8. 脱出。そして目にしたものは。
門の外へ出たい───!
息子から忘れられているという衝撃に打ちのめされた私は、この状況から抜け出したいという願望が抑えがたいほどに湧き上がっていた。
なぜ、2年間も閉じ込められないといけないのか。
なぜ、私の夫ばかりがこんなにも忙しく働きまわらなければいけないのか。
なぜ、私達夫婦は子供と離れないといけないのか。
なぜ、私は息子から存在を忘れられないといけないのか。
その疑問は怒りに近い。
私は全ての始まりとなった商店のトラブルがいつまで続くのか、商店の会長から納得のいく話を聞きたいと強く思うようになった。
夫の雇い主である会長を呼び出すことはできない。
それならこのお屋敷を出て商店に行って話を聞いてやる。
でも騎士様が守るあの門をどうやって出れば良いだろう。
このお屋敷の人達は侯爵様と商店の命令を受けているため、私を保護するために外に出してくれない。
なんとかして町に出るにはどうすれば良いのか──お屋敷の様子を改めて観察した結果、出入りの馬車に忍び込むしかないと結論づける。
このお屋敷には食材や雑貨の仕入れに毎日何らかの馬車が通ってきていた。
そこの荷台に忍び込んで町まで行くしかない。
そう思った私は、次の日から馬車の出入りとその時々のお屋敷の人達の動きを観察した。
──そして、その数日後の早朝。
食材を運んできた馬車の荷台に隠れて町に出ることに成功したのだ。
* * *
ガヤガヤと、あらゆる角度から聞こえてくる喧騒。
新鮮だよ!見ていって!──お店への呼び込みの声。
ピシリと馬車の御者が馬に鞭打つ音。
どこかの店の荷物が崩れる音。
焼き立てのパンの香り、店の呼び込みの旗の彩り。
──ああ、町に戻ってきた。
どれほど、ここに戻ってきたかったことか……!
すぐにでも商店に向かい会長に面会を申し込みたかったけれど、会長はいつも少し遅めに通勤してくるとブレイドに聞いていた。
下手に早く訪問してお屋敷に戻されたら元も子もない。
しばらく時間をつぶすために、以前勤めていた園芸店に向かう。
仲の良かった元同僚はまだ勤めているだろうか──そんな心配は杞憂で、友とも言えるほど仲の良かった彼女は、店の裏で仕入れた花を小分けにする作業をしていた。
「リリー!リリーじゃない!?」
私に気付いた元同僚が驚愕した顔で話しかけてきた。
お屋敷以外の人と口をきくのも、2年ぶりだ。
そんなことに泣きそうになるけれど、彼女は矢継ぎ早に言葉を畳み掛けてくる。
「あんた、どうしてたの!?心配してたんだよ!」
侯爵様のお屋敷に隠れていたの。
内密のことなので、心の中で答える。
「あんなことになってさ、あんたがどれだけつらい思いをしてるかって……」
あんなこと?
「ひどいよ、あんた達はあんなに仲が良い夫婦だったのに」
今も仲が良いわよ?ブレイドが帰れない日もあるけど、それは仕方がなくて……。
「ブレイドさん……ブレイド様か。ブレイド様が侯爵家のご子息だったなんて、あんたも知らなかったんでしょう?」
………え?
「いくらご嫡男が亡くなられたからって、もう家を出ていた次男を呼び戻すなんてさ。」
え?
「あんた、よく離縁を了解したね。大方貴族に無理を言われたんだろう?」
……離縁?なんのこと……?
「私はあんたがブレイド様を好きで好きで仕方なかった姿を知ってたから、新しい奥様との結婚の新聞とか見たら悔しくてさ!今でも見返しては呪ってるんだよ!ここだけの話だけどね!」
………新しい奥さん?……誰の話をしてるの?
「結婚の新聞……?」
呟いた私に「これだよ!」と何日分もの新聞を持ってくる。
少し時間が経ってボロボロになりかけているその新聞は、1年半ほど前の春の日付け。
その一面には『侯爵家後継のご令息、ご結婚!』という大きな文字と何枚もの写真が載っていた。
私の夫──ブレイドが、豪華な貴族のような格好で白いドレスを着た女の人と腕を組んで立つ写真が。
何………これ…………?
次の新聞を見ると、ブレイドとその妻だという女性がどこかへ訪問したというニュース。
華やかな装いの2人。前の記事で体の線に沿う型のドレスを着ていたその人は、この記事ではゆったりとしたドレスを着ている。
記事によると、春頃には待望のお子様が誕生すると──。
「え……?」
待望の、お子様……?誰と、誰の……?
そして、次の新聞。
今年の秋のはじめのそれには──。
半年ほど前に生まれたご令嬢に加え、新たに親族から養子の男の子を迎え家族に加わったと。
家族4人でこれから領地を支えていくと、令息夫婦が力強く表明されたと書かれていた。
その写真に映るのは、着飾ったブレイド。そして、その腕に抱かれているのは──。
「……ノックス?」
「やっぱりそれ、ノックスだよね!?ノックスも奪われちゃったんだろ!?あんたのことを隠したいのか、ブレイド様の実のお子なのに養子とか言っちゃってさ。どんだけ平民をバカにしてるんだよ!」
離縁……結婚……誕生した子供……養子……家族4人……。
「リリー!リリー!どこに行くの!?」
私はフラフラと園芸店を出た。
役場へ……役場へ行かなければ……。
私の夫と子供を確かめなければ……。
町役場の戸籍担当のところになんとかたどり着いた時、私は倒れんばかりになっていた。
「え、どうしたんですか!?大丈夫ですか!?」
慌てる窓口の若い男性にすがりつく。
「戸籍の……確認を、させて、ください……」
「はい、それはできますが……」
避難前に住んでいたアパートの住所と自分の名前を告げると、耳を疑うような返事が返ってくる。
「うーん、それは昔の住所ですかね?今そこには他の方が住んでるんですよね」
……前のアパートは、いつか帰るために契約し続けていると言っていたはずなのに……。
「……とにかく、戸籍を確認したいんです……。」
「名前だけだとねぇ……何かご本人を証明できるものはありますか?郵便物とか」
お屋敷に越してから、私は自分宛の郵便物を受け取っていなかった。
私の居所が知られるからとブレイドが預かると言ってくれたまま、届けてくれていなかったのだ。
どうしよう……どうすれば私の戸籍を確認できるだろう……。
先ほどの友達に身元を証言してもらえばよいだろうか……。
倒れそうになる身体を壁に預けてなんとか立っていると、奥から上の役職者とみられる人が出てきた。
「そちらのお嬢さんは調子が悪そうだから、ひとまず奥の部屋で休ませてあげなさい」
グラグラする頭でなんとか礼を言い、2階の奥の西日が差す小さな応接室で休ませてもらえた。
この部屋に案内される時に、園芸店の元同僚に連絡を取り来てくれるように頼んである。
彼女が来たら、私が戸籍を見たいリリー本人だと証言してもらって、それで……。
それで、ブレイドと私が夫婦であることを確認して──。
じゃああの写真と記事は何なのだろう……あの写真は、ブレイドだ。それは間違いない。
じゃああの書かれていた内容は、どういうこと……?
沢山の疑問が頭の中を占めていく。
不安と混乱で息が乱れ頭がグラグラするその時、こちらに近づいていくる足音がした。
元同僚が来てくれたのだ。
仕事があるからすぐには園芸店を抜けられないだろうと思っていたのに、それでも来てくれた。
お礼を言わなくちゃ。
──見つめるドアが開く。
「リリー……」
そこには、仕事中のはずのブレイドがいた。
──貴族の装束に身を包んで。




