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海に星 後編

島の中央にある施設に駆けこんで、霧が出たけどシホの具合が悪いから上空で待機している、と嘘をついて機体に乗り込んだ。

海の色をした機体は、遠い昔の人が作ったそうで、代々の守り人が使っていただそうだ。代々、ということは、作られてきた頃からこの儀式があったのかもしれない。

中に入れば、機体と外部の隔たりなどないように視界が開けて、前部席に操縦用の座席が、後部席に攻撃用の座席がある。シホが前でわたしが後ろだ。

両手首と両足首を肉の塊に接続する瞬間は、いつも慣れないが、直感的な操作が可能になる。


機体を海に向けて間もなくして、島中に霧の日のアラートとは違う音が鳴り響いた。

島の人達が宿した精霊が地上から飛び出してくるのがモニターに映る。


「沿海を、抜ければ……!」


本当なら安静にしなければならない容態のシホの苦しそうな声が後部席に届く。


霧の中から眼前に現れたヒトデ型の魔物が魔力を溜め始めた。


「シホ! 旋回!」


しかしワンテンポ遅かった。攻撃をかすめた機体ごと、ナギの右腕が吹き飛んだ。

儀式ではたまにあることで、ナギもシホもその度に治癒の魔法で命と身体を繋いできた。


振り返ると、操縦席でシホがぐったりとしいる。


「シホ? ……シホ!」


熱が出ていたのに、無理をさせすぎた?

操縦する相方もなく、右腕もなく無事飛行出来るわけがない。墜落する。


泣きそうになった時、海上に、大きな影が浮き上がった。

それは渦を巻いて島の大人達を飲み込み、波のように精霊を捕らえ、包囲は瞬く間に崩れていった。


海からまっすぐに伸びた影が、機体全体を包み込んだ。壊れた機体の隙間から影が伸びてきて、右腕の怪我を覆うように止血する。

オルカの気配だ。――これはオルカがやった?


引き寄せられる衝撃と共に、機体がばらばらと崩れ去っていく。この機体は海の魔力で動いている。もしも海のものであるオルカ――かみさまがそう望んだのなら、そうなるしかない。

完全に崩れる前に接続を経ち、後部席から離れて急いでシホに手を伸ばす。

熱っぽい身体を片腕で抱き寄せた瞬間、影が晴れた。

そこは海底で、何故か息は苦しくなく、眼前にはオルカが立っていた。


「オルカ……」

「死にたくないと言っていたから、精霊にする為に海に迎えた」

「……精霊?」

「人と精霊の狭間にある者。……精霊人と呼ぶこともある。腕を修復して、命を助ける。それ以外の方法を、おれは持たない」


腕の中でぐったりとしたシホを見下ろす。喋る力はないようだが、コクリと頷いた。

だからナギも覚悟を決めて、今度はしっかりと願いを口にした。


「助けて、オルカ。ここから逃げたいの」


誰かに助けて、と口にしたのは、いつぶりだろうか。幼い頃からそれは叶わなかった願いだったから、諦めていた。

彼は静かに目を伏せて、片膝をついて視線を合わせた。


「精霊人へ変化する間に人魚族の里へ移動する。構わないか」

「うん。どこでもいいから、シホとオルカと生きていたい」

「………」


戸惑うような間ののち、オルカに問いかける間もなく再び影が全身を包みこんでいく。

意識が落ちてゆく中、温かい感覚を右腕に覚えた。


ぬくもりに身を委ねながら、ふと気づく。


どうしてオルカは、守り人様ではなく、わたし達を助けにきたのだろう。


より深い海底にあるの人魚の里を、両端に影を伴ってシャチの頭の青年は歩く。

人魚の里の長に滞在を願い出て、許可されたところだった。


陸では感じていた「朝と夜の境目」も、ここにはなかった。

わたし達が目を覚ましたのが、何日目だったのか、もう誰も数えていない。


目を覚ました姉妹は、新しい王の即位と、命を落とすような儀式を禁止する勅令が出たという噂を、世話役の里の人魚から聞いた。

ナギは呆然として、シホはただ、それがもっと速ければよかったのにね、と呟いた。


「代々、願いは積り積もっていった。贄の最期の願いの根底にあるものは同じだった」

「……助けて?」

「『もっと、一緒に在りたかった』」

「……そう、なんだ」


きっと、みんながそうだった。

ただ、片割れと生きていたかった。


オルカに助けて、と口にできたナギ達は飛び抜けて時機がよかっただけだ。

それは、決して、幸運ではない。


「――旅に出たい。構わないだろうか」


姉妹の暗い顔に気づいて気を利かせたのか、オルカの思いもよらない言葉に、ナギとシホは目を瞬いた。


「人魚の里は七つある。そこを巡りたい。おまえ達はまだ、陸地を歩くことが得意ではない。それに、この島から逃げて、色んなところに行ってみたい。……それも、積み重なった願いのひとつだ」

「わたしも。……わたしも、思ってた。逃げたいって」


シホとナギが肯定して、オルカは頷きを返した。



星が降る夜、かみさまに願いをかけた。

それは代々、星のように降り積もった願いだった。


その願いを欠片を道標に、かみさまにならなかった精霊と今代の双子は、旅に出る。


かみさまにならなかった精霊だけが知っていた。

これは幸運なことではない、と今代の双子は思っているけれど、島に残った守り人だけは、必ずその旅路を祝福する。


――永い時に歪み果てた、因習と妄執を断ち切った証だからだ。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


最後に小ネタを。

ナギとシホ、姉妹の名前にはそれぞれ、意味があります。

姉の「なぎ」には、「風も波も立たない静かな海」の意味があり、島にとどまり、護り手になることを願って名付けられました。

妹の「しほ」には、「潮時」の意味があります。

儀式を執り行う“ちょうどよい頃合い”に生まれた子として、生贄となる運命を最初から背負わされていました。

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