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13. 手探りの日々

真実を知ってからも、私はこの屋敷でブレイドを迎え暮らし続けることを選んだ。


けれどもその生活の再開には、私とブレイド2人共の精神力を想像していた以上に必要とした。




ブレイドはそれまでと変わらず週の半分くらいの割合でこちらに帰ってきた。

……いや、こちらを訪ねてきた。


彼は私がこの屋敷に留まることを了承した日以来、また平民の服を着るようになっている。


侯爵家の気配を感じたくないという私の気持ちを汲んで、馬車の中で着替えているのだろう。


「ただいま」


そうやって帰ってくる姿は、アパートで出迎えたあの頃のようだ。 


今はもう、夫と妻ではなくなってしまったけれど。

あと一人の小さい笑顔はここにはないけれど。


それでもこの生活を続けることに決めたのだ。

「おかえりなさい」と声に出して迎える。 




屋敷で過ごす間、ブレイドは私の様子を常に目で追い、行動を共にしたがるようになった。


食事を作ろうと厨房で野菜を籠から出せば、それを水で洗ったり。

掃除をしていると、私が背が届かない高い所の埃を拭いていたり。

商店からの荷物を確認していると、それを収納庫に運んだり。


普通の貴族はやらないだろうことを、気付けば隣で黙々とこなしている。


遅く到着した途端に私の食後の片付けを一緒にやりたいと言い出した時には、つい見つめてしまった。


「……疲れてるんでしょう?ゆっくりしてて良いわよ」


嫌味のつもりはないけれど、そう聞こえたかもしれない。

それでも早々にお皿を洗い始めたため、無言で受け取り私が布巾で拭いて棚に仕舞う。


機嫌を取ろうとしているのかもしれない。

それとも共に何かしていた方が、話したくない話題を訊かれずにすむと思ったのもしれない。


理由は分からないけれど、でも私が困らないようにと手助けをしてくれるその様子はアパートで過ごした日々のようで、不意に涙が出そうになるのを堪えることが何度もあった。




夜は同じベッドで横になる。

睦み合うことはせず、ただ隣り合って休むだけだ。

今の私に彼を受け入れることは到底できないので。


寝室自体を分けることを提案したけれど


「君が嫌がることは、絶対にしない。絶対に。……だから……頼む。隣にいさせてくれ……」


そう請われて、私の身体に決して触れないことを条件に隣に寝ることは続けることになった。




そんな風に、お互いの存在を常に意識しながら、過ごし方を探る日々を繰り返す。


心に抱えるそれぞれの傷を見せ合っていないことはお互いに分かっていたけれど。


それでも、どうやって共に生きるかを私達は必死に模索し続けた。


* * *


暦の日付を1つ1つ消していくように、義務を果たしていくかのように毎日を過ごして、やっとノックスに会える日を迎えた。


何日も前から屋敷中を掃除する。

特におもちゃの置いてある子供部屋は念入りに掃除し、一つ一つの玩具も汚れのないように拭いた。


前回引き離されるように連れて行かれてから半年が経っている。

どれだけ大きくなっているだろう。

私のことは……聞いているのだろうか。


焦がれる気持ちと不安な気持ちが混ざり、門まで迎えに行こうかとした時、馬車が入ってきた。


馬車に駆け寄る。

御者が踏み台を置き、扉を開ける間さえ長く感じる。

ブレイドが降りてくると、続いて小さな手がブレイドに伸ばされた。


「……ノックス!」


前回の再会から半年経った息子は、背が伸びて頬の丸みが小さくなっていた。

随分と大きくなったように感じる。


「ノックス、ママだよ」


ブレイドが腕の中の子にまたこの言葉を囁く。

──ノックスは、差し出した私の手には身を委ねてくれない。



………大丈夫。覚悟はしていた。大丈夫。



喉の辺りが熱くなり息が苦しくなるけれど、ノックスの前で取り乱してはだめだ。


「喉が渇いていない?果物のお水でも飲みましょう」

優しく、笑顔で語りかける。


おもちゃで遊ぼうとかつてノックスが寝ていた子供部屋に連れて行ったけれど、そこにある沢山のおもちゃも絵本も、ノックスが楽しむにはもう幼すぎた。


「ごめんなさい。次はもっと面白いものを用意しておくわね」


笑顔で言うと、小さく頷いてくれる。

だから、大丈夫。




それでも愛しい息子との時間はあっという間に終わりを告げて、夕飯を共にすることもなくまたこの屋敷を離れていく。


前回よりは長い時間滞在してくれた。

終始ブレイドの傍に寄ろうとしていたけれど。 


迎えの馬車の扉が開くと、ブレイドがノックスを抱き上げた。

馬車の中から細い女の人の腕が伸びてノックスを受け取る。 

ノックスが嬉しそうな声をあげるのが聞こえた。


ノックスのお世話をしてくれている使用人だろうか……。

ふと聞こえた声が、以前こちらの屋敷にいた使用人の声によく似ていた。


──羨ましい。

顔を見た途端にあんなに嬉しそうな声をあげてもらえて。


羨ましい。

すぐそばで成長を見守ることができて。


見送る私など構わず、扉は躊躇なくパタリと閉じられて馬車は去っていく。

窓のカーテンが開くこともない。



ずっと我慢していた涙を、そこでようやく解放した。


泣き声が漏れないように、ノックスに聞こえないように。

ぎこちなく私を抱き寄せるブレイドの胸に強く顔をおしつけて、私は必死で悲しみを堪えた。


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