59:戦争不能状態
戦場は――存在していた。
だが。
そこに“戦い”はなかった。
荒野。
国境線。
本来ならば、血と鉄の匂いが満ちる場所。
そこに並ぶのは、王国軍。
整列し、武装し、命令を待つ兵たち。
だが、その顔にあるのは――困惑だった。
「……進めない」
誰かが呟いた。
それは、事実だった。
補給が来ない。
食料が届かない。
武器はある。
兵もいる。
だが、進軍できない。
理由は単純。
――流れが止まっている。
「どうなっている!」
指揮官が怒鳴る。
だが、返ってくる報告は同じ。
「補給線、断絶ではありません! ……ただ、届きません!」
意味の分からない報告。
だが、それが現実。
荷は出ている。
道もある。
だが――届かない。
「……ふざけているのか」
誰も答えない。
答えられない。
なぜなら、それは“破壊”ではないからだ。
壊されていない。
奪われてもいない。
ただ――“流れていない”。
その頃。
高所から、それを見下ろす者がいた。
エルガード・カウフマン。
その隣には、レオニア・アルディウス。
エルディア・ヴァレンティナ。
マリナ・ルクレツィア。
「……止まったな」
レオニアが低く言う。
その声に、わずかな驚きが混じっている。
「戦わずに、かよ」
エルディアが冷静に答える。
「戦えない、が正しい」
彼女は地図を指差す。
補給線。
流通路。
人材配置。
すべてが、繋がっている。
そして――
「どこも“断たれていない”」
マリナが笑う。
「ただ、“最適化された”だけです」
レオニアが眉をひそめる。
「それで動けなくなるのか」
エルディアが頷く。
「なる。むしろ、それが一番効く」
彼女は淡々と続ける。
「戦争は、消耗戦だ」
「兵を動かす」
「物資を使う」
「補給する」
「回す」
一拍。
「だが、それが“回らない”」
レオニアが吐き捨てる。
「詰みじゃねえか」
エルガードは静かに言う。
「まだだ」
その言葉に、三人が彼を見る。
「彼らは選べる」
マリナが目を細める。
「何を」
エルガードは答える。
「進むか、引くか」
エルディアが補足する。
「進めば、消耗だけが増える」
「引けば、戦争は終わる」
レオニアが笑う。
「選択肢、ねえじゃねえか」
マリナが肩をすくめる。
「ありますよ。一応」
「負けを認めない、って選択」
レオニアが舌打ちする。
「一番面倒なやつだな」
その時――
風が揺れる。
情報が流れ込む。
「……帝国も止まった」
エルディアが即座に反応する。
「早いな」
マリナが笑う。
「そりゃそうです。あっちはもっと合理的ですから」
エルガードは視線を遠くに向ける。
帝国領。
そこでも、同じことが起きていた。
軍は動けない。
補給は止まる。
だが、破壊はされていない。
「……理解したか」
エルディアが呟く。
「戦えない理由を」
レオニアが腕を組む。
「戦場に立つ前に、終わってる」
マリナが続ける。
「戦争っていうのは、“成立する条件”があるんですよ」
彼女は指を折る。
「物資」
「人材」
「流通」
「情報」
「これが揃って、初めて戦える」
一拍。
「全部、握られてる」
静寂。
それが、この状況の本質だった。
エルガードは、何も壊していない。
ただ――
“流れ”を整えただけ。
だが、それによって。
戦争という“構造”そのものが、成立しなくなった。
「……教国は」
レオニアが低く言う。
エルディアが答える。
「来る」
即答だった。
「止まらない」
マリナが苦笑する。
「信仰は別物ですからね」
エルガードが静かに言う。
「いい」
三人が彼を見る。
「来させる」
その言葉に、迷いはない。
レオニアが笑う。
「好きだな、それ」
エルディアが頷く。
「合理的だ」
マリナが目を細める。
「そして、残酷」
エルガードは否定しない。
風が広がる。
水が流れる。
土が支える。
光が照らす。
闇が包む。
すべてが、機能している。
「……これで終わりか?」
レオニアが呟く。
エルガードは首を振る。
「終わりじゃない」
一拍。
「始まりだ」
その言葉と同時に――
遠くで、動きがあった。
教国軍。
整列し、進み始める。
補給も、効率も、関係ない。
ただ、“正義”を掲げて。
「……来たな」
レオニアが低く言う。
エルディアが静かに呟く。
「これが、最後の戦争になる」
マリナが笑う。
「いいですね。分かりやすい」
エルガードは、ただ見ている。
戦争が、成立しない世界。
だが。
それでも、来る者がいる。
ならば――
「見せるしかない」
その一言。
静かに、だが確実に。
次の局面が、始まる。
この世界は、もう。
戦えない。
それでも戦う者だけが。
ここに、来る。




