3. それぞれの役割
お屋敷での新しい生活が始まると、ペースをつかむまでにしばらくは時間がかかり目まぐるしい日々を過ごした。
一番戸惑ったのは家事についてどこまで使用人さんに手伝ってもらうか、ということ。
最初はやはり家族のことは全て自分で頑張ろうとしたのだ。
けれども私が想像していた以上にブレイドが忙しく、週の半分も帰宅できないことが分かってきた。
自分では外に買いものに行けないから、買い出しを頼むことになる。
その食材で食事を作ったものの、食べる人がいなければ夜まで待って破棄せざるを得ない。
それが週に何度もあると買い出しに行ってくれる使用人さんにも申し訳ないし、食材も勿体ない。
自然にブレイドのための料理を作る手が止まりがちになった。
ではノックスの分だけでもと思ったけれど、洗濯をして裏庭作りの打ち合わせをしているとお昼ご飯を作る時間がない。
まだ1歳のノックスにご飯を我慢させて待たせるわけにもいかない。
結局、食事は商店の会長が派遣してくれた料理人さんに委ねることになった。
屋敷の掃除は使用人さんがしてくれると言うので、私が担う家事は洗濯のみ。
そういう分担に落ち着いたのは、屋敷に引っ越してから半月が経ってからだった。
* * *
町中とは比べものにならない静寂の中で目を覚まして、準備された朝食を3人でいただく。
行ってらっしゃいのキスを交わしてブレイドを送り出すと、午前中は私個人の稼働時間だ。
お屋敷に用意されている洗剤は、以前に使っていたものとは比べ物にならないくらい肌に優しい。
これならこれから来る冬にも手が荒れないかもしれないと思うと、服を伸ばす手も軽やかになる。
少しだけの洗濯物を干し終わると、いよいよ裏庭造りだ。
今はまだ殺風景な裏庭をどのような庭にしたいのか。
誰でも心安らぐ庭にするために、今まで庭園というものに囲まれたことのない者の意見を参考にしたいらしい。
他とは違うお屋敷にしたいという侯爵家のご意向なので、遠慮なく言ってほしいとのことだった。
そのため、私が持つ拙い知識をもとに恐る恐る提案を上げてみる。
その案が良いものであれば次回に試してみようと言われるし、突拍子もない案であれば受け入れられない理由を説明してくれる。
庭師さんは優しい人で、私は木や花の特性、土づくりのこと、この土地の特徴などをゆっくりと学び始めた。
そうしているとあっという間に時間が過ぎてしまうけれど、ノックスは打ち合わせの最中は使用人さん達が面倒を見てくれる。
裏庭に面したテラスで遊んでいるためいつでも「ママー」と寄ってこられるし、私も手を振ってやれる。
時にはテラスでノックスにお昼を食べてもらうのを脇目に見ながら、昼過ぎまで打ち合わせをすることもあった。
午前中は私個人で動く時間、午後はノックスと過ごす時間という生活が、私の習慣になっていった。
* * *
週の半分は帰ってこられない夫の帰宅は、私達親子にとって大きな喜びだ。
「ただいま」
「おかえりなさい!」
今日も無事に帰ってきてくれたことにホッとして、ノックスを片手に抱きながらブレイドの頬に口付ける。
「パパー」
「ノックス、良い子にしてたか?」
ノックスに笑いかけるブレイドは少しやつれたように見える。
お屋敷に避難して4ヶ月が経ち、季節は冬が終わり春を迎えようとしていた。
こんなにも長い間、商店のトラブル処理と侯爵家の仕事をこなすのは心身共に疲れるのだろう。
それでも、そっとその頬に触れれば大きな手を重ねて愛しそうに微笑んでくれる。
そんなある日の晩。
お休み前の絵本を読んでいるうちに寝てしまったノックスを、夫婦の寝室と扉続きの子供部屋のベッドに寝かせる。
アパートの時は3人一緒に低いベッドに寝ていたものの、この部屋のベッドは高さがありすぎて、寝相の悪いノックスが落ちないか心配なのだ。
子供用ベッドは柵がついていて安全だし、扉を開けておけば夜中に泣いてもすぐに気付いて抱いてやれる。
最初は分かれて寝ることに抵抗があったけれど、今ではお互いの安眠のためにも良い寝方だと思っていた。
夫婦のベッドに戻ると、私はブレイドの手をそっと取った。
「ブレイド。なんだかすごく疲れて見える。もう4ヶ月だもの……そろそろこちらを失礼して、商店だけのお仕事には戻れないの?」
そんな私に、ブレイドは悲しそうな顔をした。
「寂しい思いをさせてごめん、でもまだ危ないんだ」
「寂しいから言ってるんじゃないの。いえ、寂しいけれど。それより、あなたがとても疲れて見えるから心配なのよ。なんだかつらそうで……」
「リリー……」
ブレイドが囁きながら、私の首筋に顔を埋めてきた。
「……だめだ。もし戻って、何かをされたら。君と離れるようなことになったら俺は耐えられない。絶対に、それだけは無理だ。それを避けるためなら俺はなんだってできる……」
自分に言い聞かせるように話すブレイドが苦しそうで。
どうか早く何もかも解決して良くなりますようにと願いながら、私は愛しい夫の柔らかい髪の毛を撫で続けた。




