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11. 明かされる真実 2

『侯爵家の後継者となることを決意し……兄貴の妻だった女性と、結婚したんだ』


…………どういうこと?


畳み掛けるように語られていく話に理解が追いつかない頭に、忘れていた記憶がよぎる。


遠くで鳴るパンパンという音。

沢山の人の歓声。

侯爵家で何か祝い事があったのかと尋ねたのは、あれは、お屋敷に避難して初めての春……。


「……私と、ブレイドは。婚姻届を、出した、わよね?」


手は震え、声がかすれて途切れ途切れになる。


「重婚をしていると、いうこと?」


2人で婚姻届を出して、受理された。

離縁届なんて私は書いていない。


それにブレイドはもう平民なのに。

それなのに侯爵家の跡継ぎになれるの?

そんなことが可能なの?


ブレイドの低い声が続く。


「貴族の次男や三男が、長子ではないという理由で平民へと身分を落とした後でも特例として貴族籍への復籍が認められる場合がある。

やむを得ない事情で後継者が欠員となり、そのままだと家が断絶となる場合だ。

その場合のみ国王陛下直々の厳しい審査を経て、莫大な金を国と王家に納めて、平民から貴族へと身分を戻すことができる。

侯爵家はその制度を使った。」


そっと震える手が伸びてきて、私の頬をゆっくりと撫でる。何度も、愛しそうに。


その手を収めると、彼は自分の上着の内ポケットに手を入れて1枚の紙を取り出した。


「──これが、先ほど君が見たがっていた、君の戸籍だ」


震える手でそれを受け取るその瞬間。


「……リリー……すまない…!」


そんな、うめき声のような謝罪がブレイドの口から漏れた。


その戸籍の用紙には──。

旧姓の、私の名前があった。

旧姓。

配偶者の欄には誰の名前もなく。

子供の欄にも誰の名前もない。

一度書き入れられて訂正されたような跡もない、ただ私一人だけの戸籍。


「…………何、これ?どうして私の名前が元に戻ってるの?……配偶者は?子供は?ブレイドは!?ノックスは!?」


私の叫ぶような疑問に「君は!!!」と大きな声がかぶさった。


「……君は。今まで、誰とも結婚していない。子供も産んでいない。そういうことに、なっている……」


「……………っ」


何を、何を言っているの。何を、言われたの。


だって私達、結婚したじゃない。

一緒に婚姻届を出しに行って、その帰りにいつもは行かないような高いお店で2人でお祝いをしたじゃない。

ノックスが生まれた時も届を出して。

子供の欄に名前が書かれるのを目の前で確認して、これからは3人で幸せに暮らそうねって…………!


「リリー!リリー!」


大きな声で意識を呼び戻されると、私はブレイドの腕の中にいた。

きつく、抱きしめられている。


「リリー………ごめん……侯爵家の嫡男の妻だった女性を同じ立場として再び迎えるのに、間に他の女性を挟む訳にはいかなかったんだ……だから。だから、ごめん……俺達の結婚は、なかったことにするしかなかった……」

「……私、が。平民だから?その、後妻は駄目だという、こと?」


ブレイドは何も答えない。

その沈黙が答えだ。

卑しい平民が先に妻になっていて、貴族はその後に座るなどあってはならないことなのだろう。


「……じゃあ、ノックスは?生まれていないことになって、いるの?」


「ノックスは……分家に生まれたということに、なっている」


「………っ!」


息が止まる。

あの子が、私達ではない夫婦の子になっているなんて。


「ノックスは、ノックスは今どうしてるの!?保育園に入っているのよね?そこで他の小さい子達と暮らしているのよね!?」


見上げて叫ぶと、ブレイドはその青い目をギュッと閉じた。


今日の話の中で最も長い沈黙が降りてくる。


しばらくの沈黙のあと、ブレイドは私の肩を両手でつかみ私の瞳を見つめてきた。


「ノックスは、保育園には行っていない。

貴族の子供達が利用する保育施設というのは存在しないんだ。」


……保育施設は存在しない?


「……ノックスは、その分家から更に侯爵家へと養子の手続きがとられた。

屋敷を出てからずっと、侯爵邸で暮らしている。

………俺と、妻の、子として。……妻との間に生まれた娘と一緒に。」


………息が、できない。

何を言われているのか理解ができない………。

頭がグラグラする。

グラグラするけれど、でも……………!


「………ノックスを、返して……」


絞り出した呟きに、ブレイドは返事を返さない。


「あなたには……新しい奥さん、が、いると言うのなら。じゃあその方に男の子を産んでもらえば良いじゃない……!ノックスは私に返して! 」


他の女を、抱いているのでしょう?

それなら……!


「……妻は、出産の際に身体の負担が酷く、もう次に子供は望めないと言われている。次に産めば命はないだろうと。だから、侯爵家には今後男児が誕生することはない。だから……」


だから、何……?


「だから。すまない、リリー……ノックスは、返せない」


……何を。何を言っているのか。

何を言われているのか全く理解できない。

本当に分からない。


「…………だからすまないって、何!?私の子よ!私が産んだの!産んでないって何!?返して!返してよ!!!」


叫び声を上げて、肩を掴む腕を振りほどいてその体を突き飛ばす。


「それに平民の子として生きてきたのに!そんな急に侯爵家になんて入って、あの子だって戸惑うことばかりでしょう!?侯爵様だけじゃなく、きっと使用人達からだって躾がなってないと思われているでしょう!?あの子が可哀想だと、思わない、の……」 


そこまで言いながら、気付いた。


「……ノックスがナイフを使えるように教えられていたのは……侯爵家に入る、ため?」


商店ではなく侯爵家に雇われていた使用人や庭師。


ブレイドに提案された裏庭造り。


その手伝いをする私から、数メートル離れることから始まって。


庭師から指示を受けながら動く数時間。

毎日の作業の裏で、ノックスが私から離れる距離と時間は少しずつ長くなっていった。


いつの間にか私から完全に数時間離れても、泣かなくなるほどに。


私が気付かぬ間、どれほどの期間、どれほどの教育をあの子は施されていたのだろう。


そしてそれは夜寝る時にも──。


時折早く帰るブレイドは私をそのまま寝室に閉じ込めて朝まで離さなかった。

使用人に託されたノックスは、いつの間にか私以外の寝かしつけでも寝られるようになっていた。


「…………全部、計画されて……準備されていたのね……」


「リリー、リリー……ごめん、こんな、ことになって……」


私を抱きしめるこの人は、誰?


「ノックスを移す直前まで、君達2人共に国外に逃がすか迷い続けたんだ。侯爵家の手も及ばないような遠くへ。……でも、できなかった。君と離れるなんて嫌だ。愛してる、愛してるんだ、リリー……」


私を抱きしめて泣くこの男は、誰。

私の子供は、どこ。


「リリー……何か、言ってくれ……頼む、何でも良いから……」


私の夫と子供は、どこにいるの。

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