオニアが呟く。


その声は、いつもの鋭さを欠いていた。

否、鋭さはある。ただ、向ける先がなくなっている。


エルガードは答えない。

風の流れを見ている。


それは戦術ではない。

“状態”の確認。


流れは――完成していた。


エルディアが静かに言う。


「もう戻らない」


断定。


そこに迷いはない。


マリナが微笑む。


「はい。完全に“止まりました”」


帝国は止まった。


流通が止まり、徴兵が止まり、意思が止まった。


国家としての“循環”が消えた以上、再起はあり得ない。


レオニアは、それを見ていた。


そして――初めて、理解した。


「……違うな」


ぽつりと漏れる。


三人が彼女を見る。


「何がだ」


エルガードの短い問い。


レオニアは視線を帝都から外さない。


「俺は、勘違いしてた」


一拍。


「戦いってのは、“勝つか負けるか”だと思ってた」


その言葉には、これまでの彼女の全てが詰まっている。


前線指揮官として、彼女は数多の戦場を見てきた。

剣を交え、血を流し、勝利と敗北を知っている。


だが――


「これは違う」


低く、確かに言う。


「戦いですらない」


風が、少し強くなる。


エルガードは黙って聞いている。


レオニアは続ける。


「敵がいない。戦場もない。なのに――終わる」


拳を握る。


「どうやって戦えってんだよ、これ」


怒りではない。


困惑でもない。


理解に至る直前の、確かな手応え。


エルディアが答える。


「戦う必要がないから」


単純な結論。


だが、それが全て。


マリナが補足する。


「戦うって、“コスト”なんですよ」


レオニアが眉をひそめる。


「コスト?」


「はい。人も、物資も、時間も使う」


一拍。


「でも、使う意味がなければ?」


レオニアは黙る。


答えは出ている。


意味がなければ、使わない。


それだけだ。


エルガードが初めて口を開く。


「戦争は“手段”だ」


短く。


「目的じゃない」


その言葉は、重かった。


レオニアは目を閉じる。


思い返す。


これまでの戦い。

勝つために戦った。

守るために戦った。


だが――


「……戦わなくても、守れるのか」


問い。


それは、彼女の価値観そのものだった。


エルガードは否定しない。


肯定もしない。


ただ言う。


「守るってのは、“持たせる”ことだ」


一拍。


「持たないなら、守れない」


レオニアは目を開ける。


視界の先には、崩れた帝都。


「帝国は……持たなかった」


その言葉を、自分で口にする。


理解したからだ。


誰が悪いわけでもない。


誰かが裏切ったわけでもない。


ただ――


構造が、成立していなかった。


エルディアが頷く。


「上位貴族が搾取し、流通が歪み、人材が固定される」


マリナが続ける。


「結果、外圧に弱くなる」


エルガードが締める。


「だから、流れが変わった瞬間に崩れる」


それだけの話。


単純で、残酷な現実。


レオニアは、ゆっくりと息を吐く。


「……気に入らねえ」


正直な言葉。


だが、その後に続く。


「でも、分かる」


それが“理解”だった。


戦いに意味があるのではない。

意味がある時だけ、戦いが選ばれる。


意味がなければ――


選ばれない。


それだけだ。


「俺は……」


レオニアが言いかけて、止まる。


そして、言い直す。


「私は、“戦うこと”に価値を置きすぎてた」


それは、自分への評価。


エルガードは何も言わない。


だが、それで十分だった。


レオニアは続ける。


「勝てば正しいと思ってた」


一拍。


「でも違うな。正しいから、勝つんだ」


その言葉に、エルディアがわずかに目を細める。


マリナは楽しそうに笑う。


エルガードは、ただ頷く。


それが答えだった。


風が吹く。


帝都を抜けて、人の流れを押す。


止まらない。


戻らない。


レオニアは、その流れを見る。


そして、理解する。


「……これが“支配”か」


問いではない。


確認。


エルガードは首を振る。


「違う」


短く。


「選択だ」


一拍。


「選ばせただけだ」


レオニアは、静かに笑う。


「一番厄介なやつだな、それ」


誰も否定しない。


それが最も強い。


強制ではない。

洗脳でもない。


ただ、選ばせる。


その結果――


全てが動く。


レオニアは、剣を腰に戻す。


抜く理由がない。


「……分かった」


短く言う。


エルガードを見る。


「お前のやり方」


一拍。


「嫌いじゃない」


それは最大の評価だった。


エルディアが言う。


「次に進める」


マリナが続ける。


「ここからが本番です」


エルガードは、帝都から視線を外す。


その先には――


まだ動いている世界がある。


「行くぞ」


一言。


三人が頷く。


帝国は終わった。


だが――


世界は、終わらない。


むしろ、ここから動く。


レオニアは最後に振り返る。


崩れた帝都。


静かな終焉。


そして、理解する。


戦わずに終わること。


それは敗北ではない。


“持たなかった”結果だ。


そして――


それを見抜いた者が、次を作る。


風が吹く。


四人は、歩き出す。


止まらない。


それが――


新しい流れだった。

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