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5.  気付いた違和感

何かがおかしい──そう気付いたのは、2度目の夏。

ノックスが3歳を過ぎた時だった。


2度目の季節ともなると裏庭の季節ごとの草木や花々の植え込みはほぼ完成していた。


それでも空いている隙間はどんな下草や小さな花々で埋めていくか、装飾はどのようなものを置くか──何かしらのことで日々庭師さんから意見を求められる。


その間にはノックスの相手をできないけれど、その頃にはノックスの方も私の姿が見えなくても気にしなくなっていた。


テラスではおもちゃが少ないので2階の子供部屋で使用人さん達に遊んでもらっている──はずだった。



ある日飾り用レンガの配色バランスを建物内から確認してみようと思い立ち、私は作業中にお屋敷内に戻った。


すると食堂から子供をあやすような声が聞こえる。


「そうそう、ノックス様、お上手ですよ」


……ノックス?食堂でおやつでもいただいているのかしら。

そう思い少し空いていた扉から覗いてみる。


そこには椅子に座るノックスと、その左右に2人の使用人さん達、そしてその脇のワゴンにはお皿が何枚も載せられていた。


ノックスの前には小さなスプーンやナイフやフォークが置かれ、その前のテーブルにもスープや食べ物が少しずつ載ったお皿が配膳されている。


「じゃあ次はこのお花の形のニンジンさんを、2つに切ってみましょう。ノックス様、できるかな?」


楽しそうな口調で促す使用人さんに、ノックスは

「スゥ、できるよ!」

と得意げに言うと右手にナイフ、左手にフォークをスッと持つ。


そしてお皿の上の柔らかく茹でられているだろう人参を躊躇いなく切った。


────え?


今まで、まだ危ないからとノックスにナイフを持たせたことはない。

大きい食材は食べやすい大きさに私が切って与えていた。


それなのに、いつの間にナイフを使えるようになっているの?


「切れたよ!」


「ノックス様、さすがです!ニンジンさんの形がとてもきれいですし、カチャカチャ音も立てずに切れるようになりましたね!」


使用人さんは手をパチパチと叩きながらノックスを褒めていて、ノックスはとても嬉しそうだ。


「スープもお口の周りにつけずに飲めるようになりましたし、ノックス様は本当にお利口様です」


「これなら、侯爵様とお食事をする時にはたくさん褒めていただけますよ」


……え?

侯爵様とお食事をする話があるの……?


私はそんな話を聞いていない。

もしかして、もうすぐこのお屋敷から出て町に戻るのかしら。

その最後にご挨拶がてら家族で侯爵様とお食事をするの?


でもそれなら、私にもマナーのお勉強の話があっても良いはず。

自分の食べ方が汚いとは思わないけれど、貴族の方々の前でのお作法なんて何も知らないもの。

だいたい、貴族の方々が平民と同じテーブルで食事をしたりするものなの?


一体どうなっているのだろう……。


私には疑問なことばかりだけれど、1つだけ分かったことがある。


この食堂で行われるノックスのマナーのレッスンは、きっと今日が初めてではない──私が庭に出ている間に、私には知らせずに何度も行われていたのだ……。


* * *


親の知らないところで食事マナーを子供に教えてもらうことに引っかかりを覚えてしまうのは、おかしいのだろうか……。


ありがたいことなのかもとは思いながらも、何故ひと言も教えてくれないのかが気になって、その夜私はブレイドに意見を訊いてみることにした。


「え?ナイフを?」


ベッドに座るブレイドの後ろから肩を揉んであげながら、私は尋ねてみた。


「そう。危ないから触らせていなかったのに。」


「そうかぁ。まあいつかは教えなきゃいけないからなあ。ありがたいと思えば良いんじゃないか?」


「そう、かな……?」


「子供部屋のおもちゃも飽きてきてるのかもしれないし、たまに気分転換で教えてくれたんだろう」


そう言われるとそんな気もする。


「世話になってる人達だ。悪い方にとらえずに良い方にとらえよう」


「……そうね。ありがたいことよね。……ちなみに侯爵様とのお食事会なんて無いわよね?」


「そんな予定は全く無いよ。俺だって侯爵邸に出入りをしていてもご本人にお会いしたことは一度もない。更に下の方達から御用を言われるだけだから、食事なんてあり得ないよ」


「ふふ。そうよね。ノックスを褒める時の言葉の綾かな」


「そうだろう」


ブレイドと話すことで、気持ちの切り替えができてホッとする。


このところ疲れた顔ばかりだったブレイドとこんなにのんびりしながら話せるのは久しぶりだった。


私はこの機会に、ノックスについてもうずっと気になっていることを相談することにした。 


──ノックスの今の環境について。


このお屋敷に避難してからもう2年近く経つ。

今年の初夏で3歳になったノックスは、人生の半分をこの閉ざされた空間で過ごしている。


1歳の頃の町のことなど、彼は全く覚えていないだろう。


楽しそうな笑い声が響く公園も、(せわ)しない通りの喧噪も、酔っぱらいのケンカの声も、何も知らない。

追いかけっこをする子供達の声や、すべり台やブランコの取り合いのケンカの声も。


ノックスが関わる人間は、私達両親を除いてはこのお屋敷で働く数人の大人だけだ。

これが子供の成長に良い訳がない。


「同じくらいの歳のお友達と触れ合う機会が、絶対に必要だと思うの。」

「それは、そうだな……」


自分の仕事のために私達をこのお屋敷に避難させていることに引け目を感じているのか、ブレイドの返事はこもりがちだ。


「でもここによその子供は呼べない。侯爵様のお屋敷だから……」

「分かってるわ。だから、お願いがあるの」


私はずっと考えていたことを提案をした。


「ねえ、この近くの子供が集まるような場所。公園とかに、たまにノックスを連れて行ってやれないかしら。」


途端にブレイドの纏う空気が鋭さを増すのを感じる。


「外に出るということ?」

「……そう」


私達を狙う人達は怖いけれど、ここで引き下がる訳にはいかない。

ノックスの人生がかかっているのだもの。


「このままだとノックスは同世代と全く触れ合うことがないまま大きくなっていく。いずれ町に戻った時のノックスのショックは大きいわ。」


何も言わないブレイドの背中に自分なりに考えた策を提案してみる。


「あの。警備の騎士様についてきていただくというのは、できないかしら……」

「警備?あの門のところにいる騎士様?」

「そう。そうしたら公園にいる時に怖い人達が来ても、大丈夫でしょう?」


ブレイドが何も言葉を発しなくなったので、その横に座って顔を覗き込む。

そこには、私が予想しているよりも苦しそうな表情を浮かべたブレイドがいた。


私達の安全を考えてくれているのだろう。

でもノックスの成長のことを思うと、同世代との触れ合いの希望を取り下げることはできない。


思えば子育ての相談をしたのはいつぶりだろう。

以前はささやかな成長の喜びも困りごとの対処も、2人で共有して子育てをしていた。

でもこのお屋敷に避難してからはブレイドがあまりにも忙しすぎて、帰宅してもゆっくり話などできなくて。

やっと、こんな話し合いができる。


額に拳をあてて固く目をつぶり考えていたブレイドは、目を開くと


「騎士様は商店ではなく侯爵様のご手配だ。一応、侯爵様におうかがいはしてみるけど、期待せずに待っていてくれ」


と静かに言った。


ああ、良かった!


「ええ!お願いね!」


横から抱きついた私の肩をブレイドはギュッと抱き寄せて、洗ったばかりの髪に長いこと口付けていた。



───この自分の提案が取り返しもつかない事態を招くなんて、この時の私は全く考えもしていなかった。


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