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2. 避難生活の始まり

避難の準備はもう整えられていたらしく、すぐにでも家を移りたいとブレイドは言った。


「ほとぼりが冷めたらまた戻ってくるから、最小限の大切なものだけまとめてほしい。服や生活用品は、商店があちらに用意しているから。」


そう言われて逃げるように裏通りに向かうと、そこには商店の会長が待っていた。


何度か会ったことがあるその人は、にこやかな笑顔を浮かべながらも目が笑わない人だ。

それでも、私達に頭を深く下げてくれた。


「様々な交渉をブレイド君一人に負わせてしまった結果、奥さんや小さいお子さんまで危険に晒すことになってしまった。まことに申し訳ない。

滞在先で不自由なことがあればできるだけ解消するよう手配するのでいつでも言ってください」


真摯な態度に申し訳ない気持ちになり、私も深々と頭を下げる。

私の知らないところで、ブレイドも商店の方達も、避難先を探して走り回ってくれたのだろう。



そうして秋のよく晴れたある日。

私達は家族として過ごしてきた町をひっそりと離れたのだった。


* * *


窓を閉め切られて外も見せてはもらえないまま、小さな馬車は進んでいった。

誰かに後を付けられていたらどうしようと気を張り詰めていたため、目的地にたどり着いたようだと分かった時にはホッとする。


けれども、馬車を降りて目の前に立っていたのは町役場ほどの大きさの建物だった。


「……家って言っていなかった?」

「うん。家をお願いしたんだけど、警備のこととかも考えると、どうしてもこの規模になってしまったみたいなんだ。」 

「そう……」


言われて見ると建物の周りには広々とした庭が広がっており、その周囲には高い塀が巡らされていた。

先ほど私達の馬車が通ってきたのだろう重厚な門はもうピタリと閉じている。

これに騎士様達の警備が付くなら、町中のアパートより随分と安全だろう。


建物の方はと言うと、柔らかい色調の外壁と屋根。

町で見かける少しお金持ちの邸宅のような軽やかな建物だ。

貴族様と聞いて想像するようなお城のような重厚なものではない。

外壁の様子から見ると、まだ建てられてそんなには月日が経っていないのだろう。


こんなに大きい建物だと明日から掃除が大変だわ──そんなことを考えていたら。


「お待ちしておりました」


声をかけられて目を向けると玄関の前に数人の制服を着た女性達がいた。


慌てて私は「お世話になります」と深々と頭を下げる。


「商店の会長様より、ブレイド様、リリー様、ノックス様のお手伝いをするよう言いつかっております。何でもお申し付けください。」


そう言って頭を下げられ戸惑ってしまう。

使用人さん?

私達に?


ブレイドを見上げると

「しばらく安全のために、リリーとノックスはこの屋敷から出られなくなる。

商店の業務のことで不自由をかけさせてしまうから、できるだけのことをさせてほしいと会長から提案されたんだ。

不自由なのは間違いないから、甘えさせてもらおう。」

と肩をすくめて言われた。


お屋敷と警備は侯爵様が、身の回りのお手伝いは商店の会長が手配してくれるということか。


私なんかがそんな贅沢を良いのかしらと思いつつ、改めて「よろしくお願い致します」と頭を下げた。



──ぱちぱちぱち。とん!とん!


建物の中に足を踏み入れて天井の高い空間を見た途端、手をつないでいたノックスが興奮してキャアキャア言いながら手を叩きジャンプした。

私もエントランスホールの中央に立ち、四方を見回してしまう。


建物の中も外観と同じく落ち着いた色彩で統一されていた。

けれども見渡した視界の端々に映る複雑な造りの壁が美しい陰影を作り、絵画がかけられ、花が活けられている。

少し注意して観察すればこのお屋敷にはかなりのお金がかけられているだろうことがうかがえた。


「ママ!パパ!」


興奮したノックスがそんな高そうな家の何かを壊してしまっては大変だ。

慌てて手をつなごうとしたところ、ブレイドがノックスを抱き上げてくれた。


「大きいおうちだなあ。ノックス、うれしいか?」


そう言うとノックスがブレイドの腕の中でご機嫌にグイグイと跳ねる。


「ノックス様はブレイド様によく似ていらっしゃいますね」


使用人さんに微笑みながら話しかけられて「そうですね」と返す。


淡い金色の髪に鮮やかな青い瞳。

その色彩も顔の特徴も、親子は本当によく似ている。


大きい明かり取りの窓から入る秋の夕日が、私の愛する2人をやわらかく照らしていた。



使用人さんの案内で屋敷内を見ていくけれど、こぢんまりとしているとは言え、やはり明らかに庶民の家とは違った。

食堂、談話室、本が沢山並んだ部屋、それから客室と思われる部屋。


使用人さん達にお掃除は手伝ってもらうとしても、家族に関することは私がやらなければいけない。


ところが炊事場や洗濯場を見せてもらおうとすると、


「先ほどは言葉足らずでございました。ご一家の身の回りのことは私共が致します。リリー様は、こちらではどうかゆったりとお過ごしください」


と言われる。


「いえ、そのような失礼なことは──」

「そのように命じられておりますので」

「そんな……」


困惑して夫をみあげると、

「会長が気を利かせてくれたんだろう。甘えさせてもらおう」

と私の腰を抱き寄せて言われた。


そんな贅沢をさせてもらって良いのだろうか。


2階に続く階段を、ノックスと手をつなぎながらゆっくりと上る。

今まで暮らしていたアパートの共同階段は狭い上に人の往来が頻繁にあったため、いつも抱き上げて移動していた。


初めて上下の移動を許されたせいか、一段一段足を揃えて上ったり、手をついて上ってみたり。

とても嬉しそうに階段に挑んでいる。


この調子だと今後はこの階段はお気に入りの場所になるだろう。

これからは目を離した隙に階段に向かわないように気をつけなければ。


そう考えると家事を手伝ってくれる人がいるというのはありがたいことだった。



「こちらがご夫婦のお部屋でございます」


そう言われて案内されたのは、今まで暮らしていたアパートとよく似た雰囲気の部屋。

木製の素朴なベッドやソファーを置けばそれでいっぱいになるような小さな部屋だ。


「広いお部屋ばかりで不安だったけれど、ここなら落ち着けそう」


そう夫にささやくと「俺もだ」と笑って頬に口付けられる。


扉続きの隣の部屋には広い空間に沢山のおもちゃが揃っていた。

こちらは子供部屋のようで、ノックスは見たことのないおもちゃに興奮している。


まだ小さいこの子の生活を変化させてしまって、ストレスを抱えないか心配したけれど、これなら大丈夫かもしれない。


ノックスは使用人さんに遊んでもらっているので、それに甘えて改めて寝室を眺める。


素朴な風合いの家具ではあるけれど、そっと腰掛けてみた大きなベッドのスプリングも椅子の座り心地も今まで体験したことがないくらいに上質であることが分かる。


窓辺に寄るとアパートのガラスとは比べ物にならないくらい景色が透明に見えて、そこから陽が暖かく部屋に差し込んでいる。

この部屋が派手ではないけれど極上のもので彩られていることは明らかだった。


1つ1つに感嘆している私を、後ろから夫が包み込んできた。

私の髪にそっと頬を寄せる。


「誰にも君を傷つけさせない──」


噛みしめるように呟く夫の声は決意に満ちていて、これまで1人で私達の安全に気を揉んでいたことがうかがえるものだった。


「こんなに素敵なおうちが用意されているなんて、侯爵様や会長様にかなり無理を言ってくれたのじゃない?」


「そうだね。多少、無理は言った。でも君達を守りたくて。一緒にいたくて……」


夫の腕に力がこもる。

私はそっと回された腕を撫でた。


夫婦なのだから抱え込まずに言ってほしかったと思うけれど、今言うべきことはきっとただ一つだ。


「ブレイド。ありがとう……」

「うん……」


そしてブレイドは、私を後ろから抱きしめたまま今後の話を低い声でゆっくりと話し始める。


まずは、私とノックスについて。

私達は商店の問題に決着がつくまで、安全のためにこのお屋敷から出ない。

出られない。


退屈しないように、週に一度ブレイドの商店が行商に来てくれるのでそこで好きなものを買うと良い。


それでも息が詰まるだろうからと、1つの提案をされた。


「実はこの屋敷の裏庭が、まだ完成していないらしいんだ。それで、君が園芸店に勤めていたという話をしたらね。裏庭作りを手伝ってもらえないか?と侯爵家から言われたんだ。」


「え!?侯爵家のお屋敷のお庭を?私が?」


聞き間違いかしら。


「もちろん、主導は侯爵家お抱えの庭師なんだけど。

気付いたかもしれないけど、この屋敷は普通の貴族のお屋敷とは毛色が違う雰囲気で建てたいらしいんだ。

敢えて貴族らしくさせないというか。

正面の庭はさすがに羽目を外せないけれど、裏庭は少し遊び心を入れたいんだって。

お抱え庭師だともう価値観が固まっているから、滞在する君がせっかく園芸店勤務の経験があるなら、手伝ってもらえないかって」


「あの、でも、私はお店でお花や木を扱っていただけで、育てたりしたことはないの……」


「それならそれで、良い体験じゃないか。

外に出られないなら、ストレスを解消するのにぴったりだと思うよ」


そう言われると、またとないありがたいお話しだと思えてくる。


「やって、みようかな……」

「うん。頑張って。」


耳元で優しく励ましてくれるブレイドの声を聞いていると、これから始まる新しい暮らしが少し楽しみになってきた。



そして、今後のブレイドについて話が及ぶ。

一気に緊張で身体がこわばった私の手を優しく撫でながら言われたのは──。


「実は、毎日はここに帰ってこれないかもしれない」


聞けば家族3人の保護を侯爵様にお願いするかわりに、侯爵様の言いつけも色々と聞かなければならないという。


日中は商店の仕事をして、その後侯爵家に御用を聞きにうかがうことになる。

商店の問題解決とは別に仕事を抱え込まなければいけなくなるとは、なんと忙しいことだろう。


「夜の間に動かないといけないことも出てくると思うんだ。その時は侯爵家の使用人部屋に寝ることになると思う。でも、できるだけ帰ってくるようにするから……」


寂しいけれど、それは私のわがままだ。

それよりも彼の身体が心配になってしまう。


「あなたばかりに負担をかけてしまうわ……」

「良いんだ。僕の大切な君達のためだもの。君には健やかな気持ちで毎日を過ごしてほしい。そして、ノックスを頼むよ」

「わかったわ」


抱き合う私達を隣の部屋から使用人さん達がこっそりと見ているのを感じながらも、私はブレイドの背中に回した手を離せなかった。


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